陸前高田合宿レポート(3回生)〜仮設住宅編 (3)

難波さんのレポート

9月18日(1日目)
 たこ焼きづくりは、子供からおばあちゃん、おじいちゃんに大人気で、今回は、男性の方も多く訪れて下さったのではないでしょうか。
 たこ焼きを作ることが陸前高田では珍しく、あるおじいちゃんが、
「もう一回作らないの?」
とおっしゃるほど、作ることをとても楽しんでいただけみたいです。

 そうすると、途中で材料が足りない始末に。
 材料は多めに購入しておくべきだったことや、私は、最初のうちは、洗い物や食材を切ったりと、裏方作業をしていて、他の人も裏方作業ばかりになってしまうところがあったので、全員がうまく、表と裏とを交替できる工夫をすればよかったのかもしれない、という反省点がありました。

 途中、
「タコが足りない!」
とアタフタしていたところ、おばあちゃんが、
「これ使って!」
と、タコの足を持って来て下さいました。
 タコがたりてほっとしたことよりも、現地の方の優しさに、温かさでいっぱいになりました。




 途中からは、子どもたちと思いきり遊びました。


 だるまさんがころんだ、鬼ごっこ、おんぶもしてあげて、かなりの体力勝負でした。
 とっても楽しそうにしてくれて、踊りの時間になった時、前回は端の方で見ていたけど、今回は、一緒に踊りの輪に入ってくれました!


 踊りを楽しみにされているおばあちゃん方が多く、2回も踊り、集会所は笑顔でいっぱいになりました。


 最後に、おばあちゃんにブドウもいただきました!

 子どもたちに、
「明日も遊べるよ!」
と言ったら、名前と自分の家の説明を書いた紙を渡してくれて、遊ぶ約束をしました。



9月19日(2日目)
 午後、仮設住宅へ向かいました。
 予定の時間より早かったので、待っていたら、小学校から帰ってきたAちゃんとBちゃんに会いました。
 2人をまず家まで送ると、Bちゃんが似顔絵を描いくれた紙をくれました。
 とても嬉しかったです。

 集会所に移動すると、Cちゃんも来てくれました。
 Cちゃんは、
「宿題してから遊ぶ」
と言って、その傍に行くと、テキパキと宿題をしていました。
 算数の計算問題をすらすらと解いていたので、
「すごいね〜」
と言うと、
「将来は薬剤師を目指しているから」
と教えてくれました。
 勉強熱心な、しっかり者でした。
 小学生のうちから将来のことをしっかりと考えていて、これからも頑張っていってほしいと思いました。


 AちゃんとBちゃんと藤原・木村・冨田さんと、外でだるまさんがころんだをし、宿題を終えたCちゃんと、かくれ鬼をしました。
 ルールはめちゃくちゃだったけど、皆、元気いっぱいで、たくさんの笑顔を見れて、つられて笑顔になりました。



 時間になり、お別れは寂しかったです。


 最後は、
「手紙交換をしよう」
と約束をしました。


 高田一中の坂の途中まで見送りに来てくれて、この2日間ですごく子どもとの距離が縮まったことがとってもうれしい。最初は体力勝負だと思っていたのに、帰りは、なんだか体が軽くて、楽しさでいっぱいでした!



 今回、私は、子どもと多く関わりました。
 たくさん話しをしたというより、遊んだことが多かったですが、2日間でとても距離が縮まったことが1番うれしかったです!
 子どもの元気な姿や笑顔が見れて、これからもずっと、この笑顔を守っていくことが大切なんじゃないのかなぁと思いました。


 また、タコやブドウを持ち寄って下さり、こちらが何かしたいと思って来ていても、逆に、与えて下さるものが多かったです。


 私は、部活動で、演奏旅行8日間を終えた後にゼミ合宿に行きました。
 疲れもかなりピークでしたが、心温まる場面ばかりで、合宿に行って本当に良かったと思いました!


