『つなみ 被災地のこども80人の作文集』を読んで

 10月17日の2回生のゼミでは、『つなみ 被災地のこども80人の作文集』((文藝春秋、8月号増刊、2011年8月)の陸前高田市の部分を読んで、感想を出し合いました。


荒島
 村上真央さん「今だから伝えたいこと」を読んで
 村上さんの文章は「今でも、あのときのことをおぼえています」というはっきりとした一文からはじまる。震災の体験は、それほどまでに鮮烈な印象を彼女に残したことを感じた。
 震災当時を、学校にとまり、電気も食べるものもないつらいときだった、と振り返り、それでも3か月後の今では、今までの生活と同じようなくらしをしている、と書いている。
 たくさんのものを失ったにもかかわらず、今までと同じような生活をしていると言うことができる彼女の前向きさに、読んでいて言葉にできない思いがこみ上げてきた。
 全国の人たちに震災を忘れないでほしいというメッセージと感謝の気持ちを発信した村上さんの行動は、誰にでもできることではない。
 復興には彼女のような勇気ある人物が欠かせないと感じた。
 そして、私たちは、震災を忘れてはいけないし、忘れさせないような活動をしていきたいと思った。



森島
 私は、高田小学校の泉田駿輝くんの文章が一番印象に残った。
 率直な意見として最初に感じたことが、“小学二年生なのに、本当に強いな”ということ。これはど大きく長い地震を体験し、周りのみんなが泣いているなかでも、自分は泣かずに我慢するという強さが、すごいと感じた。
 中でも、題名でもある「まけるな!日本」という文章だ。もうこんな怖い思いはしたくないけど、元気にやっていきたい、という言葉を被災後すぐに言えるだけの前向きな気持ちが、小学二年生にもあるということが一番の驚きだ。
 自分に置き換えた時に、町がなくなる姿を実際目の当りにしたうえで、こんなに前向きな気持ちでいれるのか。被災した子供たちの強さを表す文章だと感じた。



渡辺
 何気のない朝。寒くて起きるのが辛い。でも学校に行かなくちゃ。そんな気分でこの日も学校に行った。夕方、学校ももうすぐ終わって、その後何しようかなぁ、みんなで野球したいなぁ。
 そんな気持ちもつかの間、「ゴゴゴゴー」激しい揺れが襲う。今までに経験したことのない揺れは子どもたちを恐怖へと導いた。子どもたちの心は深い傷を負った。だが、その後待ち受けていたのは、津波だった。津波は家を、商店街を、思い出を飲み込んでいった。
 毎日、走り回って遊んでいた友達とも自由に遊ぶことができない。家族は生活することに必死で大変だから、弱音を吐くこともできない。子どもたちは自分の感情を出すこともできずに、この先どんな人生になるのかわからない状況で、いつ地震がまた来て危険にさらされるかもしれないのかと、さまざまな恐怖に立ち向かって、今を生きている。
 そんな苦しい生活の中でも、生きていられることに感謝して、いなくなってしまった友達や大事に思っていた人の分まで頑張って生きようとする姿が見られる。
 自分が同じ立場に立った時に、そんな前向きな気持ちが芽生えるだろうか。
 今、少しずつ前に進もうとしている方々に、自分もその中の輪に入って、一緒に笑って元気に走り回りたい。



河場
 私が最も印象に残ったのが、「まつの木一本」という題名の及川佳紀くんの作文だ。「佳紀くんは津波に襲われ、高田松原には松の木一本しか残らないほどの惨状を呈した、という作文であり、陸前高田市を襲った悲劇を簡潔に表しているように読める。
 しかし、この作文には、佳紀君の家族のことについては全く触れられていない。
 佳紀君の家族は、自宅と共に両親も流され、母の昇子さんは依然、行方不明のままなのである。
 佳紀君の夢は「どんな津波からも皆を守る堤防を作ること」だという。作文に両親のことについて書かなかったところに、佳紀くんの深い悲しみがあるように感じられた。
 わたしは、被災された方の書かれた作文を読んで、悲しみのほんの一端に触れたような気がした。正直、私が支援できることは何もないようにも感じた。
 しかし、実際に支援に役にたたないかはやってみないとわからないし、もしかすると案外役に立つかもしれない。東北の復興のために、ぜひ自分にできることを考えたり、探して実行していきたい。



