陸前高田合宿レポート(4回生)〜気仙茶編 (3)

永井

・草引き編
 9月10日午前、前回6月に訪問したときに、カワサキ機工さんから寄贈された苗を仮植した場所で、草引きをした。
 この畑に行くまでの道沿いの木が切り倒されていたので、とても日当たりよくなっていた。


 苗の周りは、けっこう草が生えていた。
 周りの草を抜いて、苗が植えてある土が乾燥してしまわないように、藁と同じようにかぶせていく。
 作業していたら、てんとう虫がたくさんいて、地元では見ない種類のてんとう虫だったので、少しうれしかった。


 そのときの作業風景。
 以前よりも日当たりがよくなっていることがよくわかる。
 合間の休みには、菊池会長のところから梨をいただいた。
 とてもジューシーでおいしかった。

 その後、もうひと踏ん張りして、お昼ご飯だ。
 お昼にいただいたりんごも、もちろん絶品でした。
 別の日にりんごをもぎ取らせて持って帰らせてもらいましたが、母が
「りんごの味がしっかりしている」
と言って、とても喜んでいた。


 午後からは、昨年9月に訪れた際に剪定をした、津波を被った場所での作業。
 この場所には、とても背の低い気仙茶がある。
 今後、草刈をする際に、その赤ちゃんを間違って刈ってしまわないようにするための作業だ。

 茶の樹のあるところの近くに、細い竹をさしていく。
 そして、ヒモでつないで、ここに気仙茶があるという目印をつくるのだ。
 これが終わったら作業は終了し、次の場所に移動する。


 ここは、私は初めて訪れる場所だった。畑に入っていくと、草がぼうぼう。
 これは大変そうだなと思った。


 実際に草を引いてみると、根っこの強い雑草が多く、土を耕す勢いで引っこ抜いていた。
 すると、他と比べて、土に虫が多いなと感じだ。
 お茶を育てるのに適している土はどんなものなのか、何か影響があるのか少し気になった。

 この日は日差しも強く、汗がタラっとたれるのを感じながら作業していた。

 暑い中、みなさんおつかれさまでした。


・竹編
 今年6月に茶摘みをした、米崎町の茶園で、竹を伐採する作業。
 これは骨が折れる作業だった。
 一人が竹を支えて、もう一人が竹を切っていく。
 足元には、お茶の赤ちゃんもいるので、十分気をつけて。
 これらの竹は、4〜5mほどの長さ(もっとあったかもしれないが、とにかく長かった)で、とても重かった。
 竹を切るのもかなり固くて、苦戦しました。

 小野さんも菊池会長もスパスパ切っていくので、すごかった。

 この日は本当に暑かった。
 こんなに日差しが強く、汗びっしょりになるとは思っていなかったので、予想外。
 でも達成感はある!
 後半は、のこぎりを使うのも楽しくなっていた。


 休憩タイム。
 竹細工もお手のものの菊池会長。
 この木陰も素敵ですよね。

 この後、もうひと踏ん張りして、昼には終了です。


(おまけ写真)

 お茶の花。
 とても綺麗だったので。
 花が咲くのは弱った証拠だと言いますが、本当にそうなのでしょうか。
 こんなに力強く、立派な花を咲かせているのに。
 疑問です。


 竹ってこんな風に生えてくるんですね。初知りでした。

 みなさんお疲れ様でした!


 ▼まとめ
 陸前高田という町を、私は震災後しか知らない。
 でも、ゼミ活動を通して、いろんな人に話を聞いて、歴史を振り返って、自然豊かなところであることがよくわかった。
 長い年月をかけて育まれてきた豊かさがあり、そういったものが残っている場所。
 私は、陸前高田は「五感を研ぎ澄ませることができる場所」じゃないかなと思う。
 この町には、地元の滋賀県とは違うものがある。
 陸前高田での生活は、たくさんの経験や知識、人との出会いがあり、充実した毎日を送ることができる。
 それは、地元でもできるかもしれないけれど、非自然的な社会の様々なものに遮断されているような気がしてならない。
 自然豊かな陸前高田だから、訪問する度に生気を吹き込まれるようで、「しっかり生きなきゃな」と思わされる。
 小さなことに悩み、追われ、嫌になっている自分が、ちっぽけな存在だと感じさせられ、この大きな自然の一部でしかないと教えられることによって、伸び伸びとできるのかもしれない。
 だから、他にも目を向けることができる。


 けれども、東日本大震災によって、漁業も気仙茶も痛い影響を受け、人々も衣食住に不自由し、元通りの生活を目指しても、実現まではまだまだ遠い。
 自然災害とはこれからも付き合い続けなければならない。
 だからこそ、考えていかなければならない問題だ。
 そして、私が震災をきっかけにいろんなものに気づかされたように、高田にもそういう人がいると思う。
 なんでもないことも実は難しいことで、つくろうと思ってつくれるものじゃない。
 だからこそ、再生していく中で、自分たちで考えて、見つけて、復興につなげていく。

 外の人間だけじゃできないことだ。


 じゃあ、外の人間は何をしたらいいのか。

 どうしても、当地の人たちとは意識の差がある。

 だからこそ、気づけないことが気づけるはずだ。

 だから、目をそらさないで向き合い続けることが大切なんだと思う。

 この問題を風化させないためにも、私は発信し続けたい。
(文責:永井)

【参考】
・2011年5月の訪問時の様子はこちら
・2011年9月合宿の作業風景はこちら
・2012年2月合宿の様子はこちら
・2012年9月合宿の作業風景はこちらこちら
・2013年6月合宿の作業風景はこちらこちらこちらこちらこちらこちらこちら