花巻から大船渡へ (3)

 翌21日(月)は、午前中、NPO法人・地域づくりサボートネット、気仙市民復興連絡会の栗村さんと一緒に、JA大船渡(大船渡市盛町)を訪問し、営農部長さんや製茶工場の担当者とお話させていただきました。
 気仙茶の今後の展開についてのJAのお考えを伺い、私たちが考えたプロジェクトへの協力をお願いすることが主な目的です。


 JAに少し早めに到着したので、周囲を歩いてみました。

 このあたり一帯は、地震津波地盤沈下したため、いまだに毎日、満潮時になると冠水するそうです。


 「かもめの玉子」の(株)さいとう製菓さんのビルです。
 内部は津波で、めちゃめちゃになっていました。
 カメラを向ける気がしませんでしたので、看板だけにしておきます。


 9月のゼミ合宿の際、栗村さんにいただいた大震災記録映像DVD
 さいとう製菓さんらが制作されたものです。
 

 さいとう製菓から、道路を隔てた向かい側の高台です。
 津波の際、ここへ避難した社員の方が、ビデオカメラを回したそうです。


 JAおおふなとです。建物の1階部分は、激しい津波の被害にみまわれました。

 1階部分は今も使用されていません。
 簡易トイレの使用も余儀なくされています。

 この日は、新たに野菜栽培を始める方への説明会が行われていました。

 午前10時から1時間半程度、営農部長さんや製茶工場の担当者とお話させていただき、気仙茶にたいする今後のJAの取り組みの方向性について伺いました。
 また、私たちが構想している気仙茶プロジェクトについても熱心に耳を傾けてくださいました。
 大船渡出身の栗村さんが一緒にいてくれたおかげで、とても和やかな雰囲気の中で、「今後、気仙茶がどうあってほしいか」をお互いに議論することができました。
 「今までは、気仙茶に対しては、ある意味で『自由放任主義』だったが、今後は、JAとしても、気仙茶の栽培・製茶・販売を積極的に振興していくつもりだ」とおっしゃっていました。
 私は、「気仙茶の未来を決めるのは、よそ者ではなく、あくまで地域の方々自身ですが」と前置きした上で、
 --「自家用茶の伝統を次世代に残しながらも、『地域の人々の結(ゆい)によって育まれ、地域の人々の結の中で愛用され、地域の人々の結がよりいっそう強められていくようなお茶』に気仙茶がなっていったら」、
 --「JAの製茶工場も、このような地域の『結』の土台の上に立脚することができたら」、
という趣旨のことを申し上げました。