 これからは後輩に引き続き、でも陸前高田の方とのご縁はこれからも途切れないように大切にしていかなければならないと思いました。
(文責:難波)



木村さんのレポート
 仮設住宅では、前回2月に来てくださった方と再会でき、子どもたちの中には、顔を見るなり、
『まなてぃー!』
と名前を言いながら、抱き着いてくれる子もいた。

 8か月ぶりにも関わらず、名前まで覚えてくれていて、少し遠くに自分の妹ができたようで、とても可愛く、来てよかったと思った。


 今回の企画は、たこ焼きということもあり、男の子も、前回と比べると多く来てくれたように思った。
 前回はバレンタインの企画だったため、女の子メインになってしまっていたことに気付いた。
 たこ焼きは万人受けするようで、たこ焼き器の周りは来てくれた人でいっぱいになり、子どもはもちろん、おばあちゃん、おじいちゃんも、率先してたこ焼き作りに参加してくれていた。
 足が悪い方も来て下さっていた。


 和み喫茶のコーナーでは、おばちゃんに、ゆべしの作り方や、ゆべしはこの地域では嫁入りなどのときに作るなど、地域の特性などを教えてもらった。


 今回、あまり震災に関することは聞けなかった。


 机が並んでいる一角に、男性数名が座り雑談しておられ、前回よりも男性が少し増えていたように思えた。
 しかし、参加してくれているおばちゃんたちの多くから
「家にお父さんいるから、持って帰ってあげてもいい?」
という声があり、お父さんも一緒に参加してくれればいいのに…と思った。



 事前に電話でお誘いしていたAさんも来てくださった。
 「台風は大丈夫だった?来られなくなっちゃうんじゃないかと心配していた」
と、来るのを楽しみにしてくれていたみたいだった。
 前回の写真を一緒に見ながら思い出話をしたり、陸前高田の歴史を話してくれたりした。
 「孫を連れてくる」
といって、男の子を連れてきてくれて、一緒にたこ焼きを作ることができた。
 Aさんのお孫さんは、みんな賢い。
 お孫さんの話をするAさんはとても笑顔で嬉しそうで、可愛くて仕方ない様子だった。

 Aさんから、「陸前高田には日本で2番目に美味しい蕎麦屋がある」と教えてもらった。
 「今度きたら、連れてってやる」
といってくれたのが、とても嬉しかった。



 踊りは、前回同様、今回も盛りあがったが、前回と大きく違うと感じたのは、子どもたちも参加してくれたことだ。

 前回は、誘っても「いや! いや!」とかたくなに拒み、隠れていたのに、今回は一緒に踊ってくれたことに、正直驚いた。
 子ども、おばあちゃん、学生が一体となり盛り上がっていることに、参加しながらも喜び、感動した。

 来てくれた小学生と遊んでいて、元気でよく笑ういい子だと思う反面、小さなことでもすごくきつく怒ったり、言葉づかいや行動が乱暴な子が多いように感じた。
 地域柄なのかもしれないし、子どもはそんなものなのかもしれないけれど、震災があったことで精神的にまだ不安定で、周りのことを考える余裕がないのかと思った。
 また、抱きついてきてくれたり、おんぶをしてほしがったりすることが多く、誰かに甘えたい、やさしくして欲しいという気持ちの表れなのかと思った。


 子どもにとって震災の記憶は常に頭の中にあると感じたのは、Aちゃんだった。
 手紙を書く約束をして住所を教えてもらっているとき、Aちゃんがふいに
「昔の住所まだ覚えてる。『迷子になったらこの住所いいなさい』っておじいちゃんに言われてたから。でも、もう戻れないんだぁ…」
と言った。
 今の暮らしよりも昔のほうが良かった、戻りたいと思っているんだ。
 その言葉がとても重く感じた。
 なんて言葉を返せばいいかわからなかった。



 今回、BRTで陸前高田を移動したが、地元の人がほとんど乗ってなかったように思えた。
 時間や止まる場所が不便なのかと気になった。

 仮設住宅からスーパーマイヤまで行くのに、徒歩25分かかり、仮設住宅までマイヤのお買いものバスが来るものの、車のないお年寄りは買い物が困難だろうと実感した。
 道を歩いていると、本当にトラックの通る数が多く、2月と比べて復興事業が進んでいることが分かった。



 今回の合宿では、地域の美味しいものにたくさん出会えた。
 初めての車屋酒場さんで、初めてのマンボウの刺身は、イカでもなく魚でもないような不思議な食感で美味しかった。


