スリランカ紅茶プランテーション訪問記 (4)

 リプトンの製茶工場を見学しましたので報告します。
 グリーンフィールド農園と同じく、リプトンの茶畑工場も、ウバ州のハプタレー地域にあります。
 時間の関係で、リプトンの茶畑は見学できずバスの中で見ただけですが、グリーンフィールド農園と比べて、畝がとても綺麗に整えられていて、畝の大きさもだいぶ大きいのが印象的でした。


 「ダンバテン・ティー・ファクトリー」で〜す。

 リプトンブランドの主力工場(ユニリーバ傘下)だけあって、かなり大きいです。

 入場料200ルピーを払います。
 ダンバテン工場は、「リプトンズ・シート」とともに、観光地のひとつになっています。

 ダンバテン工場は、1890年、あのトーマス・リプトンによって建てられました !


 リプトン紅茶の創業者 トーマス・リプトンさんです。
 リプトンは、1850年、英国グラスゴー生まれ。両親はアイルランドの農民。21歳で食料品店を設立し、かなり繁盛していました。
 1890年、40歳になったリプトンは、紅茶の生産・販売に目をつけ、セイロンを訪問します。そして、ウバのハプタレー地域の広大な土地を買い取り、インドのアッサム種を移植し、プランテーション茶園に転換します。これが大成功をおさめ、後に「紅茶王」と呼ばれるような地位を築きます。
 ・・・・というサクセス・ストーリーは、様々な「紅茶本」によく載っています。

 インドやセイロンの紅茶の歴史は、イギリス帝国主義とその植民地の歴史ぬきには語ることが出来ません。
 イギリスは、1815年、キャンディ王国を征服してセイロン全土を支配します。そして、それまで焼畑農業や放牧地に利用されていた土地を使って、コーヒー等のプランテーション農業を大々的に開始します。
 イギリスは、1840年に「官有地侵害法令」を制定して、所有権が不明確な土地を官有地として接収し、後にヨーロッパ人などの入植者に譲渡していきました(中村尚司『スリランカ水利研究序説』論創社、1988年、川島耕司『スリランカと民族』明石書店、2006年)。
 こうして、1860年代までには、セイロンはコーヒーの一大産地となりました。しかし、1869年以降、コーヒーの葉の病気が蔓延したため、コーヒー栽培は壊滅的打撃を受けます。
 それ以降、農園主たちは、コーヒー園を紅茶園に転換し始めます。80年代から90年代には、かなりの量のセイロンティーがイギリス本国に向けて輸出されるようになりました。
 リプトンがセイロンに進出した時代背景は、ざっとこんな感じです。


 では、さっそく工場の内部を見学します。

 摘採された生葉は、ここに運搬され、計量・記録されます。



 計量を終えた生葉は、人の手で萎凋(いちょう)室に運ばれます。

 かなり重そうです。




 巨大な人工萎凋槽です。

 送風機も、かなり「いかつい」です !
 ここで生葉を萎れさせて、揉捻をしやすくします。

 葉の香りがたちこめています。




 しおれた葉です。
 萎凋時間は14時間ほどだそうです。


 やはり「穴」がありました。

 萎凋の終わった茶葉は、この穴から階下に降ろされます。



 階下に降ります。
 写真の左側には、揉捻機が並んでいます。
 まん中あたりには、ローターバンや篩分機の姿が。
 それにしても、床にきれいに整えられた茶葉がとても気になります....(笑)。


 工場のレイアウトです。
 このフロアは、モノの流れの順に大まかに言うと、揉捻(Rolling)、篩分(Shfting)、乾燥(Firing)、包装(Packing)で構成されています。


 揉捻機がズラリと並んでいます。
 煙突のような長いパイプが見えますが、先ほどの萎凋室の「穴」につながっています。

 揉捻時間は、30分だそうです。


 揉捻機の下にコンベアが見えています。

 揉捻された茶葉は機械の下に落とされて搬送されます。




 揉捻後の茶葉が送られています。
 この工場は、ベルトコンベアがいたるところに張り巡らされ、搬送が自動化されています。

ここで進路変更 !




