岩手でゼミ合宿をします!

 来週、9月7日(水)から10日(土)まで、岩手県でゼミ合宿を行います。
 3回生20名が参加します。

 スケジュールは、下記のとおりです。

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 ・9月 7日 16時30分に龍谷大学深草キャンパスに大型バス配車。農作業用具などをバスに搬入。17時に大学を出発し、東北へ
        (京都南IC→名神北陸道→磐越道→東北道→花巻IC)

 ・9月 8日 朝6時30分にホテルルートイン花巻に到着。その後、現地の岩手県交通のバスに乗り換え、9時30分頃に陸前高田に到着。
  陸前高田では二手に分かれて、下記の活動を行う予定です。
  ①気仙茶の茶畑で剪定・草引き作業(昼〜)、聞き取り(16時〜)
  ②仮設住宅の集会場で、「お茶っこサロン」※を開催(13時〜15時)
  場所は高田町の鳴石仮設団地 (市立第一中学校グランド)です。
 17時ころ、陸前高田仮設住宅を出発し、2時間かけて花巻のホテルに戻ります。


 ・9月 9日 朝9時に花巻のホテルを出発(岩手県交通さんのバス)。10時25分に小岩井農場に到着。牧場で観光。昼食はジンギスカンのBBQ(ニュージーランド産のラム肉だそうです)。16時30分に小岩井農場を出発し、18時に花巻のホテルに到着し、宿泊。
 関西人は東北に行ったことのない人ばかりなので、観光もして、東北の雄大さを自分の肌で感じとり、そしてそれを、自分の周りの人たちに伝えていきたいと考えています。


 ・9月10日 朝9時に花巻のホテルを出発し、大型バスで京都へ 
      (花巻IC→東北道→磐越道→北陸道名神→京都南IC) 
       22時30分に龍谷大学に到着予定

 お天気は、大丈夫そうですね(Yahoo!天気情報大船渡雫石)

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「お茶っこサロン」について:
 気仙市民復興連絡会の方々にご尽力をいただき、仮設住宅の自治会長さんと連絡を取っていただきました。気仙市民復興連絡会は、岩手県・気仙地域(大船渡市、陸前高田市、住田町)のNPO団体や市民団体の情報収集と発信・提供を行っている団体です。
 会の方々には、事前に仮設住宅でサロンのチラシを配布していただいたり、当日も私たちの傍についていていただいたりと、何から何までお世話をいただいております。
 ありがとうございます!
 サロンで提供させていただくお茶につきましては、私たちの「雫」や「光」を持参するのはもちろんですが、ほうじ茶・煎茶など、いろいろなタイプのお茶を用意したいと思っております。現在、南山城村をはじめ京都の茶農家さんに協力を依頼中です!
 仮設住宅の集会場は20畳くらいの大きさです。まだ机もイスもないとのこと。大学から、不要になった折りたたみのイスや机、ちゃぶ台を持ち込んで、皆さんが立ち寄りやすい雰囲気をつくりたいと思います。また、ゼミに落語研究会のメンバーもいるので、寄席もやるつもりです。
 現地の仮設住宅に何かお届けしたい支援物資等がございましたら、ご一報ください。

 ※「お茶っこサロン」という名前や活動は、岩手県立大学の学生たちが中心となって展開している“いわてGINGA-NETプロジェクト”の1つです。私たちもその活動に共感し、この名前を使わさせてもらいたいと思っています。

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 剪定作業について: 
 震災前は例年、1番茶の摘採は、6月上旬に、地域の女性たちとともに手摘みで行われ、その後に剪定されていました。
 数年前までは、2番茶も摘採・製茶していたそうですが、JAの製茶工場に持ち込まれる数量が少なくなってきたので、だんだん1番茶の摘採・製茶だけになってきました。
 今年は、震災後の6月13日に、大船渡東高校の生徒さんの協力を得て、1番茶の茶摘みが行われましたが、摘んでいない所もあります。
※JAの製茶工場を動かすことができなかったので、手摘みされた1番茶は製茶はされませんでした。

