陸前高田合宿レポート(4回生)〜エゾイシカゲ貝 (3)

永井さんのレポート
 今回の合宿の目的の一つは、エゾイシカゲガイのお手伝いだ。
 エゾイシカゲガイとは、トリ貝の一種で、身はクリーム色をしている。
 甘味やうま味が凝縮され、コリっとした歯ごたえもたまらない。
 また、東京の築地市場で「石垣貝」と呼ばれ、高値で取引されていた貝だ。
 このエゾイシカゲ貝は、広田湾が出荷量日本一で、漁協は特産品化を進めてきたのだが、2011年3月11日の津波で、養殖施設も作業場も、すべて失ってしまった。
 だが、残った漁師達は、国・県の補助金を得て、2012年から協業化によって養殖を再開した。
 そのお手伝いが今回のメイン目的である。

 他にも、北限のお茶である気仙茶を守る活動、以前、仮設住宅で親しくしてくださったAさん、お父さんお母さんのように接してくださった菊池司さん、東代子さんご夫妻、その他にもお世話になった方々にお会いすることも目的の一つである。
 再び「陸前高田とはどんな町か」を考えるために足を踏み入れた。



 私は4日間、エゾイシカゲガイの養殖のお手伝いをさせていただいた。主に、稚貝の選別と仕掛けの容器の洗浄の作業だ。


 稚貝の選別は、ハマのおかあさんたちが、仕掛けから出して、泥とかをすすいで、ザルに移してくれるので、私たちは、そこからエゾイシカゲガイを取り出す。
 ホタテやムール貝、カニなどがたくさん混じっていた。
 前はエゾイシカゲガイを取り除くのではなく、他のものを取り除いていたようだ。
 巻貝もこっちの地方では珍しいのに、ちょこちょこと入っていて、「水温が上がっている証拠だ」と言っていた。
 今年は、貝の成長も遅く、不作だという。
 他にもKさんのところでは、わかめや昆布もやっているそうだが、こちらも不作だという。
 これらは、例年より水温が高いこと、また、復興工事によってたくさん泥が入ってくることが原因ではないかと話していた。
 復興工事が、復興を妨げているのだ。
 自然は、いくつもの偶然が必然のように重なりあって形成されていて、それを失うと取り戻すのが大変だ。
 以前、南山城村の木野さんも、少し茶樹を放って弱らせてしまったら、再生するのに時間がかかるといっていたが、そういうことなんだろうと思う。
 まさに、復興に必要なのは、この(自然の生態系の)再生ではないか。
 難しいからこそ、地元の人、外の人、みんなで力を合わせないと復興できないと思う。

 今回選別したエゾイシカゲガイはまだ成長段階なので、150個を一つの仕掛けの砂の中に入れる。
 エゾイシカゲガイを入れた容器は、3つずつをセットにして吊るす。
 大きい俵の形をした浮きと浮きの間は200m。
 そこに丸い浮きも使いながら、水深は20m。
 一つ目の仕掛けは水面から5mの状態にしておく。
 この絵は浮きについて質問したら、Kさんのお父さんが教えてくださった。

 そして、もうひとつした作業は、仕掛けの容器の洗浄。
 泥や貝、そしてよくわからない生き物がたくさんついているので、それを落としていく。
 仕掛けは、発泡スチロールでできているため、網目の柔らかい素材の磨けるものを使って、ゴシゴシと洗う。


 作業自体はこの二つだった。
 私と宗さんは、ずっとKさんのところのテントで作業していていたのだが、テントがいくつかに分かれている理由を聞くと、どうやら家族単位らしい。
 協業といっても、こうやって家族単位ごとに分けてやる方がやりやすいのだろうと思った。
 出荷するときは、引き受けた仕掛けの本数で全体を割った割合で出荷すると言っていた。
 だから、誰かの家の産物が足りなかったり余ったりはないんだと。
 それは商売としては、なんか違うような気がしたが、協業だから仕方ないのだ。
 さらに、売上代金で補助金を返済しなければならないのに、復興工事で貝の成長を妨げているのだとしたら、それはまた大問題だ。
 漁師さん達は、協業という形で再スタートをしたが、本当の意味での再開はまだなのかもしれないと感じた。
 まだまだ耐えるときなのだろうか。


 作業のとき、Kさんのお嫁さんのSさんと子供の話をした。
 子供は、毎日ゲームばかりしているらしい。
 本当は、外で遊ばせたいけど、工事とかで危ないから、仕方ないと言っていた。
 自然豊かなところなのに、外で思いっきり遊べないのはさみしいと思った。
 この子供達は、復興工事が終わるまでに成長してしまう。
 安全に外で遊べるようにできないのか。
 とはいっても、そういった問題は後回しにされているのだろう。