「ローターバン」(Rotorvane、揉切機)です。

 揉捻の終わった茶葉が上から投入されます。

 円筒の中の歯車が回転し、茶葉が破砕されます。
 まさに「ひき肉」の感じです。

 茶葉は次の「玉解き・篩分け」の工程に送られます。

 これは、円筒が2連になったローターバンです。

 日本人の目から見ると、「あ〜あ〜、せっかく大切に育てたお茶の葉を、こんなミンチ状に切り刻んじゃって....」とも思うのですが、すべては酸化発酵のプロセスを短縮するための処置です。




 玉解き・篩分けの工程です。
 揉捻やローターバンにかけられた後の茶葉は塊になっているため、機械の振動で塊をほぐし、篩にかけます。

 篩の上側の茶葉と下側の茶葉は、別々の道を歩んでいきます。

 コンベアの端になぜかバケツが....。
 進み過ぎないように、ライン間のバランスをとってるのかな ?
 隣のラインにあふれちゃってますよ〜

 別のタイプの篩分機です。
 この奥には、ローターバンが見えています。


 工場での女性労働者の仕事は、床に落ちた茶葉の掃除がメインです。





 乾燥機です。



 となりに別のタイプの乾燥機があります。



 茎や繊維を除去する選別機です。


 グレードごとに最終の篩い分けをする機械です。


 「BOPF」と手書きされています。

 BOP、BOPF、BOP-sp、Dust-1、Dust-2、Fanings-1、B.P、PEKOEの8種類のグレードに選別されていました。


 出荷を待つリプトン・ティー

 スプーンですくってテイスティング


 工場の展示ケースには、「リプトン紅茶が日本に初めて輸入されて100周年」を記念して製造された紅茶がありました。「ダンバテン」の文字も入っています !

 ユニリーバ・ジャパンのホームページをみると、
 「日本に紅茶が初めて輸入されたのは1906年のことですが、その時にイギリスからやってきたのはリプトンの黄色い缶に入った紅茶でした。」
 とのこと。歴史的には少し気になる文言ですが...

 それはともかく これ、ほしい !


【番外編: コロンボ
 帰国直前、コロンボ市内にあるスリランカ紅茶局(Sri Lanka Tea Board)直営店でお土産を買いました !

 値段の安いものから高いものまで色々あってウレシイです。


 「セイロンティー イカガデスカ」

 コロンボの街中の移動は、スリー・ウィーラー(別名トゥクトゥク)が便利です !
 「女を磨く」ため、格安アーユールヴェーダに行ってきます !


 インド洋です。



【番外編: シーギリヤ】
 スリランカのパワースポット、シーギリヤ・ロックです。











 以下は、感想です。
【K村】
 スタディツアーでスリランカに行ってきて印象に残ったことなどを紹介していきたいと思います。私は海外旅行にいままで行ったことがなかったので、初の海外旅行がスリランカというレアなところになりました。
 それでは、はじめにスリランカの茶園について書いていきたいと思います。私はゼミで南山城産の抹茶を使ったオリジナル緑茶「雫」販売しているので、ここが1番興味のあったところでした。実際にこのスタディーツアーを知るきっかけになったのもこのゼミでの活動が関係しています。
 はじめにスリランカの農園に着いて驚いたのがその場所でした。高度1500m〜2000mのところまで行かなければならなくて、茶の木はとても角度のついた斜面に乱雑に生えられているというものでした。
 日本の茶園は1列1列がきれいに整えられており長さも均等にそろっています。しかしスリランカのグリーンフィールドの茶園は長さがバラバラで葉の大きさもまちまちでした。
 この違いはどこから来るのかというと生産方法と刈り取りの仕方にあると思います。スリランカのほうは農薬を使っておらず刈り取りも毎日行われます。しかし日本の茶園は農薬を基本的に使っており、刈り取りは多くて3回です。何回も摘むと味の品質が落ちてしまうのですが、スリランカの土壌や天候が非常に紅茶栽培に適しているためこの製法ができるのです。
 どちらの方法が良いか一概に言えませんがこの違いには驚きでした。
 もうひとつ、農園のことで、グリーンフィールドの労働者とリプトンの労働者の違いがあります。
 前者のお茶は無農薬、後者のお茶は農薬を使って作っています。お茶を摘み取りしての賃金は同じなのですが、グリーンフィールドの労働者は副業の野菜作りでも農薬を使うことができません。
 スリランカでは、まだ日本のように農薬に対して健康の危険があると感じている人が少なく、割高の無農薬野菜より普通の野菜のほうが売れるのです。これはグリーンフィールドから茶葉を輸入している側の要求です。このため、労働者はかなりひどい生活を強いられています。
 これは重要な問題です。私たちの勝手な要求で現場の労働者がひどい生活になっているのです。私はこの問題について、いちおうは現状維持で良いと考えます。ただこの現状を、茶葉を輸入している人が正確に把握している必要があると思いました。このことを今まで私は知らなかったので、JIPPOの紅茶を仕入れて売っていたのですが、ただの商品を売っているという感じでした。これからはこの商品を1つ売ることで現場の労働者の生活改善が行われるということを頭において販売していきたいと思います。
 次に、最終日に行ったコロンボで感じたことです。最終日はコロンボで自由行動だったのですが、マクドナルドやケンタッキーなどの私たちでも知っているようなお店があり昼食には困りませんでした。他にもSATYのようなショッピングモールや民族のものを集めたお土産さんなどもありました。
 ここまではそれほど日本と代わりがないようなところなのですが、しかし車のマナーなどがとても悪く、クラクションを鳴らせば良いと思っているような状態で、信号がないため歩行者も車が来ていても関係なく道を横断している感じでした。
 他にも街中に全くゴミ箱がないためそこらへんにゴミの山ができていて、戦争の影響なのか、街中に銃を持った軍人さんがいたりもして、この点はまだまだ日本には程遠いなと感じていました。ただ昔の日本もこのような状態だったと思うので今後スリランカがどのように発展していくのか。そして私も少しでもそれに貢献できるようなことができればいいなと思いました。

