東日本大震災を忘れないために〜津波の映像記録をみる


 
 9月末から新2回生のゼミが始まりました!

 2011年以降、先輩たちがつくってきたものをふまえて、2回生が何をどのように引き継いで、何をどのように新たに付け加えていくのかを、いま話し合い始めました。
 10月9日(木)のゼミでは、「かもめの玉子」の(株)さいとう製菓の方が撮影されたDVDを見て、感想を一人一人出し合いました。
 このDVDは、2011年9月の合宿の際に、NPO法人・みちのくふる里ネットワークの栗村直樹さんにいただいたものです。
 以来、2回生ゼミの開始時期に毎回見てきました。


 さいとう製菓のHPはこちらです。
 




渡辺
 津波というものは、アニメで見たような、波みたいなものだと思っていた。映像を見た最初、波のようなものは立っておらず、津波は本当に来ているのかと疑問であった。次の瞬間に、津波の恐ろしさがわかった。3分ほどで町を津波が襲い、水の壁が次々と乗用車、クレーン車、家と押し流していく。
 水というものは、命の源であり、人間にとって大事な存在である。また、自分にとって、水は、海や湖では海水浴、プールや川で水遊びをしているように、楽しいイメージが焼き付いている。
 その水が、防波堤を軽々超えて、町を飲み込み思い出、これからの夢や希望などを一瞬で飲み込まれた時、どんな気持ちが芽生えるのだろうか。
 僕は、津波を実際に体験していないことや、大きな地震も、幼かったことから、記憶がない。なので、自分の命が危ういという恐怖や、無念さを同じ目線でみることができなかった。
 東日本大震災の当時も、他人目線で見てしまっていた。次にいつ自分の身の回りで起こるかわからないのにだ。恐らく、被災地のみなさんも、海外で起こっていた地震などを他人事で見ていた面があっただろう。人間は経験をして初めて、後悔や、将来どうすればいいのか考える。人間の愚かさを見せつけられた気がした映像だった。そして、人間は自然には逆らうことのできないことを改めて認識した。



森島
 何度かニュース等のメディアを通して津波の映像は見ていた。けど、津波が徐々に町を飲み込んでいく様子を最初からしっかり見たのは初めてで、思わず鳥肌が立ってしまった。私が今まで見てきたものは、第三者の目線から伝える映像で、実際におきているということは分かっていても、どこか現実味を感じることができないでいたと思う。
 でも、今回地元の方々が撮影した映像から聞こえてくる悲痛な声や全てを破壊する自然の恐怖をリアルに感じ、他人事ではない、自分に何かできることをしたいと改めて思った。
 でも、この映像を見た後だからこそ自分に何ができるのかという答えはなかなか出てこない。もし、同じように、自分の目の前で人も家も町も思い出も飲み込まれていく様子を見ていることしかできなかったら、被災された方々と同じように、前向きな気持ちでいれるのか。
 スライド写真の中で、被災に負けていない笑顔で、地元の方々が写っている写真が私のなかで印象的だった。震災直後でも前向きに生きる人の強さを感じることができたからだ。
 これから、伊達ゼミで被災地に行く際、正直、なんと声をかけていいのかわからない。“がんばれ”なんて簡単には言えない。それでも、こうやって前向きに進もうとしている方々に、その一瞬でも楽しいと思ってもらいたい、というのが私の一番の目標だ。
 そのためには、今の被災地の様子をまず知らなくてはならない。メディアで取り上げられることも減っていくなかで、今の状況をしっかりと把握し、何をすべきなのかを改めて考えていくことが必要だと感じた。



河場
 2011年3月11日、人の予想をはるかに超えた大津波陸前高田市を襲った。
 私は、その時、高校二年生の17歳であり、部活の引退が11月なので、春休みも受験勉強と部活で忙しく、ニュースもほとんど見れなかったが、東北の方が被災されたことは知っていた。
 しかし、被災された方の撮った鮮明な映像を見て、陸前高田市の惨状のほんの一端を知る。川の魚が一面に飛び出し、大津波の予兆を告げ、あらゆる波を防ぐことを想定された堤防を軽々と超え、大津波は町をのみ込んでいった。民家や商店を次々と流し、そこに住んでいた人々の生活の集積や思い出までも流し込み、大津波は引いて行った。
 震災直後、すぐに支援をされた方がいたそうだが、予備知識が足りなく、かえって復旧作業の妨げになってしまったこともあったようだ。
 私たちのゼミでは、被災地に行く前に、本当に何が求められているか、私たちに何ができるかを考えて実行したい。