 最後は、歓迎会をしていただいた。
 カレーもわかめもエゾイシカゲガイも全部美味しかった。
 台風18号が接近し天候も怪しい中、おもてなしていただいてありがとうございました。

 今回、実際に自分の目でみて感じることができてよかった。
 もっともっと、抱えている問題と向き合って考えていきたいと思う。

 やっぱり、2年半経った今だからこそ、特に若者に現地を訪れてほしい。
 そして感じて考えてほしいと思う。
(文責:永井)


岡嶋くんのレポート
 9日
 今まで気仙茶の活動のお手伝いをメインに行ってきたため、僕にとってエゾイシカゲガイの養殖のお手伝いは初めてでした。
 Kさんのテントではすでに漁師の方々が仕事をされてました。
 私は仕掛けの基盤となる白い器(発砲)の淵にボコボコと付いている角をカッターで切り落とす作業のお手伝いをしました。

 もとはエゾイシカゲガイの仕掛け用の器ではなく、他の貝の養殖で使っていた器を応用として使っていたそうだが、作業の効率性のことを考え、不要な角を取ってしまうのだそうです。
 寺本君と朝から昼にかけて50個程作業完了。
 コツを掴むまではなかなか綺麗に落とすことができず、苦戦しました。
 昼食の時間になると、漁師の方々はワイワイと和やかにお話しをしてくださり、キュウリの漬物や白菜ラッキョを「食べろー食べろー」とたくさん勧めて下さった。
 余りにも漁師の方々の方言が強いので、少し驚きもあったけれど、その表情と身振り手振りで、漁師さんの優しさと暖かさを心で感じた。
 そして、私は人生で初めてのエゾイシカゲガイを生で頂いた。

 採れたてでプリプリしたエゾイシカゲガイは、コリッとした触感の後にほんのり口の中に甘さが広がる。
 美味しくて笑みがこぼれた。


 湯で通したものは、身がキュッとしていて、旨味が凝縮して、最高に美味しくて、汁まで頂いてしまった。

 エゾイシカゲガイを少し手で触ってやると、貝の中から尻尾のように身を出し、まるでピョンととび跳ねるようにして動く。
 その姿を見て、なんて可愛らしい貝なのだろうと思いました。
 しかし、最近仕掛けに泥が入って死んでしまっている貝が増えたそうだ。
 漁師さんいわく、
「仕掛けに泥が乗っかると、普通の砂と違って、空気を通しづらくなり、稚貝が窒息死していまう」
「海面に建設した復興のためのクレーンによる海底の泥が巻き上げられて仕掛けに泥が引っ掛かるのが原因ではないねぇべか」
「復興のためだべ、住むところがないと何もできないから、仕方ないべ」
 そう語る漁師の背中はなんだか複雑に思えた。



 11日〜13日までは、Oさんのテントでエゾイシカゲガイの養殖のお手伝いをさせて頂きました。
 「おはようございます!」
と9時に訪れると、もう漁師さん達は仕事の真っ最中だった。
 漁師の朝は早いのだなぁと思いました。
 そして僕達のために、ゴム手袋をはじめ漁業用のレインコート、アームカバーなど漁師のスタイル一式を用意して貸して下さいました。
 申し訳なさと感謝でいっぱいです…。
 仕掛けのブルーのビニールに付着したムール貝アメフラシの子などを取る作業をしました。
 ビニールを捨てる時、重たいと余分に費用がかさむため、付着物を取り除いて重量を減らすのだそうです。
 ブルーのシートは廃棄しますが、発砲と網は再利用します。
 発砲は砂が入っていただけあって、少し汚れています。
 そのため、タワシを使って海水を使って汚れを落とします。
 漁師さんが沖に出てる合間に発砲を洗って、船が帰ってくるのを、洗いながら待つのだそうです。
 しばらく作業をしていると、船が帰ってきました。
 本番です。