中村
 私が最も印象に残った作文は、及川佳紀くんの「まつの木一本」です。作文からもわかるように、この子はすごく明るい子だと思います。海から3kmも離れていた自宅が流され、両親ともに亡くしてしまった子とは思えないように見えます。
 小学校三年生という、まだまだ親元で暮らしていかなければならない年齢にも関わらず、一瞬の出来事で両親をなくしてしまうというのは、私には想像できません。
 将来の夢が「どんな津波からもみんなを守る堤防を作る」という佳紀くんは、本当に前向きだなと思いました。
 こういった姿を見て、逆に私が佳紀くんから元気をもらいました。 東北にいけば、佳紀くんのような子供は少なくないはずです。
 今度は、私が、このような子達に元気を与えていきたいです。



馬場
 「津波と追いかけっこしたもんね。」と辛いながら書き綴る及川佳紀君の作文に胸を打たれました。小学校三年生で父親をなくし母親は未だ行方不明の中、こういったことを言える及川くんは、私の想像を絶する数々の経験を乗り越えこういった言葉になったのだとおもいます。
 私は家族を亡くしたことはありません。それゆえに大切な家族、大切な友達を亡くした時の気持ちがまだ経験したことがなく、及川君のことをすごいしっかりしている子だとか偉そうなことは、とてもではないけれども言えません。「津波と追いかけっこしたよ」とその文だけを見ると、被害は少なく助かったと思われるかもしれませんが、計り知れない恐怖の中で戦っているのだなと感じました。
 将来の夢は「どんな津波からもみんなを守る堤防を作ること」だと知り、及川くんの勇敢さを知りました。
 東日本大震災の復興は大いに進み、放射能汚染された地域以外は順調に回復していると思っていました。確かにそうかもしれませんが、一番大切な心の復興はまだまだではないでしょうか。
 及川くんのように家族をなくし、前を向いて歩いて行く人も多くいらっしゃいますが、そうでない人もいらっしゃいます。そういった方々の心の復興のお手伝いができ、少しでも笑顔を取り戻していただけるなら、精一杯頑張りたいと思います。



片粕
 小学三年生の小さな男の子が震災の実体験に基づいて作文を書いていました。そして、「よこを見たらもうそこまでつなみが来ていてぜんりょくで走りました。」の部分がとても印象的で、緊迫した状態の中でこの「小さな子供」は何を考えて走っていたのか気になりました。
 また、陸前高田には多くの松の木があったにも関わらず、それが一つだけを残して後は瓦礫しかなくなったことに対して、どんな思いを抱いていたのか、想像もしたくないです。それは悲しさであったり、寂しさであったり、何に対するものかわからない憤りであったりすると思います。
 自然災害なので仕方がないことなのかもしれませんが、決して「仕方がないこと」で終わらせてはいけないものが東日本大震災だと思いました。
 私は、この震災で、まだまだ幼い子供たちは何を考えたのか、大変興味が湧きました。



板谷
 私は、どの作文にも、「共感」することができませんでした。
 及川くんの「まつの木一本」はすぐ後ろまで津波が来ていたと書いてありました。私はそれを想像しようとしても、漫画のようなイメージしかできません。本当に自分のすぐ後ろまで津波が来ているということは想像を絶すると思います。ほんの数秒立ち止まるだけで死んでしまうなんてことは非日常的なことだから、実際に起こったならば恐怖で足が竦んでしまうと思います。及川くんの作文では短い文章でその体験を語っているが及川くんが感じたことはもっと壮絶なものでしょう。
 私は、動画や作文などで地震津波の情報をわかった気でいるのではないかと思います。実際に体験した人にその話をきいたら津波の悲惨さがダイレクトに伝わると思う。私は実際に被災地に赴いて、この話を直接聞きたいが、被災者の方にこの話を聞いても良いのかわからない。「被災者の方の中にも話したい人はいる」と伊達先生はおっしゃっていたが、逆に、まだ立ち直れてない人もいると、思うそんな人につらい思い出の話をさせるのはとてもつらいことだ。話したい人、話したくない人、それを見極めるにはどうしたらよいのだろうか・・?