 来年、お茶を収穫するためには、剪定が必要になります。気仙地域の気候・時期もふまえて、剪定しなくてはなりません。東北は関西よりも気温低下が早いので、注意が必要です。また、例年は10月と3月には施肥がされていましたが、今後も、そのペースで施肥をすることが難しいのではないか、という事情もあります。


 下は、8月28日に事前調査に行った時の写真です。クリックするとオリジナルサイズでご覧になれます。


 何かアドバイスがあればお願いします。どんな小さなことでも結構です。私たちも、京都の茶農家さんや茶業関係機関のアドバイスはいただいているのですが、慎重に行いたいと思います。



 下の7枚の写真は、今年5月4日に訪問した時の写真です。昨年の時点での整枝位置を示すためにアップします。クリックすると、オリジナルサイズでご覧になれます。

下の3枚の写真(5月4日撮影)をみながら、一方で「寒い東北でお茶を育てるのは、並大抵の努力じゃできないな」と感じるとともに、他方で、整枝や施肥、防除の方針をどうすべきか、悩むところです。


 


 

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 私たちが「気仙茶を支援するとはどういうことか・何をすべきなのか」を模索している際に、日本中世史研究者の橋本素子先生は、私たちのために論文を送ってきてくださいました。
 心よりお礼を申し上げます。

 橋本素子「中世茶園について」(『年報 中世史研究』第31号、2006年、159〜182頁)
 「・・・中世茶園のあり方が、その後五〇〇年にもわたる農村における茶栽培のありかたを規定したものといえよう。しかし今や単作茶園を除くほかの茶園は、その存在自体が存亡の危機にある。特に高度経済成長期以降、日本の農業が総じて大規模・機械化への道を選択しその生産効率を追求した結果、・・・主に自家用・地域消費のための茶を生み出していた畦畔茶園の多くは、その地域ごとに独自に展開した製茶法とともにその姿を消しつつある。・・・地域茶とは茶の栽培法・製茶法・飲茶法が地域独自に展開して成立した文化であり、農村で唐式喫茶文化や宋式喫茶文化が受容された一五世紀半ば以来、約五〇〇年もの時を経て創出された貴重な文化である。しかし昭和三〇年代を境に、都市近郊の茶園は宅地と化し、農村部でも生産者の高齢化等の理由で製茶が中止されたために茶園が荒廃するか、茶栽培は続けられるものの製茶工程を機械化することによって『宇治製』といわれる一般的な煎茶に仕立てるようになってしまった。地域茶はここにきて、もはや後世に伝承されることがないかもしれない、という危機的状況を迎えているのである。」(175頁)

 どうすれば「地域茶」という「文化」を「後世に伝承」できるのか。その手がかりを現地で探ってきたいと思います。
 
 また、「自家製茶」の研究者の伊藤明子氏からも、
 「自家製茶−その製法と習俗」(京都造形芸術大学大学院芸術研究科、2006年6月)
という論文のコピーをいただきました。
 この論文には、伊藤氏らが行った、岩手県陸前高田市を含む全国16県の「自家製茶」の現地聞き取り調査の結果が記されています。
 調査内容は、茶の栽培、製茶の方法、製茶の用具、茶の飲食利用の方法、茶を媒介とした寄合の有無など多岐にわたっています。
 論文の第3章「『自家製茶』にみられる諸問題〜今後の課題として」の第1節「製茶方法〜『もみ盤』について」には、下記のような重要な指摘があります。
 「これまでの理解では、元文三年(1738)に山城国の永谷宗円によって創始された『蒸製煎茶』は、それまでの製法と異なって、碾茶と同じように『蒸製』の茶葉を焙炉上で揉みながら乾燥させた点が画期的であったとされている。
 ・・・・これまで『揉む』行為に目を向けた場合も、その対象はあくまで、焙炉上で揉みながら乾燥させる『手揉み茶』に対するものであって、『莚揉み』の『自家製茶』に対しては、全くと言って良い程、関心が持たれることはなく、研究もなされてこなかった。
 当然、その揉み道具についても十分な理解がなかった。それが今回の調査を通して『莚揉み』とひとくくりにされる『自家製茶』の揉み道具には、材質も形状も異なる様々なものがあることが分かったが、この揉み道具の種類について比較検討されたことは、これまで全くなかったのである」(16頁)
 