前田
 3.11東日本大震災のビデオを見て、改めて津波の恐ろしさを知った。現地の人々のリアルな声だとか、家が津波で流されている光景を高台から見ている姿とか、約25分間のビデオで、東日本大震災がこれほど恐ろしいものであったんだと再認識した。
 もし、今日までにその光景を僕自身が見ていたら、もっと早い段階で被災された人達のために何かすることができたのではないかと思って、すごく自分自身を悔やんだ。もし、「あの場に自分がいたら、どういう思いで家が流されていく光景を見ていたのか」と、ビデオを見ながら考えたら、まず平常心を保っていられなくなって、これからどう生きていけばいいのかなと思っていただろうし、現地の人の中にも、僕と同じように思った人も少なからずいると思う。
 でも、そういう状況のなかで、他県の人達がすぐ物資とかを届けて、日本中皆でこの困難を乗り越えていこうという姿勢を肌で感じて、日本の絆というものを感じた。
 ビデオを見て、現地に行きたいという思いがさらに強くなったし、被災された方達の話を聞いてみたいと思った。
 けど、被災された方達の中には家族を失った方もいるので、話し方や話す内容をあらかじめ考えて、話をしていきたいと思った。




中川(航)
 今回、東日本大震災発生時の津波が押し寄せてくる映像を見て、海の恐ろしさを感じるとともに、人間がどう頑張っても自然にはかなわないことを改めて感じました。
 また、震災からすでに2年半以上が過ぎましたが、復興は、徐々には進んでいるものの、まだまだ途中であって、それに未だに2652名もの方々が行方不明のままなので、震災があったことを決して風化させてはならないし、忘れてはいけないと強く思いました。
 今回DVDを見て、印象に残るシーンがいくつもありました。今まで普通に生活していた町が、一瞬にして押し寄せてくる波に飲み込まれていって、日常が非日常になっていく様子は衝撃的で、映像に見入ってしまいました。東日本大震災は、平和な日本に暮らしていて、平和ボケになってしまっている私たちに、命の尊さ、人と人とのつながりの大切さ、生かされていることの有難さなど、忘れかけていたことをもう一度再確認するためのスイッチを入れてくれたような気がします。
 これからも東北の一日でも早い復興のために、自分にやれることがあれば、積極的に支援活動をしていきたいと思います。



重田
 今回のゼミの授業で見た津波の映像は、現地の人が実際に撮影した映像で、テレビやニュースで見てきた今までの映像とはまったく違ったものでした。正直、見ていてつらくなる部分がほとんどでした。もし、自分自身が町にあるすべての物が流されていくのを目の前で見ていたら、現実を受け止めることができなかったのではないかと思います。
 しかしそのような震災の直後でも、笑顔で復興に取り組もうとする現地の人たちの行動にとても感動しました。
 津波が起きた当時は、高校二年生のテスト期間中で、テレビで津波のニュースを見ていたのを今でも覚えています。その当時は、本当に日本で起きている出来事だったのか想像がつきませんでした。また、自分たちが何をしたらいいのかもわからない状態で、実際に現地に行ってボランティア活動をすることはできませんでした。でも、当時、野球部に所属しており、一人一人が水などの飲み物を買い、チームとして東北に物資を送りました。小さなことしかその時はできませんでしたが、高校生なりに少しでも貢献したいという気持ちはもっていました。
 震災が起きてもう二年半がたちますが、復興はまだ進んでいないと感じます。また、風化してしまっているのも事実としてあると思います。多くの人が被災地に実際に行き、今の現状を知ることが一番大切なのではないかと考えました。



中村
 東日本大震災そのものを、ビデオを通じて見るというのは今回が初めてでした。今までニュースでの情報や、すでに地震が起きて津波が去った後の姿しか見たことがなかったのですが、地震が起こってから津波に飲み込まれる瞬間を見て、本当に驚きました。人が流されているのでは無く、大きな船や家が一瞬にして飲み込まれていました。その時間は津波が到達してから約5分ほどでした。5分で一つの街が消えてしまうというのは、正直、信じられませんでした。
 これを直に体験した東北の人たちは本当に辛かったと思います。そして、そこで家族や恋人、大切な人を失った人もいると考えると、本当につらい思いでいっぱいです。
 私たちが東北に訪れた際は、その子たちの傷を少しでも和らげられるように努力しようと思いました。



