丸子紅茶の村松さんを訪問 !

 りょう君からの報告です。


 2月18日(木)、静岡市駿河区の丸子(まりこ)で長年、紅茶づくりをされている村松二六さんのところへ聞き取り調査に行ってきました。丸子は東海道53次の宿場町です。

 村松さんは、「べにふうき」による紅茶づくりの草分け的存在で、「国産紅茶の伝道師」とお呼びするのにふさわしい方です。先月訪問した月ヶ瀬健康茶園の岩田さんも、村松さんとお知り合いだそうです。


【歴史--多田元吉と丸子紅茶--】
 丸子の紅茶づくりの歴史を書き始めると長くなるので、ごく簡単に――。
 明治維新後の1874年(明治7年)、内務卿・大久保利通によって内務省勧業寮に製茶掛が設置され、生糸に次ぐ輸出品として紅茶生産が奨励されました。
 当初、内務省は、中国式の紅茶製造を試みますが失敗したため、1876年、多田元吉らをダージリンやアッサムに派遣し、インド式の紅茶製法を学ばせました。多田は維新後、静岡県丸子に移住して茶園を開いた帰農武士でした。
 翌1877年、多田らは、インドから種子を持ち帰って、東京、京都、兵庫、三重、静岡、千葉、愛知、滋賀、高知の各府県に播種しました。(角山 栄『茶の世界史』中公新書を参照)

 今から20年前の1989年、村松さんは、多田元吉がインドから持ち帰った茶樹が土地開発のために消滅しそうになるのを見て「何とか残したい」と思い、この茶樹を移植し紅茶づくりをスタートさせます。その後、自らインドやスリランカに何度も出かけては研究を重ね、1991年頃から「丸子紅茶」の名前で販売し始めます。
 1996年、さらに本格的な紅茶製造を行うために、村松さんは、全国にさきがけて、紅茶用品種「べにふうき」※を植えます。

※「べにふうき」は、多田元吉がインドから持ち帰ったアッサム種から選抜された品種「べにほまれ」を種子親とし、インドのダージリンから種子導入して育成された品種を花粉親として1965年に交配させた改良品種です。1993年に優秀性が認められ「茶農林44号」として登録されました(『茶大百科1』農文協を参照)。近年、「べにふうき」は、抗アレルギー効果が期待される成分「メチル化カテキン」を豊富に含んでいることがわかり、注目を集めています(野菜茶業研究所の研究成果を参照)。ただし、この「メチル化カテキン」は、発酵させて紅茶にすると消失してしまうので、緑茶に加工する必要があります。村松さんは「べにふうき釜入り緑茶」を製造・販売されています。



 下の写真は、丸子紅茶の機械です。村松さんに工場を案内していただきながら、紅茶製造で気をつけなければならない点を丁寧に教えていただきました。


【萎凋】

 緑茶の場合は、摘んだ生葉はすぐに蒸されて酸化酵素のはたらきを止めますが、紅茶の場合は蒸さないので、酸化が進んでいきます。
 萎凋工程では、生葉を広げてしおれさせ水分を減少させ、揉捻を容易にするのが目的です。「べにふうき」の場合、水分を(重量比で)42%から45%まで減少させるそうです。
 萎凋は、村松さん自作の、送風機のついた人工萎凋槽で行われます。摘んだ生葉は、生葉の呼吸熱で葉温が上昇し蒸れて変質してしまいますので、送風して葉温を保ちます。風量は強過ぎてもダメで、生葉の投入量におうじて調節します。
 棚やハンモックに茶葉を広げて放置する自然萎凋方式は、日本の気象条件では難しく、天候によっても萎凋時間が異なってしまい、計画的生産には適さないそうです。
 

【揉捻】

 緑茶の揉捻工程は、水分を均一に飛ばすことが目的でしたが、紅茶の揉捻工程の場合は、葉の細胞を破壊して発酵を促進することが目的です。
 紅茶用の揉捻機は、緑茶用と同じ様な形をしていますが、「細胞を破壊して発酵を促す」という使用目的が大きく異なっています。
 萎凋した葉を揉捻機で揉んで細胞を破砕すると、葉の表皮にある「ポリフェノールオキシターゼ」という酸化酵素が、葉の内側にあるカテキン類と接触し、酸化(発酵)が促進されます。
 村松さん自作の揉捻機は、円盤が鉄製ではなく真ちゅう製です。カテキン類と鉄分が結合してしまうと赤黒くなってしまい、いい紅茶にならないからだそうです。

上の写真は、昭和初期の紅茶用の揉捻機です。
 丸い胴体のところには、
BLACK TEA ROLLER
DATE IRON WORK LTD.
SHIZUOKA JAPAN