 さらに氏は、「もみ盤」には、「竹を割いて縦軸とし藁縄を横軸にして編み上げたもの」と、「板に荒縄をまいたもの」とが存在することを指摘している。
 後者の「板に荒縄をまいたもの」については、「秋田県能代市檜山の他、岩手県陸前高田市米崎町においても確認できた。『気仙茶』と呼ばれるこの地域の茶の製法については、かつては湯通しした(との話であったが、聞き取り調査では、蒸製のように思われた)茶を板に藁縄をぐるぐる巻いた『揉み板』(縦85センチ、横30センチ)の上で揉んで、『ジョーダン』(助炭=焙炉)の上で乾燥させたという。」(17頁)
 「・・・自家製茶の揉み道具には、製茶方法に付随して伝播する場合と、それぞれの地域で手に入りやすい素材のものを利用する場合とがあるように思われる。『揉む道具』としては、一般的によく見られるのが、藁を素材とする『ムシロ(莚)』である。他に『ネコブク』というものもある。これは、『ムシロ(莚)』は織るのに対して『ネコブク』は編むという違いがある。調査では、福岡県八女郡黒木町岩手県陸前高田市気仙町で確認した。」(17頁)
 「今後『自家製茶』に用いられている製茶道具の研究が進むことによって、各地に残る『自家製茶』のルーツやその伝播経路を解く鍵になると考えている」(18頁)



 「畦畔茶園」「自家用茶」「自家製茶」。それらは、「自然と人間との等身大の関係」の中でつくられてきた伝統的な文化。
 第二次大戦後の日本は、アメリカ的生活様式の影響を強く受け、そうした「等身大の関係」を、「遅れたもの」「劣ったもの」「効率の悪いもの」「価値のないもの」として、忘れ去ろうとしてきたのではないか。
 気仙茶のような「自然と人間との等身大の関係」は、東北の人々の中で、形を変えながら細々とではあるが息づいてきた。3月11日の大震災と原発事故の後、初めて、そのことに気づかされた。
 今一度、「自然と人間との等身大の関係」を再評価し見つめ直す時なのではないか。そこから再出発すべきなのではないか。


 気仙茶は、観光資源でもなく、たいして商品化もされておらず、ましてや産業化もされていない自家用茶だが、それでも陸前高田大船渡の地で、江戸時代から300年以上も脈々と栽培され続け飲み続けられてきた。
 気仙茶は、自家用茶でたいした現金収入にもならないのに、なぜ300年以上も続いてきたのか。
 従来、経済学は、「自家消費」という「日常活動」を、「市場経済の未発達」「農家の貧しさの象徴」などの言葉で片づけてきたのではないか。 
 「商品作物として重要だから続いてきた」ことよりも、「商品作物でもないのに大切にされ続いてきた」ことのほうがスゴイことなのではないか。

 「資本主義」や「市場経済」といった経済活動の層の下には、共同体の内部で毎年毎年繰り返される「日常活動」(慣習的活動)の分厚い層があり(F.ブローデル)、地域の人々の中で受け継がれてきた「日常活動」の記憶が気仙茶の栽培と自家消費を支えてきのではないか。
 
 「私の理解する物質生活【日常活動】とは、長い歴史を背負った人類が、まさに内臓の中に吸収するように、彼自身の生に深く合体されているものであり、そこではあれこれの過去の経験なり興奮なりが、日常生活の必要性、凡庸性となっているのだ。そうであるが故に、誰もそれに注意をはらおうとはしない」(フェルナン・ブローデル[金塚貞文訳]『歴史入門』中公文庫、17頁、2009年)



 自家製茶・自家消費の営みは、静岡や鹿児島そして京都などの、工業化された大茶産地では、高度成長期に消滅しすでに見ることができなくなっている。

 震災復興において、商品の生産や販売を通じた市場拡大・雇用創出はもちろん重要だが、毎年毎年繰り返し行ってきた「日常活動」を震災前と同じように続けられるように復旧することも重要なのではないか。
 このような両面戦略が、東北の復興を考える際に重要になってくるのではないか。
 このことは、個人の復興の「よりどころ」につながるのではないか。