陸前高田合宿 (8) 仮設住宅と子供

森島
 自分の目で被災地を見たのは初めてだった。
 メディアから少しずつ取り上げられる回数が減るにつれて、自然と、自分自身も被災地について知ろうとすることが少なくなってきていたと思う。


 陸前高田に着き、バスから現地の様子を見た。
 海岸からはだいぶ距離があるはずなのに、津波の爪痕は三年経った今でも目で見てわかかるほど残っていた。
 あえて残しているのか、倒壊しかけている建物。
 波の勢いでなぎ倒されたと思われる木々。
 そして文字通り、なにもない更地。
 震災直後にテレビで見てきた映像とほとんど変わらない現状が広がっていた。
 復興が進んでいないとはいえ、少しずつ変わりつつある陸前高田を想像していただけに、この様子は想定以上の遅さだった。


 被災地を見て、メディアだけでは気づけなかったこともある。
 トラックなどの工事車両が、とにかくたくさん行き交っているということ。
 歩行者との距離も近く、子供にとっては危険だということも、実際に行ってから初めて気づいた。


 1日目、手巻き寿司パーティーを行う仮設住宅へとお邪魔させてもらった。
 仮設住宅とはどんなものなところなのか知ってはいたものの、想像以上に密集している。
 そして、本当に校舎のすぐそばに建っていた。
 グラウンドに建てられているのだから当たり前のことだが、この密集された状態でもう3年近く生活されていることが、言葉は少し違うかもしれないけど、尊敬するほどだった。
 グラウンドがない中で校舎の入り口でピッチング練習を行う野球部の姿にも、心打たれるものがあった。
 こんな状況では部活動ものびのびできない。
 そんな中で、できることを一生懸命行う姿を見て、素直に「頑張っているな」と感じた。


 昼前から巻き寿司パーティーを始め、続々と仮設住宅の方が来てくださった。
 テーブルに座っていた方に話しかけに行くと、まず最初に、
「遠いところからわざわざありがとうね。」
という感謝の言葉をかけてくださった。
 それは最初だけではなく、いろいろな方とお話させてもらう度に感謝の言葉をいただいた。
「しゃべりながらみんなで食べるご飯は美味しいね。若いんだから、もっとたくさん食べないと!」
と、私たちの分まで手巻き寿司をつくってくださった方や、
「ずっと鶴亀鮨さんにお寿司を食べに行きたかったけれど、なかなか行く機会がなかった。でも、今日、こうやって、楽しく食べることができて、来て本当によかった。」
と話してくださる方。
 ここに足を運んでくださり、そして喜ぶ顔を見れたことが、私にとっては一番うれしいことだった。

 ゼミの授業の際にいろいろな映像を見て、被災した方にどうやって接すればいいのかと思っていたけれど、手巻き寿司が美味しいと感じることは誰でも共通で、そこから話すきっかけをもらえた気がした。

 iPadでずっとゲームをしていた男の子が、自分から、
「飾り巻き寿司を作ってみたい」
と言ってきてくれたことは、素直に嬉しかった。

 黙々と飾り巻き寿司を作って終わってしまったことに少し後悔を感じていた時に、「今度はチョコ作りをしてみたい」
と言ってくれた。
 交わした言葉の数は少なかったけれど、口に出さないだけで、本当は、今までも、ゲームのほかに色々とやってみたいことがあったのではないかということを感じた。
 固まったチョコを丸めて、自分の好きなデコレーションをしている顔は、本当に楽しそうでいい顔だった。
 「お兄ちゃんの分も作りたい」
と、その日に2回もチョコ作りに挑戦してくれて、ゲーム以外のことに興味を持ってくれたことが少し進歩なのではないかと感じた。


 2日目の朝、市街地の様子を見に行った。

 海の方まで見渡せるほどなにもない土地。
 遮るものがなにもないとこんなにもさみしいものなのかと感じた。
 今からここに土を盛って家を建てると考えると、途方もなく先のことのように思える。
 そして山の木々が削られている生々しい様子と、ぽつんと置かれた石積とお花を実際この目でみると、こんなところまで津波がやってきたとは想像もつかないし、なにより自然の恐怖を実感した。


 2回目となる手巻き寿司パーティーは、「楽しかったから」と、もう一度来てくだっさった方も多く、前日よりも多くの方に来ていただけた。
 仮設住宅の方と他愛もない会話もできるようになって、アドレスも交換させてもらったり。
 元気のあり余る子供たちと雪合戦をしたり。