大屋
 震災での津波の画像や映像を観て、地震が起きた時、町が壊滅する程の津波が襲ってくると予期することは難しかったであろうし、津波が町を襲ってくる恐怖を改めて感じとった。津波は普通の波と違って海面全体が上がって襲ってくるものであり、津波の知識が無い人にとっては避難の判断を過ってしまったのではないか。
 仮に自分の住んでいる町が津波によってわずか数分にして壊滅してしまったら、誰もが絶望してしまうと思う。しかし、津波の被害による絶望が漂う中、すぐに他県からの救助や支援の手があった写真からも、日本人の絆や団結力は、現在の復興にも大きな力になっているのではないか。
 そして、今現在、東北や津波の映像の地域がどれほど復興しているのかを自分の目で確認してみたいし、何か復興に向けた活動に携わることが出来たらと思う。
 一番大切なのは、東日本大震災で起きた大津波を風化させず、将来の世代に伝えていくこと、津波の恐ろしさや被害を教訓にし、将来起こるであろう大津波での被害を最小限に抑えていくことであると考える。



馬場
 今回初めて震災とは何かというものを知ったと思います。YouTubeなどで意識的に津波地震の映像を見ないと、こういった生の体験を感じられなかったと思います。
 今までは、テレビ局が編集した、誰が見ても精神的ショックを受けにくい、衝撃的なシーンを避けた映像が放送されていました。そのため、震災のことを上辺だけしか感じていなかったと思います。今回の映像は、テレビで見た映像よりも衝撃的でショックなものでしたが、逆に、こういった映像を日本中、また世界のテレビ局で放送してほしいと思います。テレビ局が編集した映像では、一番要の部分がカットされ、地震と共に津波が発生し家が流されて人々は被災したということだけしか伝わってこないからです。
 本当は、徐々に海面が上昇していき、堤防を越えてだんだん水が町に浸水していき、突然、水の量が増えて濁流となり町を覆いました。その上、大切な家、財産が流されていくさまを見て、呆然と立っていて、何かしたくても津波が押し寄せ、やるせない気持ちでただ佇んでいる。そういった状況でした。
 震災のことをつらく思い、視聴者がもし見たくない映像ならば他局にチャンネルを変えればいいだけだと私は思います。本当の震災を伝えないと、風化していくのは時間の問題です。現に、今は、震災復興の特集より、福島第一原発をはじめ、原発を動かすか・動かさないかの議論に震災そのものが変化していっている人が多いです。「東日本大震災原発放射能」ととらえる人がほとんどです。取り残され、被災された方の復興はどうなっているかとか、津波の後ということを知っている日本人が少なすぎます。恥ずかしながらも私のこの一人だと感じています。同じ日本で起こったことを風化させずに未来へ受け継ぐには、現代に生きる一人一人が、被害のことをしっかりと正確に知る必要があります。
 私は、伊達ゼミに入り、もっと被害からの復興の現状を知ろうと考えていましたが、世間にも同じことを考えながら、手段がなくて困っている人も見受けます。
 正確な情報を世の中に流すことで、一人でも多くの人が現状の被災地を知ってくれるなら、ゼミを通じて、私は発信し続けたいと思います。



木村
 震災の津波の映像を見て、改めて津波の恐ろしさを思い知らされた。水の流れは想像していたよりもずっと速く、家が流されるのはあっという間だった。テレビのニュースで報道される映像とはまた違い、実際に現場にいた人によって撮影されたものは、悲鳴や建物が壊れる音などが入っていて、とても緊迫した映像だった。
 震災が起きた当時、私は高校2年生で、テレビで地震津波が発生したことを知った。その時は、まさかこんなに大きな被害が出るとは思いもしなかったし、とても困惑していたと思う。震災後、学校ではあまり活動はなく、ボランティアに行くことは難しかったので、個人的に募金をした。しかし、募金をするだけで、本当に被災者の方々のためになるのだろうか。津波で多くのものを失った被災者の方の心の傷というものは、簡単に取り除くことは出来ないと思う。
 実際にボランティアに行ったとき、被災者の方から当時の話を聞いて、自分には何ができるのか。私は、被災者の方が少しでも笑顔になってほしいと思っている。そのためには、被災地の現状をしっかり理解し、自分たちにできることを考えていきたい。