前田
 子供たちそれぞれ、津波が来たときの状況が書いてあって、印象に残ったが、特に鈴木麻子さんが書いた作文がすごく印象に残った。作文の終わり際に、『世界の人にありがとう、がんばります、と言いたいです。』という文章が書いてあったからである。
 子供たちが書いた作文には、家族や親友が亡くなったことを書いている子がすごく多くて、改めて、津波というものは、なんて残酷なもので、何気ない幸せな日常を送っている人たちから大切な人を奪っていくのだろうとすごく思った。幼い子供たちにとっては、大切な人の死は、とても辛いことだと思うし、その子供たちに僕たちは何をしてあげられるのかなって、すごく思った。
 でも、鈴木麻子さんは、すごく辛い思いをしているのに、僕たちに感謝の気持ちを述べていた。実際に被災していない僕たちには、被災された人達の思いをすべて理解し、その辛い思いをすべて消してあげることはできないけど、鈴木麻子さんのように僕たちに感謝してくれている子がいるんだと知ることができただけで、僕たちは、被災された人達に少しでも笑顔が戻るよう、がんばらないといけないと思った。



中川(航)
 今回、子ども達が書いたすべての文章に目を通しました。どの文章も震災当時の状況を細かく書いてあり、地震直後にどのようなことが起こったのか、知ることができました。私自身、このような経験にあったことがないので、実感がありませんが、地震の恐ろしさを感じ取らされました。
 中学1年生の鈴木麻子さんの文章が印象に残りました。彼女は震災で、いつも見ていた陸前高田の町が、津波によって沈んでいく様子を目の当たりにし、町を歩いた時には死体を見てしまったり、震災が発生してからすぐに祖母を亡くしたりしていて、とてもショックを受けていることが痛いほど伝わってきました。
 そんな辛い経験をしていて、自分のことだけ、目の前のことだけで精一杯でもおかしくないのに、彼女が感謝の気持ちを忘れないようにしていることや、“世界の人にありがとう、がんばります”、“私達は負けません。だいじょうぶです。“と言っていて、中学1年生の鈴木さんの強さというか、たくましさに、ただただ感心してしまいました。こういう人たちこそ、本当にいろんな場面で強いんだと思います。感心です。



大屋
 一番印象に残った作品は、鈴木麻子さんの作文でした。
 「死体も、見てしまいました」という一文から、津波がもたらした被害の凄まじさを直に感じました。震災当時、死体やがれきの山の町中を、鈴木さんはどんな思いで歩いていたのだろうと考えると、胸が痛くなりました。
 しかし、一方で、「私達は負けません。大丈夫です。」という一文から、悲しい気持ちを抑えて、前向きに生きていこうとする強い意志を感じ、作文の読者である自分をも勇気づけるものでありました。
 鈴木さんの、「震災を忘れないでほしい」という願いを、絶対に叶えてあげたいと思いましたし、震災の出来事を世界に発信し、3.11の悲劇を繰り返さないようにすることが、私達の僅かながらにできることではないかと思いました。



久保
 私が一番印象に残ったのは、鈴木麻子さんの作文です。
 まず最初に目に留まったのは、冒頭です。鈴木さんにとって、震災が一番の思い出なのです。この部分を読んで、悲しくてたまりませんでした。
 「いつも見ていた風景が、うす暗くうもれている」
 先日見た津波の恐ろしい映像を思い出しました。
 「死体も、見てしまいました」という文にも目が留まりました。震災の生々しさがじわじわと伝わってきました。この光景は、一生彼女の頭の中に鮮明に残るのだろうと思うと、心が痛みました。
 これだけ辛い想いをしたにも関わらず、最後の段落に「がんばります」と書かれていました。すごく前向きな言葉に、私は心打たれました。
 鈴木さんの作文だけに限らず、他の子の作文の終わりのほうにも、前向きな言葉や感謝の意が書かれており、逆にこちらが頑張ろうという元気をもらった気がしました。



佐々木
 過去に何度か被災地の方の声を聞く機会はあったが、子供たちの作文を目にしたのは今回が初めてのことだった。そこには子供たちが3・11で感じた恐怖や不安の気持ちがストレートに書かれていた。
 しかし、その一方で子供たちのほとんどが、地震津波に見舞われたばかりだというのにも関わらず、前を向いて一生懸命生きてゆこうという気持ちを書いていることに、私は驚いた。
 また、高田第一中学校一年生の鈴木麻子さんの「世界中の人にありがとう、がんばります、と言いたいです。私達は負けません。だいじょうぶです。」という言葉が、非常に強く私の胸に突き刺さった。映像や作文を見て私たちが悲観的になって暗くなっている場合ではない。一刻も早く、彼女たちに何かをしてあげたい。偽善かもしれないが、何か少しでも良いから力になりたいと思った。