【K西】
 今回、スリランカに行って、学んだこと、考え直したことが3つある。
 1つ目に、スリランカは私が思ったよりも治安が良かった。なぜこのように思ったかというと、スリランカは2009年まで内戦がおこっていたからだ。また私が初海外であったため、とても不安であった。
 しかし、実際行ってみるとスリランカは治安が良かった。
 しかし、車のマナー、歩行者のマナーがとても悪かった。大きい街では、多くの車がいきかっているのだが、クラクションの音が頻繁に聞こえる。何度も追い越しをしたり、自分の前に車が来るとクラクションをしたりと、運転手の自己中心的な運転でとても怖かった。また、歩行者も車が通っていてもお構いなしに道を横断していた。車の方がよけるだろうという考えなのだろう。このような運転手と歩行者だと事故が絶えない。実際車移動の時、何度も事故を見かけた。運転のマナー、歩行のマナーを教えることが重要だと思った。
 2つ目に、スリランカ人はとてもフレンドリーだった。街を歩いていると、笑顔で「ハロー」と声をかけてきたり、目が合うといつも笑顔だったりと、向こうはどういう意図で話しかけてきたのかは分からないが、積極的に自分から外国人に声をかけていた。この点は日本で見られない現象である。例えば、日本で外国人が道に迷っていても、英語がしゃべれない、恥ずかしいという理由で声をかけない。スリランカの人は、言葉がわからなくても自分から声をかけ、積極的にコミュニケーションをとっていた。私もとても人見知りなので、スリランカ人の人付き合いの姿勢はとても印象に残った。
 3つ目は、お茶についてである。今回のスタディーツアーでは、グリーンフィールド農園と、リプトン農園の2つの農園を見学した。
 グリーンフィールド農園は有機無農薬栽培で、リプトン農園は農薬を使ってお茶を栽培している。実際2つの農園に行ってみると、グリーンフィールド農園は、茶葉はあまり育っていないが、農薬を使っていない分、消費者には安全である。リプトン農園は、茶葉はかなり育っているが、茶葉の根元は農薬の色で白く、人間の体にはよさそうではなかった。しかし、農薬を使っている分、茶葉がよく育ち、おいしい紅茶ができるので、売れているのはリプトン農園で栽培されている茶葉である。
 また、労働者の多くは副業で野菜を栽培しているのだが、リプトン農園の人はそこでも農薬を使い野菜を栽培しているので、質の良い野菜を栽培できる。農薬を使った野菜は市場でもよく売れている。このように農薬を使った方が現地の人にとれば生活しやすくなるので良いのである。
 現在、私はゼミの活動でグリーンフィールド農園の紅茶を販売しているのだが、今回この両者の農園を見て、はたして有機無農薬はグリーンフィールド農園の労働者のためになるのかと思った。
 農薬を使った方が売れるのであれば、農薬使用もやむを得ないのだろうかとも思った。
 実際、グリーンフィールド農園と、リプトン農園の労働者の家を比較してみると、リプトン農園のほうが豪華で、丈夫に作られている。また、収入もリプトン農園の方が高い。消費者側とすれば、農薬使用よりも有機無農薬の方が安心するが、農薬使用のリプトン農園の方が成功しているという現状を考えると、労働者のために農薬を使って栽培することもやむを得ないだろう。
 最後に、今回のスタディーツアーは自分にとって、とても収穫のあるものだった。実際自分でいくことにより、その国の現状、歴史が分かった。
 車のマナー・歩行者のマナーについて、スリランカ人はまだまだだったので、できるなら、車のマナーの本や交通に関する本を送ったり、講習を開いたりして車の危険性について教えたいと思った。
 また、グリーンフィールド農園・リプトン農園訪問は今後のゼミ活動に大きな転機になると思った。両農園の住宅の差、収入の差は資料を読むだけではわからないものだったのでわかってよかった。