 その場の空気が変わった。
 漁師の方々が次々に海から引き上げた仕掛けを陸に揚げます。

 早い。早い。
 船のクレーンを操縦しながら、重たい仕掛けをあげる真剣な姿に何か熱いものを感じました。
 仕掛けの砂の中にいるエゾイシカゲガイの稚貝と砂をコンテナの網にぶちまけ、網を揺らし、大きく分別。
 僕は、砂を出し終えた仕掛けの分解作業をしました。
 仕掛け作りは、基盤となる器の発砲、それを包むブルービニール、全体を囲う網からできています。
 海からあがってくる仕掛けには、ムール貝アメフラシの子がびっしりと付いていて、ずっしり重たい。
 これにさらに砂が入っている仕掛けをいともたやすく扱う漁師の力強さに驚きを隠しきれません。
 仕掛けの網部分にある緑色の紐を引くことで網が器の発砲からゆるみ、グッと力を込めて器と網を剥がす。
 これがとても力の必要な作業。
 それ以前に、まず、緑の紐が付着物で隠れていてなかなか見つからず、大苦戦。
 やっとのことで緑の紐を引っ張り、グッと引き離す。
 その時に器の発砲の中に稚貝が残ってないかを確認。
 最後に、ブルーのビニールを取り外し、各部品を定位置に積み重ねて一つ完成だ。
 終わってほっと一息をついてる間に、三つめに取りかかる漁師さん。
 水しぶきを上げ、次々と空っぽの仕掛けが溜まっていく。
 顔にかかる塩水と磯の香りで僕を包み、汗と混じって視界はにじんだ。
 稚貝を200集めて小さな網の中に入れる作業では、
「鼻くそみたいなんも、米つぶみたいなのも含めて200だべ」
と漁師さんが教えてくださった。
 細かい作業は腰と肩にぐっとくる。
 こんな小さな貝が大きくなるのだなぁ…と数えながら、しみじみ考えていると、手の中でぴょんぴょん小刻みに「大きくなるぞ!」と稚貝が言わんばかりに跳ねだした。
 その姿は愛らしく、小さな足で大きく動いていた。
 手の中で跳ねられると、少しくすぐったく、稚貝の生き生きした小さくても大きな生命力を直に実感しました。



「にぃちゃんら来るんなら、明日は稼ぐべ」
 最終日の13日。
 本当は休みの日だったそうですが、僕達のためにわざわざテントを開けてくださりました。
 漁師さんの熱い人情に涙です。


 漁師さんと発砲を洗いながらお話をしている時、僕の体重を聞かれ、答えると、僕は漁師さんに、
「か弱いにぃちゃん」
と認定にしていただきました。
 か弱い僕は、寺本君みたいに仕掛けを船から下ろす作業ができないため、仕掛けを外すコツと力の加減を覚え、仕掛け外しのプロフェッショナルを目指しました。
 しかし、残念ながら、まだまだ漁師さんには及びません。

「にぃちゃん、早なった早なった」
と言ってもられた時はすごくうれしかったです。
 午後、
「沖に行くべ」。
 漁師の一言で船に乗り込む寺本・岡嶋。
 ライフジャケットを着用し、準備万端。
 台風が来ているが、海は穏やかでした。
 エンジンのブーという音に、ウミネコが集まり始める。
 そっと陸から離れ、船は動きだした。
 潮風が頬をなぞり、ウミネコの歌声が大きくなる。
 遠ざかるテントを背に、僕たちはエゾイシカゲガイの仕掛けを海に沈める作業に向かった。
 丸い黒色の「浮き」まで約5分。
 そこで新しく作った仕掛けを海に沈める。
 200ずつ入った稚貝の網を新しく作った仕掛けの砂の上に乗せ、そっと砂の中に。
 仕掛けの口を結び、海に下ろす。
 クレーンで仕掛けを引き上げ、海に沈めていく。
 海の上で力強く生きる漁師の姿は、
「これぞ海の男だ!」
と言わんばかりに、カッコ良く勇ましかった。
 命掛けで仕事をし、仕事に誇りを持って生きているから、こんなにカッコ良く見えるのかなぁと思いました。


「にぃちゃん達、よう稼いでくれれるから!いいから食べ食べ!」
と、毎日のようにおにぎりやパン、カップラーメンを頂きました。
 リンゴにキュウイなどの果物、お手製きゅうりの漬物。
 塩加減が最高で、キュウリだけでご飯が三杯は食べれそうです。
 さらに、「家で栽培したの持ってきたべ」と、甘い甘いプチトマト。
 本当に甘くておいしかったです。
 そんな漁師さんの心の暖かさや優しさに触れた日々でした。


 正直、緊張しすぎて、方言もわからない部分があって何を話したかよく覚えてないです。
 ただ、「よう稼いでくれる、若いもんが来てくれた」
と喜んでくださったこと。
 こんな僕にでも何かお手伝いが人の役に立てたのかな、って思えて、とっても嬉しく思いまいた。
 帰る時にお世話のなった漁師さんと記念写真を撮りました。
 皆さん本当にいい笑顔。
 来年の出荷のときにお土産持ってエゾイシカゲガイのお手伝いに来ますね。
 本当にありがとうございました。
(文責:岡嶋)



【参考】

 2012年2月合宿の作業風景はこちら(ずっと下のほうに写真があります)。
 2012年7月の訪問時の様子はこちら
 2012年9月合宿の作業風景はこちら
 2013年2月合宿の作業風景はこちら