久戸瀬
 作文集を読んで、震災のあった当時のことが生々しく伝わってきた。その子どもたちの作文の中でも最も印象に残ったのが、鈴木麻子さん(中学二年生)の作文だ。
 そう思った理由が作文の中で三つある。
 一つ目は、「町を歩いて死体も見てしまった。がれきの山を、はじめて見て、『信じられない』としか頭に残らなかった。」という箇所だ。地震津波で、肉体的にも精神的にもボロボロになっている中、人の死体を見るというのはどれだけダメージになるだろうか。また、がれきの山を見たときの呆然とした姿が伝わってくるようだった。
 二つ目は、「いろんなものがなくなって、私はもういっぱいいっぱいだった。」という箇所だ。震災によって人の命・物・思い出など、大切な存在が一瞬にしてなくなってしまった状況だと、冷静を保つのは容易でない。ましてや、中学二年生にとってどれだけショックなことだったか。当時の状況は、この言葉のとおりだと思う。
 三つ目は、「今言いたいことは、世界の人にありがとう。がんばります。私たちは負けません。だいじょうぶです。世界の人が、このことを忘れないでほしい。」という箇所だ。震災があってから世界中の人が被災地のために協力してくれた。それに対して感謝するとともに、震災が風化してしまわないように訴えている。今回の震災を絶対に風化させてはならないと感じた。
 以上のようなことから、私たちがすべきなのは被災地への同情ではなく、震災のことを知り、いつまでも関心を持ち続け、被災者のためになることをやり、今回の震災をいかに今後に生かしていくかだと思う。




平尾
 照井 匡さんの作文は、日常がどのようにして壊されていったか、その様子が彼の作文に書かれていました。
 大きな地震を経験していなかったので危機感を抱かず、「なんだ地震か」と軽い気持ちでいたと書かれてあって、震災当時の自分も多分照井さんと同じく軽い気持ちで対応していたと思いますし、他の人もそうだと思います。
 他にも、警報のアナウンスはいつもと違い、そわそわして焦っているように聞こえる事や、電気が使えない避難所での一日、家が津波で流されて跡形も無くなっていたことへの驚きと言い様の無い不安が綴られていて、どれも素直な感想なだけに、災害時の気持ち悪さと不安を表していました。
 彼の文章を読むと、当時の地震津波に対する備え自体があまりにも軽視されていたのではないか。そう感じてしまいます。
 最近見た震災映像のビデオでも、防波堤は時間稼ぎにはなったかもしれませんが、結局、津波を防ぐことはできていませんでした。
 今でこそ地震津波の警報がTVで臨時放送されたり、携帯のアラームが鳴るなど対策が講じられていますが、当時はそれも無かったと記憶しています。
 過去に災害を経験しているにも関わらず、なぜ対策があれほど杜撰だったのかと感じずにはいられませんでした。
 作文の最後には、仮設住宅ができたら、内陸に一時避難した花巻市から陸前高田市に戻って頑張っていきたい、と書いてありました。作文に書かれているような惨状を目の当たりにして、もしかしたら、書いてあること以外にも悲しいことがあったかもしれない。そんな状況でも、また戻って頑張っていきたいと書ける彼の強さに心を打たれました。
 また、照井さん以外の人の作文を見て、その度に、「この子達に会った時に自分がしてあげられることって何だろう」と考えて、結局、自分が納得できるような答えは出ませんでした。
 ただ一つだけわかったことは、これから現地に行って震災を経験した人達と関わる際、僕は言葉の一つ一つを考えて発言しなければならない、ということです。
 その人がどんな事を経験しているのか、それを理解した上で、僕にできることを考えていきたい、そう感じました。



浜田
 津波の被害に会った子供たちの作文を読み、私は照井くんの作文に共鳴しました。
理由として、以下の三つがあげられます。
 一つ目は、「なんだ、地震か。」の一文です。今まで大きな地震を体験したことのなかった私にとって、地震はたいしたことではなく、どうせすぐおさまるだろう、と甘くみていました。彼も同じで、まさかこんなことになるとは思ってもいなかったでしょう。もし、今私のいる場所で揺れを感じても、まだ彼と同じことを思うでしょう。
 二つ目は、ガレキの中で立っていた、という一文に心を打たれました。今まで自分が当たり前のように過ごしていた自分の家がなくなっていて、どうすることもできない姿が鮮明に浮かびました。私が画面上でしか見たことのない状況に立った彼の気持ちを考えると、胸が痛くなりました。
 最後に、この不安の中、陸前高田に戻ることを否定的ではなく、前向きに捉えている姿勢です。そして、今までの当たり前の生活、一つ一つに感謝している点です。
 実際に大きな地震を体験したことのない私ですが、照井くんの作文を読み、地震の恐ろしさ、今ある生活のありがたさを感じることができました。今後のことを前向きに頑張ろうとしている彼らを見て、私たちも見ているだけじゃなく、そして与えるばかりでなく、復興に向けて頑張っている被災者たちのサポートとして、一緒に頑張っていきたいです。



