陸前高田に行ってきました

 6月14日(木)〜16日(土)、陸前高田に行ってきました。
 今回の訪問の一番の目的は、「気仙茶の栽培を復活させたい」という農家の方にお会いすることです。
 
 


 釜石線花巻駅のホーム
 1時間かけて遠野に向かいます。


 偶然、トヨタの専用列車が通過していきました。


 

 遠野駅に到着。
 「そばっち」がお迎えです。

 「伊達な旅」もよろしく(笑)。
 気仙地域は、元・仙台藩ですんで。


 遠野は馬の産地。
 「東北馬力大会」は来週かぁ....。

 遠野駅前から、大船渡方面行のバスに乗り、住田町・世田米のコンビニ近くのバス停で乗り換え、陸前高田へ向かいます。








 米崎町の茶畑へ向かう途中、小友町の「気仙大工左官伝承館」に立ち寄りました。




 気仙大工が丹誠込めて作りあげた茅葺きの古民家、囲炉裏、竈、蒸籠。
 こういうところで、子供達とお年寄りが一緒になって、昔のお茶づくりを楽しめたらいいですね。
 気仙地域の自家製茶の参考文献については、5/30のブログを参照。








 神戸のNPO法人・阪神淡路大震災『1.17希望の灯り』が建てた「希望の灯り」です。

 伝承館の売店で、神戸の梅花堂さん製作の「希望の灯り 瓦せんべい」をお土産に買いました。

 この瓦せんべい、販売価格525円のうちの210円が「希望の灯り」のガス代・維持管理費用に使われます。
 神戸から陸前高田に出荷されたこの瓦せんべい。陸前高田で神戸市民が購入し、また神戸に戻る(笑)。しっかり味わって食べます!




 今回、米崎町にある、在来種の畦畔茶園を訪問しました。


 津波で浸水した農地。
 倉庫の屋根には浮球が乗っかっています。
 「いのちと家は、ギリギリのところで助かった」とのこと。


 全国から集まったボランティアの方々が、瓦礫を撤去し、このビニールハウスを再建しました。


 この農家さんで栽培されている花をいただいてしまいました!
 ビニール袋にいれてもらい、大事に神戸まで運んで、鉢に植え替えました。
 農家さんは、「震災後、陸前高田では、花を買う人が少なくなった」と嘆いておられました。

 庭に花を植える人が増えること、花を贈る人・もらう人が増えること。
 このことが、この農家さん自身にとっての復興なのだ。
 そう感じました。
 



 左手が山側で、畦畔茶園。右がリンゴ園です。
 米崎町には、この組み合わせが数多くあります。


 「茶の樹のことが気になるので、リンゴの農薬は抑えてきた」とのこと。

 人の身長より高い茶の樹
 「子供のころは、よく茶摘みを手伝わされてね...」と持ち主の方。

 斜面地の茶樹



 こんな形の樹も。
 
 茶の樹一本一本の正確な樹齢は調べようもありませんが、
「200年間は、このような形で、ここに茶の樹があって、私の子供の時分までは、手摘み・手揉みして飲んだ」とのことです。


 静岡、九州、関西など、大茶産地の方々から見れば、「たんなる放置茶園」のように見えるかもしれません。

 しかし、畦畔茶園は、ここ陸前高田大船渡では、江戸時代から連綿と続く貴重な地域資源であり、今後の地域再生の方向を指し示してくれている、と私たちは考えています。


 今回、「肥培管理されていない実生在来の畦畔茶園」3カ所と、「以前は肥培管理されていたヤブキタ茶園」を2か所見ましたが、ヤブキタのほうは病んで枯れかけている茶樹も多いように見受けられました。

 樹勢を比べてみると、「肥培管理されていない実生在来」の樹のほうが、はるかに力強いと感じました。

 実生から育ったほうが根が地中深くまで伸びるからなのでしょうか。
 『日本茶のすべてがわかる本』(農文協)によれば、
 「種を蒔く方法は、現在でもまれに、山間地など立地条件が厳しい茶園で行われることがあります。種子から育ったチャの根は深く伸び、干害や寒害に対する抵抗力が強い性質を得られる可能性が高いからです。」(p.80)
とあります。

 一般の方が種を蒔いて一からチャの樹を育てるのは困難なので、初期段階としては、「マザー茶園」のようなところが、種から育った苗木を地域の方に供給する方法はどうでしょうか。

可能性を検討してみたいと思います。

 (続く)