『雫』という題名の本をみつけました!

 今週の土・日の農作業も雨のため中止になりそうです(泣)
 ということで、「晴耕雨読」の精神で勉強・充電します。


 アマゾンで『雫』という原題の本をみつけました!
 なんかうれしいです!!

 これ一冊で、霊薬から世界商品への茶の東西交流史や社会経済史、文化史、効能などをトータルに学ぶことができる優れた作品です。
 栄西明恵、村田珠光、武野紹鴎、千利休岡倉天心などのビッグネームも登場します。エピローグは「一期一会」で終っています。
 


 タイトルは、Liquid Jade
 副題は、The Story of Tea from East to West
 著者は、Beatrice Hohenegger
です。(2006年発行)

 お茶にかんする英語の勉強にもなります!!


 邦訳もあります。
 もちろん、こちらを先に見つけたのは言うまでもありません(笑)。
 邦題は『茶の世界史〜中国の霊薬から世界の飲み物へ〜』(平田紀之訳、白水社、2010年)
 原題を直訳すると、『雫−東洋から西洋へのお茶の物語』でしょうが、さすがにそれでは売れませんよね....。


 「訳者あとがき」でも指摘されてますが、この本の素晴らしさは、「茶の世界史」の描写ではなく、その「世界史」が背景となって今も連綿と続いている茶業労働者の現実の描写だと思います。
 これまで、インドやスリランカの茶業労働者の現実にふれている著作はとても少なかったです。 少しふれられている場合でも、色とりどりのサリー姿で茶摘みをする女性の笑顔ばかりが妙にクローズアップされてきたように思います。
 そうした扱いが、いいとか悪いとかは問題ではないと思います。
 本当の問題は、私たちの想像力がはたらかずステレオタイプになってしまうほど、生産者と消費者との距離が大きくかけはなれてしまっている、ということだと思います。


 「第4部 茶の現在」「一芯二葉(Two Leaves and a Bud)」の中には、以下のようなことが書かれています。


 「われわれのほとんどは、自分たちが茶を楽しく口にするまでに、どれほど多くの仕事がなされているかに気づいていない。
 そして、その労働条件やそれに携わる人々の生活条件がいかに厳しく、ときに耐えがたいまでのものか、またどれくらいの数の労働者の手が日々の仕事に必要なのかも知らない。
 インドを例にとれば、茶産業は、インド鉄道に次ぐ国内第2の雇用者を抱えている。
その内訳は、1600の大農園と12万6000の小茶園に働く120万人の正規労働者と約100万人の臨時日雇い労働者だ。」(原著p.240, 邦訳244ページ)


 「アジアでは、茶の摘み手の大多数は女性だ。
 毎朝、家事をすませ子供の世話をしたあと、彼女たちは籠を背負って畑に出て仕事にかかる。
 1メートルちょっとの高さに切りそろえられている茶の木に沿って歩き、木のてっぺんの若い芽を摘む。
 伝統的に一芯二葉を摘むのだが、これは良質の茶のイメージとシンボルになっている。
 籠が一杯になると、目方を計るための集積所に行き、それからまた畑に戻って、一日の割当て量がくるまで摘み続ける。
 割当ては農園により、20キログラムから30キログラムと幅がある。
 一人の摘み手が1キロの葉を得るためには平均2000枚の若葉を摘まなければならない(1キロの乾いた茶葉を製造するには約4キロの緑の葉が必要だ)。
 もし1日の目標が30キロだとすると、摘み手は一芯二葉を摘む動作を6万回繰り返さなければならないということになる―−毎日朝から晩までである。」(原著pp.241-2、邦訳245-246ページ)


 「労働問題は、茶を栽培するすべての国に存在するが、インド亜大陸の大プランテーション・システムで最も顕在化している。
 歴史的にみると、この地の茶産業は、移民の存在の上に築かれた。
 インドでは、ベンガルやビハール、オリッサ、マディヤ・プラデッシュといった経済的貧困州の労働者が北東部のプランテーションに移住してきた。
 いっぽうスリランカは、南インドのタミル・ナドゥ州の労働者を導入した。
 茶のプランテーションはたいてい僻地にあるから、今日の移民労働者、つまり150年前の最初の労働者の子孫たちは、一族の出身地から遠く離れて生活しているばかりではなく、近隣の町や村からも隔絶している。
 孤立に加えて、彼らはそこにいるべきではないよそ者と見られて差別される。
 だが、いったいどこに属するべきだというのか?
 ・・・ここでは彼らは侵入者として冷遇され、非熟練労働者として劣った人間とみなされているので、社会階層の底辺に帰属させられている。
 だが物理的にも感情的にも父祖の地からあまり遠く離れている彼らが、そこへ帰る機会はまずない。
 つまり先祖の出身地にも属していないのだ。
 たとえばスリランカでは、こうした事態が社会的・政治的抗争にまでエスカレートし、ごく最近になってようやく打開をみた。
 この地では、移民であるインド・タミル族(ティー・タミルとも呼ばれる)は、多数派のシンハラ族ばかりでなくスリランカ・タミル族にも蔑視されていたし、現在もされている。
 1947〜48年のインドおよびスリランカの独立後の査定しなおしで、紅茶プランテーションの現実の中で忘れ去られて生きてきたティー・タミルは、彼らの市民権ばかりか、スリランカ国籍も失った。
 スリランカ人でもインド人でもないとみなされた何万もの人々は無国籍状態で宙づりになり、半世紀に及ぶ闘争の末、2003年になってようやく合法的なスリランカ国籍を再獲得した。」(原著pp.242-244、邦訳247ページ)