重田
 小中学生の震災についての作文は、どれも震災当時の出来事や行動、感情が細かく書かれていました。津波が町にあるすべてのものを壊していく現実、避難所生活での不安、自分たちには想像もつかないような恐怖があったのだと思います。
 その中で最も印象に残ったものは、照井匡君の『ガレキの中にたっていました』です。
この作文を選んだ理由は、津波でつらい思いをしたにも関わらず、感謝の気持ちを持って前を向いて生活しているところが伝わってきたからです。
 小学6年生で津波の恐怖を経験し、実際に自分の住んでいた町の変わりはてた状況を見て、これからどう生活していけばいいのかもわからない状態になったはずです。しかしそのような中でも、避難先で学校に通うこと、野球をさしてもらうことなど、ほとんどの小学生なら当たり前だと思うことに対して、感謝の気持ちをもって生活していることに驚き、すごいと感じました。
 被災地の子供たちは、震災によって忘れることのできないつらい経験をした中でも、強い気持ちを持って生活していることを知ることできました。



作本
 私が印象に残っている作文は照井匡くんの作文です。その中でも印象に残っている一文があります。それは震災から少し時間が経ち、町を見に行った時の「これからどうしようかと思い、お父さんと瓦礫の中に立っていました。」という文です。この文を見たとき、私の頭の中で前回見た映像がよみがえりました。目の前に自分の家がなくなっていることがどれほどつらいことかと思います。夜も寝れないほどの不安とともにこれから先の不安もかかえ立ちつくすしかなかったのかと思います。そんな大きなショックと大きな不安があったというのに、今では周りに人々に感謝の気持ちをもち、しっかりと前を見ていることにとても感動しました。
 いまの私たちは、感謝の気持ちをしっかりもっているでしょうか。なにげなく生活しているひとつひとつが当たり前だと感じているのかもしれません。いつなくなるかわからない生活にしっかり感謝しなければいけないということも考えさせられました。
 今回は、被災者の思いを知りました。前回の津波の映像では笑顔にしたいと感じましたが、被災者自身の思いを知り、どのように声をかけていいのかわからなくなりました。
 今の私は、もっと被災者の人々の声に耳を傾けないといけません。より多くの声を聴くことによって、もっと細かく、どのようなことが私たちにできるのか考えたいと思います。



木村
 一番印象に残ったのは石川及愛さんの作文です。
 この子が他の子と違う所は、地震が発生したとき、学校ではなく自宅にいたことです。その日は風邪で学校を休んでいたので、家に一人でいる時に地震が来たことになります。揺れが大きくなるにつれて怖さも増していっただろうし、とても不安な気持ちだったと思います。もし学校にいたら、周りには友達もいるし先生もいるので、一人でいるよりは安心できたかもしれません。
 もう一つ気になったのは、すごく時間が長くゆっくりという表現です。地震津波で電気が来なくなり、懐中電灯で夜を過ごしたと書かれています。小さな明かりだけで暗い中を何日も過ごすことは、とても苦痛で、時間が経つのが遅く感じるのも分かる気がします。
 私たちは普段、当たり前のように毎日を過ごしています。しかし、突然起こる自然災害によって、当たり前の生活ができなくなってしまいます。
 石川さんの作文を読んで、もっと1日1日を大切に過ごしていかなければならないと思いました。



柴田
 私が、一番印象に残った作文は、小学三年生の石川乃愛さんの作品です。
 この作文の中でも、地震が起きたときのお父さん、お母さんのセリフが書かれていたりして、いかに地震が起きたときのその言葉が頭に残っているのかということがよく分かった。
 彼女はその日体調が悪く家にいた。その状況下でのこの地震は、非常に怖いものでもあっただろうし、ある意味、全員ではないが家族が近くにいるという状況は、少しの安心を感じることができたと思う。特に、後半部分では家族のことが書かれていて、このときの家族が無事だったことへの素直な気持ちがよく伝わってきた。
 特に一番心に残った言葉は、最後の部分にある「地震が来たら、すぐに高所ににげる。ぜったいにわすれないでください」という文です。この言葉から、いかに地震が怖かったのか、またその同じ思いを他の人にして欲しくないという気持ちが、とてもよく伝わってきました。
 私も、日々の一日一日を大切に、震災のことを忘れずにすごしていきたいと思う。





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