気仙茶 復活 ! 念願の茶摘み ! (1)

 放射性物質の影響で昨年6月から岩手県の出荷自粛措置がとられていた気仙茶ですが、この度、県による検査の結果、国の基準値を下回りました。
 そして、6月14日、気仙茶に対する出荷自粛措置が正式に解除されました。
 (岩手県「陸前高田市における「茶」の出荷自粛解除について」6月14日付]を参照)


 これをうけ、6月16日(日)、陸前高田の米崎町で、待ちに待った気仙茶の茶摘みが行われました!

 この日は、「北限の茶を守る 気仙茶の会」のメンバーとボランティアとを合わせ約20名で茶摘みを行いました。
 ボランティアの方々は、フロリダや九州など遠方から参加してくださいました。
 フロリダからいらしたショーンさんは、国際ボランティアNGOのNICEワークキャンプの参加者です。NICEの皆さんは、昨年から、気仙茶の会とともに、茶の樹の剪定作業に汗を流してくれていました。(NICEのブログはこちらです)
 九州からの参加者は、なんと、浄土真宗本願寺派のお寺の住職さんでした!


 研究室メンバー5名(4回生の田辺・宗・永井・岡嶋+伊達)も参加させていただきました。
 先発隊は14日(金)に陸前高田入りし19日(水)まで滞在、後発隊は15日(土)に到着し28日(金)までの滞在で、みなヤル気満々です!


 

 「気仙茶の会」の菊池司 会長です。
 リンゴ栽培用の脚立を使って摘んでいます。
 気仙地域の畦畔茶園では、京都や静岡などのように低く弧状に仕立てられていない樹が多いので、脚立は必須アイテムです。
 「竹林と茶園」の組み合わせも、とても美しいですね。土壌の面でも、お友達だそうです。


 脚立の横で助手をつとめているのは、気仙茶の会メンバーの中村さんです。大船渡でお茶っこサロンなどのボランティアを精力的に続けられています。「震災後、2週間の滞在のはずが、いつのまにか2年が経っちゃって..」とおっしゃっていました。
 

 滑り落ちそうになるのを懸命にこらえながら茶摘みをする副会長の及川さん。


 写真中央が、気仙茶の会・事務局長の前田さん。
 ボランティアの皆さんに、新芽の摘み方を指導して回っています。






 一芯二葉や三葉で丁寧に摘み取られた新芽を籠に集めていきます。


 輝いているように見えました。

 摘まれた茶葉は、農協の工場に運ばれ、製茶されます。 
 早くのみたい!
 できあがるのがとても楽しみです!



 気仙茶の会のメンバーは、昨年夏から市内のあちこちの茶園を巡回し、ボランティアで剪定作業を続けてきました。
 今回の出荷自粛解除と茶摘みは、「気仙茶を後世に残したい」という地元の方々の熱い思いが結実して実現されました。



 菊池会長のご挨拶。
 ここに至るまでの長い道のりや、ボランティアの方々への感謝の意が表明されました。


 前田事務局長による気仙茶の解説と摘み方の説明です。
 
 前田さんの笑顔を見ていると、震災後から今日までの、気仙茶をめぐる数々の出来事が頭の中を駆け巡りました。

 <2011年>
 震災直後、目を覆いたくなるような気仙の惨状を目の当たりにし
 気仙茶に関わってこられた地元の方々の安否を気遣い
 心が裂けるような日々。

 それでも
 「今年も摘みましょう」
という気仙の方々の声や、
 「今までどおり製茶工場を動かすことが被災者を元気づけるのでは」
という農協の決断に背中を押され、
 少しずつ、
 「気仙茶が ほんの少しでも 被災者の方々の ひとつのよすがになるのなら…」
と考えられるようになった。
 前田さんはそう語ってくださいました。

 2011年4月26日に、前田さんからいただいたメールの抜粋です。
 「不条理により、気仙の方々は、困難な運命を背負うことになってしまいました。
 その困難は、複雑で、また、決して他人が替わることのできないものだとお会いするたびに、切ない気持ちになります。
 そのような中にあっても
 気仙の方々にとって
 困難とともに生きてゆくひとつのよすがに、
 お茶がなっていけるのであれば
 そのことに望みをつなぎ 祈る気持ちです。」

 気仙の方々に対する前田さんの思いが、翌年に結成された「北限の茶を守る 気仙茶の会」の源流に流れていたように思います。


 <2012年>
 「復興は進まないけれども、少しだけ前を向いてみようか」と、気仙の方々が考えていた矢先、
 その思いを打ち砕くような、放射性セシウムの基準値超え、
 県の出荷自粛措置。

 今できることは、剪定作業。
 植物の光合成を否定するかのような、「中切り」という冷たい名前、
 屈辱的な作業。
 「新芽をつけてくれた茶の樹に申し訳ない」と思いました。
 ずっと茶畑の世話をしてきた亡き人の顔が浮かび、「申し訳ない」という気持ちでいっぱいでした。

 農協主催の除染講習会に集まった生産家の皆さんの
 「こんなに刈ってしまうのですか?」、
 「茶の樹が弱ってしまわないのですか?」という声。

 この頃、気仙茶の存続を心配し「気仙茶を守りたい、後世に残したい」と考える地元の方々が、菊池会長や前田事務局長の周りに集まってきました。
 そして、
 「しっかり剪定して、来年こそは出荷自粛解除に」、
 「心が折れないように、皆で『明るく』剪定作業をしていこう」、
 「震災で荒れてしまった茶園を再生させ、気仙茶の伝統を守っていこう」と、
「北限の茶を守る 気仙茶の会」が立ち上がります。

 地元以外からも、たくさんの応援団が、会に集うようになります。
 「気仙の茶の樹は元気だ、地域の資源として守っていくことは大切だ」と、講演をしに静岡からかけつけてくれた小泊重洋さん、
 遠くアメリカやヨーロッパからやってきたNICEのボランティアたち。

 夏の熱いさ中、「来年こそは」を合言葉に、みんなで「明るく」剪定作業を行いました。
 土の養分が少しでも茶の樹にいくようにと、草取り作業をしました。
 津波をかぶった茶園を再生する活動もしました。

 剪定後も、樹の生育状況を心配して茶園を見に行く会員の皆さん。
 少雨を気にしながら、秋がすぎ、寒い冬を超え....。


 <2013年>
 5月、皆の思いに応えるように、再び元気な新芽を出してくれた茶の樹に、ただただ感謝。
 光合成の有難さが身にしみてわかりました。
 検体の茶摘み、野菜茶業研究拠点での検査、
 「国の基準値を無事クリア! 出荷自粛も解除!」
 前田事務局長からのメール。
 花巻から陸前高田へ向かう車の中で、それを何度も読み返しました。

 そして、今日
 こうして、気仙の方々といっしょに茶摘みができて本当によかった!


 茶摘みの参加者の中には、家族や親戚を失ったり、家や仕事を失った方々がおられました。

 亡くなられた方々と生かされた方々とをつなぎあわせるお茶

 それが気仙茶なのではないか
 
 震災後、気仙の方々や前田さんから学びました。



 すごく情緒的な文章になってしまいましたが、すいません、今日だけはこう言わさせてください。






 この日の茶摘みの概要は、下記の新聞記事をご参照ください。

 岩手日報6月17日付、東海新報6月18日付、河北新報6月17日付。