「平均的な茶労働者の労働条件や生活水準は驚くほどひどい。
 一日の摘み取りノルマを果たした彼/彼女の日給は、60セントから1ドル50セントである。
 農閑期には雇用は保証されていない。
 病気になると賃金を削られ、働かなければいっさい払われない。日曜は無給。
 重い摘みとり籠が原因の慢性的な腰痛、化学農薬への接触、そして蛇に噛まれる危険―−これらは茶摘み労働者の生活に日々つきまとう災厄だ。
 気温も湿度も高い雨季の茶農園では、常に蛭に悩まされる。
 労働者の家族が住む狭苦しい家屋は不衛生で、破損していることが多い。
 電気や水道は稀にしか見られない贅沢だ。
 医療施設は人員も器具も薬品も不足している。
 結核マラリアのような伝染病は珍しくなく、不衛生な水源が原因となる胃腸病、赤痢などの病気も同様だ。
 貧血症や栄養失調も蔓延している。
 農園という社会的に孤立した状況下では、特に男性の間でアルコール依存が大きな問題になりつつある。
 大農園は子供たちに初等教育を提供することが義務付けられているが、中等教育はその限りではない。
 摘みとり人の親には、さらに上の教育を受けさせるために子供を学校にやる余裕がないだけでなく、収穫期には家族の暮らしを助けるために、子供たちを摘み手として必要としているのだ。
 教育を受けられなかった若者は、よりよい仕事に就ける見込みもない。
 こうして悪循環は続き、社会的・経済的に圧迫された摘みとり労働者は世代を重ねていく。」(原著p.244、邦訳248-249ページ)


「事態をさらに悪化させているのが、世界市場における茶の価格の低落である。
 これは主として、世界的な増産、およびインド、中国、ケニア、スリランカという伝統的な茶供給国と、ベトナムバングラデシュ、インドネシアなど小供給国との間の競争のせいである。
 結果的に、価格を引き下げる過剰供給に陥り、それが資金繰りのためのなりふりかまわぬ更なる増産という悪循環を招く。
 ・・・・生産国は、より大きな利益構造から締め出され、その利益は主としてこの事業の中でブレンドや包装、販売部門を管理する多国籍企業に渡る。
 引き金となる要因や条件が何であれ、価格の低落にたいして、一般に産業の反応は、農園における生産コストの切り詰めに向けられることになる。
 これにより農家や労働者に対する圧迫が増大し、すでに惨めなその生活状況がさらに悪化の一途をたどっている。」(原著pp.244-246、邦訳249ページ)
 
 著者のホーネガーさんは、上のような茶業労働者の現状を改革する方策として、下記のような「フェアトレード(公正な貿易)」をあげています。

 「われわれが消費者として、フェアトレード茶を選ぶと、そのフェアトレード・ドルは国内および国際機構のネットワークに助けられて、複雑だが効率のよい仕組みを動かすことになる。
 この機構は、生産・輸入・小売の3つの分野で活動している。
 生産の部門では、ドイツに本部をもつ包括的組織で、世界のフェアトレードを統括する国際フェアトレード認証機構(FLO)がフェアトレード基準を設定し、茶農園が賃金、労働条件、児童労働、学校教育と住宅供給、健康・安全、環境基準などの領域で基準を遵守しているか否かを監査・認証している。
 こうしてフェアトレード基準を満たした農園で生産された茶の輸入と小売を、今度は、消費国の国内機構が監督し調整する。
 この機構は、輸入者が支払いを求められるフェアトレード・プレミアム(奨励金)を徴収して、フェアトレード農園に送る。
 農園では、労働者と経営者の共同委員会が開かれて、蓄積したプレミアムをコミュニティの便益のために投資する最良の方法を決定する。
 フェアトレード・プレミアムは、フェアトレード茶の最終小売価格に反映される。
 価格がほんの少し高いのはそのせいだ。
 ほんの少しとはどれくらいか?
 フェアトレード・プレミアムと登録料とを合わせて、茶葉1ポンドにつき72セントである。
 1ポンドの茶葉はカップ200杯の茶を作れる。
 つまり一杯につき3分の1セントの追加で、オーソドックスなホールリーフのフェアトレード茶を楽しめるわけだ。
 (ティーバッグに使用される)CTCの茶ならプレミアムがより少額なので、5分の1セントの追加ですむ。
 ・・・3分の1セントというのは、理解すらしがたい金額だろう。
 だが、フェアトレードの茶を世界に供給しているアフリカやインド、スリランカでは、その価値ははるかに高い。」(原著p.250、邦訳254-255ページ)


 フェアトレード・プレミアムは、実際にどんな役割を果たしているのだろう?
 個々の地域社会のニーズによって優先順位は異なっている。
 たとえば、スリランカのスタッセン農園では、基金は学業を続けたいと望む茶労働者の子弟に支給する奨学金に充てられた。
 労働者の住宅300戸を破壊する巨大な地滑りを経験したダージリンのアンブーティア茶農園では、基金を土地の侵食を食い止めるための森林再生計画に使うことにきめた。・・・・・
 プレミアムがどのように使われようとも、それが人々の生活の実質的な改善に資するだけではなく、基金の配分に関する意思決定プロセスで労働者に権限を与える素晴らしいモデルを提供していることは疑いない。
 家の屋根、よりよい教育、公正な賃金、そしてコミュニティの中で生産的で尊敬される一員としての強い自覚を手にしたフェアトレードの茶農園労働者は、その子供たちによりよい未来を、また少なくとも、何世代にわたって彼らをプランテーションにしばりつけていた悪循環と決別する選択肢を与えることができる。
 これがあの3分の1セントが持っている価値なのである。」(原著p.251、邦訳255ページ)