 陸前高田未来商店街の808さんも、地元の野菜や海鮮がたっぷり使われていて、しかも想像以上におしゃれで驚いた。
 ぜひ、また行きたい。



 今回訪れるのが2回目ということもあり、少しみんなに余裕があったためか、大変なスケジュールの中でもスムーズに進んだように思う。


 仮設住宅の子どもに、また、
「赤の日に来てね!!」
と言われたので、今度こそ約束を守れるようにしたい。

(文責:木村)




◆藤塚君のレポート
 今年の2月にはじめて陸前高田を訪れ、7か月ぶりにふたたび訪れた。
 今回はチャーターしたバスでの行動ではなく、交通機関を乗りついでの行動だったため、被災地の状況をより垣間見ることができたき気がした。
 関西空港から飛び立ち、仙台空港に着いたが、仙台空港は、大地震の時に大被害を受けた所であるが、復興している。
 しかし、着陸の時に窓から空港の周りの場所が見えたが、いまだに水に浸っている場所があり、被災地というのを実感した。


 陸前高田にはいってからは、数多くのトラックが道路をはしっており、復興が現在進行形で進められている。
 被災地の状況を見て最初に感じたことは、前回来たときとあまり情景に変化がないということだ。
 被災した建物はそのままであり、更地になった所は更地のままであった。
 前回訪れた時に聞いた話では、海近くの津波被害を受けた土地は、もり土をつくると聞いたが、いまだにそのような姿はなかった。

 復興には時間がかかると感じた時でした。

 1日目の活動は、仮設住宅での活動でした。
 今回はたこ焼き作りということで、仮設の子どもたちからお年寄りまで、鉄板をとおして触れ合うことができました。
 「新しい話題がでるほど震災は忘れられていく」という話をしてくださった方がいた。
 「最近では、東京オリンピックが決まり、世間での関心が、津波からオリンピックにいっている。復興にきている工事業者もオリンピックの方へ流れるのではないかと心配」。
 「仮設住宅での生活には飽きた。このようなイベントを楽しみにしてます」とおっしゃってくださる方もおり、少なからず、僕たちの行動が仮設住宅の方に役立っていると実感した。


 今回もよさこい踊りをさせていただいたが、前回より人数が少なかったことが影響したのか、ゼミ生と仮設の方々一人一人とより親密に踊りをとおして触れ合うことができたと思う。
 前回同様、今回もやらせてもらった「うらじゃ音頭」は、みんなで楽しく踊るためにつくられたものでもあるので、ぜひこれからも続けてくれたらと願う。

 この日の夜は、気仙茶の会の方々に歓迎会を行っていただいた。
 陸前高田のさまざまな幸をいただくとともに、さまざまなお話をしていただきとても楽しい一夜でした。
 気仙茶の会の皆様、本当にありがとうございました。

 2日目の活動は、気仙茶の会の方々とともに茶樹の周りの雑草抜きでした。 かつて茶の樹があったが、津波をかぶってしまい枯れてしまったが、新たな芽がでており、茶樹を再生させようとしている。
 津波をかぶっても茶樹はまだそこにいると思うと、すべてを失ったわけではないと感じた。

 まだまだ小さな樹であり、雑草と間違えて抜いてしまいそうになる。
 まだまだ先が長い作業であるが、一歩一歩進んでいき、しっかりとした茶の樹になることを願いたい。
 
 今回の合宿では、達成できたこととともに、反省すべき点も多く出てきた。最大の反省点は、被災者の立場を考えて行動できていないところがあったことだ。
 居酒屋、鈴木旅館、まわりには騒ぎたくても騒げない状況や雰囲気があるのに、僕たちはその雰囲気を感じ取ることができなかった。
 ボランティアの活動でまず大切なことは、相手の立場を考えることであり、それができていなければ、相手にとってボランティアにならないと思った。

 陸前高田市の復興はまだまだ時間がかかる、再び訪れ支援をつづけていきたい。
 とにかく、復興に大切なことは、忘れないことだとあらためて思う。
(文責:藤塚)




【参考】仮設住宅でのお茶っこサロンの移り変わり
・2011年9月合宿の様子はこちら
・2012年2月合宿の様子はこちら
・2012年9月合宿の様子はこちら
・2013年2月の合宿の様子はこちらこちらこちらこちら