南山城村 茶畑活動日誌 (6月23日)

 6月23日(日)、ゼミ生3名(男2名、女1名)で南山城村にて茶畑作業に参加した。
 雲行き怪しく、今にも雨が降りそうな朝だった。
 夏に向かうにつれて日照りが強いので、曇っていた方が身体は楽だが、梅雨独特のジメッとした感じが気持ち悪く感じた。

 一番茶の刈り取りも終了し、今週からは早々に二番茶へ向けての作業となった。

 朝は‘例の看板’のある茶畑での作業だ。
 寒冷紗を掛ける前に畝の中から生えてきている雑草を隈なく刈り取っていった。
 鎌の取り扱いには重々注意され、途中から道具は鋏に変更となった。
 木野さんにも迷惑がかかるので、怪我には注意しなければならないと思う。


 寒冷紗を掛ける作業は久しぶりだったので、ちゃんとできるかどうかと気掛かりだったが、身体が動きを覚えているようで、ぎこちなさはあるものの失敗することはなかった。
 ちなみに、「棚掛け」がある所も、二番茶では「直掛け」するそうだ。
 理由は、直掛けするほうが色付きが良いためだ。
 直掛けのほうが手間はかかるが、手間を惜しまずに作業することが農業では大事なのだと思った。



 寒冷紗を掛け洗濯バサミを挟むとき、ちゃんと引っ張らないと、上の写真のように風で寒冷紗が葉に擦れて焦げてしまうため、十分注意しなければならない。


 ひと通り作業を終えた一行は、次に「龍谷の茶畑」に向かった。


 「前抜いたばっかのはずやのに、なんでこんなに生えとるんや!」
と思わせるほど、雑草は群生し、茶の樹にいくはずの栄養を奪い取っていた。

 岡田さんによると、まだ小さいけれど、もう来年から摘めるそうなので、ぐんぐん成長してもらえるように、黙々と雑草を抜いていった。


 昼になり、お昼御飯をいただいた後、少し時間があったので、てん茶工場の中を少し見せていただいた。
 工場はとても機械的で、どれも素手で触れるようなものではなかった。
 そして、工場の中はとっても暑い。
 80度以上はもちろん、200度近い温度で蒸気を出す機械もあるため、その分、工場内は蒸し蒸ししているのだ。


 これが散茶機。
 デカい。
 あれだけ多くの葉を飛ばすなんてすごい威力だと思う。

 蒸機を通った後、この散茶機で右から左へ3回上下し、完全に乾燥させる。

 怜子さん曰く、
「ここで水分を飛ばし切れていないと、次の炉に入ったときに葉の色が悪くなってしまう」。

 機械だらけで、どれがどの機械につながっているのかも分からないくらいの構造になっていて、面白かった。
 今度茶畑に行くときも、また見たいと思う。


 午後からも「龍谷の茶畑」で雑草抜きに励んでいたが、雨が本降り化し、15時ごろに本日の作業は終了となった。
(文責:小林)



 今回茶畑を訪れると、一番茶が終わり剪定をしてあるお茶の樹もあり、少し雰囲気が変わっていた。

 午前中は、二番茶になる芽がのびだした茶の樹に混じってにょきっとはえた笹やツルを剪定ばさみでチョキチョキと切っていった。
 茶の樹をかきわけて、奥まで手を伸ばして切った。
 奥の根元くらいから切らないと、二番茶の収穫時期にはまた同じくらいにのびてくるそうだ。
 朝からの作業だったので、お茶の葉には朝露がついていて、お茶の樹をかきわけると手袋が少しずつ冷たくなっていった。
 足元は2,3日前くらいに降った大雨の影響で、少しぬかるんでいた。
 今回の雨はお茶にもいい雨だったらしい。
 他の作物ほど雨が降らなくても大丈夫らしいが、やはり適度に雨はほしいとおっしゃっていた。
「味や香りにも影響はあるのか」と聞くと、
「結局、最後は、そこにつながってくるんだろうね」と答えがかえってきた。

 笹を切り終わると、同じ畝に寒冷紗をかけていった。
 直線の畝はまっすぐにかけることが少し簡単になったが、大きくカーブをえがいた畝はうまく沿わせることが難しく、寒冷紗をかけるのが大変だった。


 お昼の休憩の時には碾茶の工場を見学させていただいた。
 まず目に飛び込んできたのは、縦に大きくのびた3つのネット。
 風を送って乾燥をさせているらしい。

 奥の仕切りの向こうに入ると、急に熱気が満ちていて、夏の炎天下の中の工場は想像もできなかった。
 機械の設定温度をみると、どれも80℃、90℃など、高温ばかり。
 送風だけでは乾燥しきれないので、熱でも乾燥をさせる。
 機械を通るたびにお茶の葉は細かくなっていき、最終的に葉っぱと茎の部分に分かれて袋に入れられていった。
 木野さんのところでは、煎茶は一番茶など一部で、ほとんどは碾茶に加工するそうで、碾茶工場はフル稼働。
 まだまだこれから加工されるお茶たちがあった。
 それに対して、個人的になじみのある煎茶工場のほうは、真っ暗で静かな空間だった。


 午後は伊達ゼミのお茶畑に行って草を抜いたが、大きく育った草たちは素手で抜くのはなかなか大変だった。
 草引き用の小さな鍬で地面を柔らかくしないと根っこまでは取れなかった。 1つ1つの草が大きいおかげで、アッという間に肥料袋が満杯になってしまった。
(文責:今久保)