【S山】
 わたしは今回の旅で「スリランカ」という国に行って、初めて考えさせられることがたくさんあった。
 もともとの参加理由は、「光」の産地に直接行って、茶園を見て、話を聞いて、今後のゼミ活動に役立つことが得られればいいなと思ったからだ。
 そして同時に、こんな機会がない限り一生行かない国だし、仏跡には興味はないけど今後の自分の良い経験になるかなと思って軽い気持ちで参加した。
 事前に紅茶プランテーションとその労働者について調べてはいたものの、実際茶園に行って現状を目の当たりにして、改めて考えさせられることがたくさんあった。
 一番深く考えさせられたのは、グリーフィールド農園の労働者の生活水準だった。スリランカに着いてから、それまで現地の人との交流はほぼなかったし、なんとなくスリランカの生活も日本には劣るものの、そこまで悪くないと思っていた。けれど、ぼろぼろのトタン屋根の小さな家に家族が5人も6人も住んでいるのを見て衝撃を受けた。特にお母さんが出稼ぎに行って、残った家族が家を作っていた光景が目に強く焼き付いている。あれがスリランカの紅茶労働者の現実なのだと、なんだか悲しくて申し訳ない気持ちになった。
 いま日本の茶農家さんが最も問題にしているのは、「日本人の茶離れ」や「茶の単価下落」などである。しかし、スリランカの労働者はそんなことは微塵も考えてはいないだろう。もっと単純に、自分達の生活で精いっぱいのように感じた。日本のお茶農家さんの現状と比較しようにも、まず問題のレベルが違い過ぎる。
 日本は茶葉を機械で摘むのが当たり前で、手摘みなのは出品茶くらいだ。機械化・効率化され、それをわたしたちも享受している。それに対して、スリランカは手摘みが当たり前だ。それは一年中収穫シーズンであることや、茶園が岩山にあることが関係しているのだろうが。
 そのため、多くの人を雇わなくてはならなくなり、ひとりひとりの労働者に支払われる賃金は限りなく少なくなる。実際に見た労働者は生活ができるかできないかの瀬戸際だった。もしスリランカの茶園で機械化・効率化されれば、労働者の一部は過酷な労働が減り、より豊かな生活ができるかもしれない。けれど、それ以上の数の労働者が職を失いもっと大変な生活を強いられることになるのは明白である。もちろん機械化されれば、茶の質が落ちるという問題も孕んでいる。もし紅茶の単価を上げて、より利益が上がったとしても労働者には還元されるとは思えない。解決の難しい問題が山積みだ。
 スリランカは多民族・多宗教の国であり、歴史的にもその間の抗争は続いている、とさまざまな文献に書いていた。
 なので、わたしもスリランカは民族間・宗教間でもっとギスギスしているのかと思っていた。
 しかし、実際はそんなことなくて、ハプタレーの幼稚園では、いろいろな宗教の子どもたちが一緒に遊んでいたのにわたしはびっくりした。セレモニーで市長がお祝いの言葉を述べていたけれど、それもみんながわかるようにシンハラ語タミル語・英語で話していた。大人もお互いに分かりあえるように気遣っていた。今世界にはそういった民族・宗教間での紛争が多いけれど、幼稚園のみんなはすごく楽しそうで、色々な民族・宗教間でお互いに認め合うことの大切さを改めて感じた。
 行く前のわたしのスリランカのイメージは、危険で人も恐い国だった。たしかに日本ではまず見られない負の光景はたくさんあった。例えば町や観光スポットに行くと乞食がたくさん居たり、そこらじゅうに銃を持った警官が居たことである。でも、出会ったスリランカ人はみんなとても良い人だった。大人も子どもも始終笑顔で、得体の知れない日本人にとても優しくしてくれた。
 日本と比べると確かに経済的には貧しいかもしれないけれど、その分『人と人との繋がり』を大切にしており、人間的にすごく豊かであると思った。今回のツアーではスリランカの表面と裏面を知ることができ、意義のある旅になった。
 わたしはこの旅に参加して、本当に良かったと思う。新たな発見や価値観を築くことができた。また、今までマスメディアを通して、間接的に知ってはいたものの、どこか現実味がなかった先進国と発展途上国と『格差』を今回初めて肌で感じることが出来た。自分が日本に住んでいると、今の生活が当たり前のように感じてしまうけど、いかに自分が高水準の生活を送っているかがよくわかった。発展途上国の生活を改善するために自分にどんなことができるのか、これから少しずつでも考えていきたい。