と書いてあります。
 DATEかあ〜(笑)。なにかの巡り合わせのような気もします....。


【発酵】

 「発酵」は、通常、「微生物によるタンパク質などの有機物の分解」を指す言葉ですが、紅茶の場合の「発酵」とは、葉にもともと含まれている酸化酵素ポリフェノールオキシターゼ」のはたらきでカテキン類が「酸化」することを意味します。
 カテキン類が酸化すると、紅茶の色をつくる成分「テアフラビン」「テアルビジン」に変化しますが、特に後者の化学変化については未解明の部分が多く、現在も大学・企業の研究室で実験が続けられています。
 酸化酵素の活性が強くカテキンを多く含む品種が、紅茶に向いています。
 アッサム種は、日本で栽培されている中国種よりも、酸化酵素の活性が強くカテキン含有量も高いそうです。丸子紅茶の「べにふうき」は、アッサム系なので紅茶に適しています。
 反対に、「やぶきた」は、酸化酵素の活性が弱くカテキン含有量も少ないので、紅茶に適していません。ですから、「やぶきた」で良質の紅茶をつくるのは、かなり至難の業だと言えます。
 
 発酵機は、均一な発酵を促すためのものです。上の写真は、温度・湿度を管理しやすいように温熱機と水槽を組み合わせた、村松さん独自開発の発酵機です。特許も取得されています。発酵室内の室温は25度〜30度、湿度90%以上で、発酵時間は2時間前後です。2時間を超えると、赤黒くなったり味が濃くなったりするそうです。


【乾燥】

 乾燥工程は、発酵を止めて、水分を減少させるのが目的です。


【感想】
 全体的な感想ですが、やはり「紅茶をつくるのはそう簡単ではない」と感じました。ほんとに何分何秒の差で味や香りが変わってしまうので…。
 でも、元静岡県民としては、多田元吉の『未完のプロジェクト』を引き継いでチャレンジしてみる価値は絶対ある ! と思いました。

 また、「月ヶ瀬の岩田さんにも連絡しといてあげるから」、「これからも何でも聞いてくださいね」ともおっしゃっていただきました。

 研究室へのお土産に、「丸子紅茶」を4種類もいただきました !! 村松さん、ありがとうございました!!

 「べにふうき」と「べにひかり」です。

 べにふうきの茶葉です。

紅富貴(べにふうき)」を試飲させていただきました。

 あこがれの村松さんとツーショット!!


 多田元吉がインドから持ち帰って播種したアッサム紅茶は海外で好評を博しいったんは成功を収めます。紅茶製造に自信をつけた政府は、1878年以降、東京、静岡、福岡、鹿児島に紅茶製法の伝習所を設け、その製品を三井物産や大倉組をつうじて海外に輸出します。こうして紅茶ブームはたちまち全国に広がります。
 しかし、このブームは長続きしませんでした。その理由の一つに、
 「緑茶に比べて紅茶が有利であるという声につられて、全くの素人までが粗製濫造し、粗悪品を混入するなどして大いに信用を失墜させてしまった」(寺本益英『戦前期日本茶業史研究』有斐閣、70頁)、
ということがあります。
 私たちは、この歴史の教訓から学ぶ必要があります。
 私たちが漠然と思い描いていた「緑茶品種+緑茶用製茶機械で紅茶製造」という戦略は、まさに「粗製濫造」に該当する可能性が高いと思われます。

 かといって、「紅茶品種+紅茶用製茶機械で紅茶製造」にすると、それが南山城村の茶業振興にとってどんな意味があるのかが問題になってきます。

 模索はまだまだ続きます。

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 以下は、村松さんから教えていただいた「国産紅茶シンポジウム」の情報です。
日時:3月10日(水)9時30分開場〜17時
場所:掛川市生涯学習センター
主催:茶学の会・第4回世界お茶まつり実行委員会

内容
 1) 最近の世界紅茶事情(日本紅茶協会専務理事・清水 元氏)
 2) 国産紅茶の歴史([株]伊藤園 学術顧問・竹尾忠一氏)
 3) 日本における紅茶品種の系譜(静岡県・茶業研究センター長・中村順行氏)
 4) 紅茶の製造(元野菜茶業研究所茶業研究官・武田善行氏)
 5) 紅茶の香り(京都大学名誉教授・坂田完三氏)
 6) 最近の国産紅茶を語る
 田中京子氏(薩摩英国館)・中村昭子氏(静岡紅茶)・村松ニ六氏(丸子紅茶)司会 小泊重洋氏(茶学の会)

 参加費は990円。定員300名(要予約)。事前に葉書で、〒436-0046 掛川市中央高町18 小泊重洋さん(茶学の会・会長)に申し込む(3月5日締切)。