中川(翔)
 東北の津波の被害があった時、自分はまだ高校生で大会が近かったのもあって、朝から晩までサッカーをしていました。なので、東北が大変なことになっているのに、どうしても第3者という見方でニュースの津波の映像を見る程度でした。
 しかし、今回、ゼミで見た津波の被害の映像は、全く違うものでした。始めはゆっくり水がきていたのに、数分で水嵩が増え、家や建物を簡単に壊していく映像、人達の悲しみの声を聞いて、私は下を向いて、目を背けてしまいました。本当に辛くて、本当の自然、水というものが怖くなりました。
 家の壊れたものなどが流れている映像の中に、トイレットペーパーのような日用品が流れているのを見て、涙が出そうになりました。なぜなら、おそらく今後のために買っていたもので、明日が来るのが当たり前と思っていたのに、急に無くなるんだと。私も親と買い出しいったりする、当たり前の毎日が一回の自然の災害によって全てが無くなるんだと思うと、胸が細い棒のように縮みこまったようなり、息がしにくくなりました。
 でも、私が感じたこのような思いは、まだちがう。現地に行ってちゃんと感じたい。もぅ第3者は嫌だと思いました。私は、自分ができることをこのゼミで全力でやろうと強く思えました。



浜田
 私は、もともと大量の水が苦手で、水族館ですら恐怖症なので、これまで津波の映像を避け続けていました。ですが、これから東北の方と関わっていく上で、私たちも当時の様子を知っていなければいけない、いつまでも逃げ続けていてはいけないと思い、今回初めて、当時の津波の映像を見ました。
 普段、自分たちが一番安全だと思っている家でさえ、津波から約10分で流されてしまい、当たり前のように住んでいた町が、たったの30分で全く違うものになっていました。
 ビデオを撮っている後ろでは、避難者たちの泣きわめく声が聞こえ、これが彼らの現実なんだ、と思い、見ている間、涙が止まりませんでした。
 一番心に残ったことは、「誰か止めてくれ」の一言でした。目の前で起こっている悲惨な状況をただ見ていることしかできず、何もできない人間に無力さを感じ、同時に自然の恐ろしさを思い知りました。この時、彼らに出来たことは、神頼みだったのかもしれません。津波から約3年経った今でも、彼らの町は元通りではありません。まだまだ時間と力が必要です。そして、もし、町が元通りになったとしても、この津波を体験した人々は、精神的なダメージやトラウマは残ったままでしょう。
 大きなことはできないかもしれませんが、やはり現地に行き、私たちが彼らを少しでも元気にさせてあげたいな、と思います。
 このゼミを通して、彼らに何が必要なのかしっかり考え、彼らの負担を少しでも軽くしてあげたいです。



作本
 震災の映像を見たとき、衝撃すぎて息ができませんでした。今まで私が知っていたものとは大きく違い、ただただ怖いという感情が大きかったです。メディアから得る情報は第三者からの情報でしたが、今回の映像は被災者本人の情報で、言葉にとても重みを感じました。高台から津波で流される町を見て「やめてくれ」「これ以上壊さないでくれ」という叫びが今でも残っています。津波によって、家だけではなく、いままで愛してきた町や積み重ねてきたたくさんの思い出、大切な人までも、たった数分で失ってしまうことがどれほど残酷なことか、考えただけで震えてしまいます。
 その中でも印象に残っている映像は、被災者の方々が団結して頑張ろうとしている映像です。絶望にたっているというのに、しっかりと前を向いていました。その姿勢に感動したとともに、日本人として誇らしくも思いました。
 全国の人々が団結して復興を願い、支援している中で、今の私たちに何ができるでしょうか。
 まずは、今の現状を知るべきです。そして、なにが必要なのか、今すべきことは何なのかを見つけていきたいです。
 そして、被災地に行くときは、すこしでも多くの笑顔に出会えるよう努力すべきではないのでしょうか。