【H口】
 このスリランカのスタディツアーを通して、考えさせられることが多くあった。まずはスリランカの人々の暮らしと日本の私たちの暮らしの違いである。
 スリランカでは経済面の格差がはっきりと目に分かる。特にグリーンフィールドという茶園で働いている人々の住居を訪れたのだが、家もぼろぼろで労働条件も悪いものであった。労働者の住居は政府が管理しているらしく、勝手に修繕したりすることができない。だから屋根は錆びて穴が開いてしまっており、雨しのぎに木や葉を被せているだけの家が目立った。
 またグリーンフィールドで茶摘みをしている人の給料は、日給制で茶葉を30kg摘んで500ルピーもらえ、さらに10kg摘むと100ルピー追加となる。しかし500ルピーは日本円にするとだいたい500円よりちょっと高いくらいで、ほんのわずかな収入である。
 何度か私も日本の茶園でお茶摘みをしたことがあるが、500g摘むのにも結構時間がかかり、30kgにもなるとかなり厳しいと思う。
 またグリーンフィールドの茶園は標高1200m〜1700mにあり、足場も不安定で、加えて頭には摘んだ茶葉を入れる摘みとり袋も付けている。この摘みとり袋だが、重さはだいたい3kgほどで実際に付けてみると本当に重かった。この労働条件の中、ほぼ毎日茶摘みをするのはかなり大変である。本当に厳しい生活をしていると感じた。
 また、町の方の観光地でも、両足を失くしたおじいさんに「お金をください」と何度も言われた。同行者の方に聞いたことであるが、海外でこういうことは多いらしく、お金がなくて自分の子供の腕や足を切ってお金をもらおうとする親もいるそうだ。実際に見て本当に衝撃だった。
 しかしそういう貧しい生活の中でも、スリランカの人々はすごく素敵な顔をしていた。市場はすごく活気があって、あいさつするとたいていの人が笑顔で返してくれる。日本ではあまり無いことだと思った。
 JIPPOが支援しているハプタレー市立幼稚園にも行ったのだが、そこの子供たちも本当に元気で言葉が通じなくてもすぐに仲良くなれた。
 今の日本はモノが溢れ、生活が豊かになって暮らしやすくなったが、その反面いじめや自殺者が増えたりと、心の方が貧しくなってきていると思う。日ごろの生活にしても人とのコミュニケーションがきわめて少ない。スリランカのような国を見て、日本も一度日常を見直すべきだと思った。
 もう一つこのツアーに行って、「フェアトレードとは何か」を改めて考えるようになった。フェアトレードで得られるお金は個人には還元されない。個人の利益に使うと何に使用したかが分からないからである。だからグリーンフィールドの農園では、共同で使うトイレ、結婚式などの村のイベントで使われるコミュニケーションセンターが建てられていた。しかしこのコミュニケーションセンターは建てられたものの一カ月に3回程度しか使われていないそうだ。せっかく得た利益であるが、これでは住民の暮らしの向上には繋がらない。
 今までフェアトレードのことをなんとなく知っていたつもりでいたが、全然理解できていなかったと痛感した。フェアトレードとは何なのか、なぜ行われているのか、その地域の人が何に困ってフェアトレードを行ったのか、得られた利益はいったいどのように利用されたのかなど、フェアトレードのことをもっと掘り下げて理解したい。
 このスタディツアーをきっかけに、実際に現地に行き自分の目で見て、現地の人の生の声を聞いたことで日本にいるだけでは絶対に分からなかったことを感じることができた。またツアーに行ったことでスリランカのイメージも大きく変わり、スリランカの人々、生活、町の様子、歴史、自然など興味魅かれるものがたくさんあった。残りわずかの大学生活であるが、それを有効に使って今回の経験を生かし、また将来に繋げたいと思う。