荒島
 映像のはじめは、さいとう製菓やその周辺の映像から始まった。必死に「津波がくる。逃げなさい。」と叫んでいた。工場から外に出て、川の様子が映し出された。川は干上がり大量の魚が不気味に跳ねていた。この時、私は、昔、南海地震の体験者の話を聞いたときに、津波がくるときは海の底が見えるほど水が引く、と聞いたことを思い出した。
 そして、映像は高台に避難した後に変わる。高台から見る港の水面はいつもと変わらず穏やかだった。ただ、いつもと違うのは、ゆっくりと、しかし確実に水かさが増していることだ。港の水位はどんどんと高くなり、ついに港からあふれてしまった。あふれだした水は、町を津波から守る堤防をも軽々乗り越え、町へと襲いかかった。堤防を越えてから町を飲み込むまでは、港の水位の上昇とは比べ物にならないくらい早く感じた。車が流され、家が流されていた。バキバキという音が町中に響き、砂埃が町のいたるところから出ていた。 映像には、避難した人が「止めてくれ」と叫んでいる声がはいっていた。止まるはずがない。それでも、もし自分自身があの場にいたら、同じことを言っていただろうなと思った。
 私は、この津波の映像を見る前までは、命さえ助かればそれでいいと思っていた。
 しかし、津波の映像から感じ取れたのは、まさに「生き地獄」だった。言葉では言い表すことができない、そして被災地の人しかわからない大きなショックがあると感じた。その大きなショックは、決して取り除くことはできない。
 それでも、楽しいことがあれば、意識しなくて済むかもしれない。私は、伊達ゼミの活動を通して、被災地の方々が楽しい時間を過ごすことができたらいいなと思った。



久保
 津波の映像をみて、改めて恐ろしさを感じました。3年前は、どのテレビ番組でもこのような震災の映像が流れており、正直、見慣れてしまっていた時期もありました。しかし久しぶりにこのような映像を見て、再び私の身体に衝撃が走りました。水ってこんなに恐ろしいものなんだと、終始思わずにはいられませんでした。また、同時に、私って水が苦手かもしれないと思い知らされました。
 津波の到達について、津波のシミュレーションのCG映像などを見たことがあるので、大きな波がざあーっとくるというのをイメージしていました。しかし、実際の映像を見てみると、そういうイメージとは違い、じわじわと海が広がっていくという感じでした。それも、すごい速さだったので、驚きでした。
 男の人の「やめてくれ」という言葉が、すごく印象に残っています。叫んでも叫んでも自然にはその声は届かないと思うと、すごく虚しい気持ちになりました。
 近い将来、南海大地震が起こり、津波がくると言われています。私の実家は和歌山県にあります。今回の映像をみて、この映像に映っている人たちのように、将来自分がなるのかもしれないと思うと、正直、不安でいっぱいになりました。



久戸瀬
 今回のゼミでは、東日本大震災によって引き起こされた大津波のDVDを見た。このDVDは、自分にとってとても衝撃的なものだった。その中でも衝撃的だったことが、大きく分けて二つある。
 一つ目は、信じられないような勢いで水が流れていたことだ。思っていた流れとは比べものにならないほど早く、荒々しい勢いで海から陸上に海水が流れ込んでいった。家、車、大型船、コンテナなど、ありとあらゆるものがいとも簡単に流れている光景を見て、このような勢いだと人間なんてあっという間に流されてしまうだろうと感じた。
 二つ目は、被災者が受ける心の傷だ。今回見たDVDは、高台へ逃げた人がビデオで撮影したものだったため、悲壮感や悔しさが音声から伝わってきた。「もうやめてくれー! どうしたらいいんだ…」などと泣きながら叫んでいるシーンがあり、どれだけ心に大きなダメージを受けているのかと思うと、心が苦しくなった。
 また、被災地である東北は、自分にとって関わりのない場所であるにもかかわらず、心に重くのしかかってきた。これがもし、自分の地元や住んでいる土地で起こったら、今の何倍も辛くてしんどいだろうと思った。
 以上のように、地震津波のせいで、普通の「3月11日」という一日がこの世のものとは思えない程に変えてしまうことに改めて恐怖を感じた。
 また、今回、ゼミで津波のDVDを見たことで、YouTubeで関連する動画を見たりするなど、関心が強くなった。
 今後も、今まで以上に、震災当時のことや被災地の現状に関心を持ち、情報を得るようにしていきたい。