【M.C】
 私は海外への渡航経験がないため、治安状態や衛生面、さらに食事に関しての不安を多く持っていました。しかし18名のスタディツアー参加者とともに本当に快適に過ごすことができたと思います。
 まず、スリランカの人々の活発さに驚かされました。コロンボのような都市ではもちろんのこと、シーギリア登頂の時などにも「Hi!」や「コンニチハ」と声をかけてくれました。よく日本人と分かるな、と思うと同時に、開放的に性格なのだろうと感じました。
 しかし、私を含め多くの日本人にありがちなことは、「言いたいことは分かるけれど、伝えることができない」です。非常にコミュニケーションに苦労しました。スリランカでは大学生までの教育は政府負担です。にもかかわらず、家庭の事情のために教育を受けることができない人が多いということも知りました。自らが収入源として働く尐女がいる一方で、自学自習で英語やアラビア語を学び、上の地位を目指す尐女がいる…。与えられたものを当然として受け入れる先進諸国の人よりも、こちらでは人生を悔いなく過ごしているのかもしれません。
 そして何より、このツアーの中で残っている言葉は、「このまま、こちらの都合で無農薬を徹底するのか、労働者の生活水準の向上をめざすのか。」という中村先生の言葉です。
 グリーンフィールド農園を実際に見るまでは、「もちろん無農薬の方だろう」と思っていました。しかし、実際の茶園見学・体験、労働者の家・工場見学で、私はこの言葉の真の重みを知ることとなりました。
 グリーンフィールドの茶園を近くで見たときに私は何か違和感を覚えました。茶葉の成長の様子、これが日本で見なれたものとは異なっていたからです。
 私の研究対象は、京都府唯一の村 单山城村の経済活性化です。特産品である宇治茶による活性化を目指し、私自身も村の茶園には何度か足を運びましたが、綺麗に棟をつくり青々と生い茂っていたように感じます。日本茶品種用と紅茶品種用の土壌の違いはあると思いますが、グリーンフィールド農園では少しばかり粗雑な印象を受けました。
 また、足場の悪い岩盤の多い立地では、確実に一芯二葉を確実に手摘みするには少し難しいように思いました。ハイスピードで摘み取る女性たちの中には、茎の部分を摘み取ったり、大きめの一芯二葉で重さを稼いでいるということでした。
 何故そこまでする必要があるのか。それは彼女たちに課されている『ノルマ』の問題があります。グリーンフィールド農園では10キログラムの収穫で一律500ルピーつまり約400円の収入しかありません。コロンボで食べたマクドナルドのセットが450ルピー(約350円)であったことを考えると、地域間の格差というものも伺えます。
 また同じ茶園労働であっても、その生活水準には違いがあります。農薬と無農薬の差異です。スリランカでは一年中茶摘みが可能な環境であることから、日本のように農薬の規制はありません。リプトン工場では副産物として野菜(農薬使用)を栽培することで、生活を潤わせていました。スリランカでは先進諸国のようにオーガニックの食品が浸透していません。高価格のものよりも低価格であることが望まれます。
 こうしていくつかの事実を知ると、中村先生の問いが非常に難しい問題であることがよくわかりました。
 小さな町、一つのエリア内でも生活水準の格差が存在している現状では、後世への負担を覚悟した上での地域内格差を縮めることが先決かもしれません。しかし、生産者・消費者への影響、周辺の環境問題を考えると、無農薬の方が望ましいはずです。
 このツアーで私は多くのことを学びました。何を優先とするのか、社会に出るとこのような壁にぶつかるかもしれません。目先のことに囚われず確実な未来を紡いでいけるように努力したいと思います。