柴田
 東日本大震災に関する映像を見て、今まで震災に関することはニュースの一瞬くらいしか見たことがなかったので、実際の秒、分単位で動いていく現状に非常に驚き、映像からだけでも恐怖を感じた。
 特に、たったの五分強ほどで、建物や樹木など全てを飲み込んでいく波の映像には驚愕した。最初の動きが、映像で見るかぎりでは、非常にゆっくり力強い動きであったために、もし自分があの現場にいたら、逃げ遅れていたかもしれないと思わされたし、実際に逃げ遅れた人もいたのではないかと思う。
 その中でも、近くの人に「早く逃げろ」といった声をかけている人がいたりして、そういう人のおかげで逃げ遅れずにすんだという人も少なからずいたのではないかと思うし、土壇場の状況であっても、人のために動ける人に対して非常に尊敬の気持ちになった。撮影をしながらも、自分の家や今までの思い出も全てがなくなってしまっていく中で、悲痛の声をあげている人もいたりして、決して共感のできることではないが、ひどく胸がいたんだ。
 けれど、DVDの後半部分でも映っていたが、無事だった人々が、自分自身なくなってしまった大事なものや大事な家族、友達もいる中で、生活を取り戻すため、町を元に戻すために活動をしている姿、つらい中でも笑顔を向けていたり、人の手助けをしている姿は、見ていてすごく心が温かくなった。 
 そうやって前向きに復興に向けてがんばっている人だけじゃないということも、頭に入れておきたい。
 二年以上たった今でも、家族、仕事、家を失い自暴自棄になっている人もいるのではないか。どんな人に対してでも、その人の力になることができるようにがんばりたい。
 私の地元・福井県が東日本の人のために精力的に支援をしていたという話を聞き、恥ずかしながら、地元の活躍を初めてその場で知りました。やはり、福井県民としてはすごく嬉しいことだし、私も一人の福井県民としてがんばりたい。
 今回DVDを見て一番思ったことは、自分の高校生活での被災地に対する支援のことであった。ちょうど震災が起きた2年前、私は高校2.3年生のときで そのときも部活をしているときだった。後になり、東北地方の現状を知り、吹奏楽部においても、いろいろと演奏会で義援金を集めたり、またそのための演奏会を開いたりと、いろいろな支援活動を行ってきた。
 けれど、今回のDVDを見て、自分は今までなんとなく、「被災した方のため」や「東北の人のため」といいながら、何も知らなかったんだなと思った。DVDを見ただけで全てを知ったわけでは決してないが、自分の無知を知ることができたのが、大きいなと思った。
 これからの活動においては、震災が起きたその状況、2年半以上たった今現在の状況をよくよく理解して、今、自分に何ができるのか、ゼミを通して何ができるのかということをよく思考して、今後の活動に繋げていきたいと思う。



平尾
 自分の家や慣れ親しんだ場所が、津波で壊されていく様をただ見守ることしかできないというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
 それをずっと考えながら、映像を見ていました。
 映像の中で、遠くにコンビナートが見えて、そのせいか、故郷の三重県と重ねて見えて、もしあの高台にいるのが自分で、ただ見守ることしかできなかったら、悔しいとも悲しいともわからないほど、頭の中がグチャグチャになっていたと思います。
 あの日もいつもと変わらない日常を過ごそうと思っていたはず。
 日中、仕事で出ていたり、学校や塾に向かう子供を送り迎えをしていた親もいただろう。
 地震津波で、回線も混雑していて連絡も取れないあの状況で、離れ離れになった家族の安否を憂うというのはどんな気持ちなのか。
 あの頃、僕の友達も東北にいて、向こうから連絡が途絶えていた時は、本当に何とも言えない気持ちでした。TVを見れば津波の映像が流れていて、その度に、言い様の無い気持ち悪さで胸が苦しなるので、暫くはTVを見ていなかった。数日後、無事という知らせを聞いた時は、嬉しくて仕方なかったです。
 今回の映像で、その事がまた鮮明に蘇って、思った以上に自分の記憶に深く残っていることに気付いた。



※昨年度の2回生ゼミの感想はこちら