白鳥のいる場所に連れていってもらったり。

 昨日よりもより深く関われた気がした。
 少しでも元気を与えたいと思ってこの企画を進めていたけれど、自分も一緒になって笑顔になれたことが一番大きかった。


 合宿は、本当に楽しかった。
 けれど、それだけで終わってしまってはいけないと感じる。
 一緒に遊んだ子ども達が震災で大きな傷負っていたこと。
 「俺の子どもと同い年だ〜」と挨拶してくださった方が、娘さんを亡くされていたこと。
 ゼミ合宿が終わってから初めて知った事実もたくさんあった。
 自分がもし同じ立場にいたらこんな風に笑えていたのかと考える。
 今回出会った方々は、表面では笑っているけれど、きっとそれぞれにいろんな過去を抱えていると思う。
 合宿に行く前からわかっていたはずのことなのに、現地の方と触れ合うことで、よりいっそう現実味を帯びるようになった。


 たった2日間で陸前高田にとってなにか大きいことを残せたわけではないし、すべてのことを把握できたわけではない。


 けれども、ひとつ言えることは、自分の目で陸前高田の今を見ることができて良かったということ。

 行かないと知ることができなかったことはたくさんあって、この状況を確認できたからこそ、まだまだ復興にはほど遠いという現状を知れた。

 そして、自分がいかに震災後の被災地について無知だったかということを再確認した。

 こういう機会を与えてもらえるこのゼミに入って本当に良かった。
(文責:森島)





河場
 出発前、手巻き寿司パーティのキャラクターの制作を担当した。
 「関空で泊まるときに作ればいいのに」と思っていたが、次第に、看板キャラの重要性が明らかになってきた。
・どんなイベントをするのか一目でわかる、
・「伊達ゼミ参上! 子供達!遊びにおいで」のサイン、
・皆が見て、楽しいそう。

 ご飯も食べず、荒島と平尾と、ひたすら看板キャラの制作に当たった。

 制作に際して、条件として、愛嬌のあること、できるだけ黒色をつかわないこと、(トランスフォーマーのように)段ボールに折りたためること、そして、動かせる仕掛け、など。
 何とか、最後の条件以外を満たすことができた。

 陸前高田市に到着。
 私の周りでは、「陸前高田ってもう復興できてるんじゃないの」という声もあった。
 だが、津波ですべて流され、高台に住宅用地を作ったり、市街地に盛り土するために、まだ何年もかかる、ことがわかった。


 集会場に着いて、看板キャラとポスターをはり出していたら、通りかかったお年寄りの方に、
「伊達ゼミがまた来てくれたのか また遊びにいくからね」
と声をかけてくださった。
 先輩方が少しずつ得ていった信用。自分たちも信用されるようにならなければ、と、身が引き締まった。


 集会場で設営をしていると、開始時刻前から子供たちが
「今度はなにやるの」
とやってきてくれた。
 すごい期待度である。
 私たちはすぐに会場の設営を終えて、飾り巻きの見本の制作にあたった。
 飾り巻きは、切って断面をみると色鮮やかな模様になるというもの。
 初めは、「飾り巻き寿司って何?」という雰囲気だった。
 しかし見本を置いておくと、次第に人が集まってきた。
 「孫に飾り巻きをつくって驚かせたい」
というおばあちゃんや、
「家にいるお父さんに持って帰る」という主婦の方もいた。

 特に、Aちゃんとお母さんは、二日間とも来ていただいて、どんどん飾り巻きの作り方を覚えていった。
 Aちゃんは、ご飯を整える作業が得意で、そのほかの作業はお母さんに手伝ってもらっていたが、二日目には、ほとんどの作業を自分でできるようになっていた。

 Aちゃんはカメラにのめり込んでいるらしく、私も度々とられたのだが、全然見せてくれなかった。
 どうやら自分が許した人じゃないと写真をみせてくれないようだった。
 私は、飾り巻きで、Aちゃんと接する機会も多く、よく遊んでいたので、写真を見せてもらうことができた時は、うれしかった。
 伊達ゼミの写真だけでもズラっとあった!
 それだけ、伊達ゼミのことを気にいってくれたのかなって思ったら、余計にうれしくなった。

 二日目。
 子供たちにも、
「集会場で面白いことをやっているらしい」
と伝わったようで、たくさんの子供たちが来てくれた。

 高校生の男の子が「オセロをしたい」ということで、集会場にあったオセロ盤を出すと、小学生の男の子が、
「僕の大好きなやつだー」
と寄ってきてくれた。

 私は、中学生のときオセロに熱中し全国のネットオセロユーザーと対戦していたことがあったので まさかオセロで盛り上がることになるとはと思いつつも、定石をいくつか教えてあげた。
 子供たちのなかには、ひときわ活発な二人組の男の子がいた。
 空手と柔道をやっていたというB君と、体を動かすのがとにかく好きだというC君だ。
 二人にあいさつすると、早速、手荒い洗礼を受けることになった。
 私も子供の時、体力が有り余ってるとよくしたなー、と思いつつ、一緒にじゃれあった。


 どうやら気に入られたようで、白鳥が飛んでくる場所に案内してもらえた。
 白鳥飛来地までの道で、B君が言った言葉が忘れない。
津波が来る前までは、ここにもいろいろあったよ」
「学校では良い子にしないと怒られるんだよ」

 白鳥は本当に綺麗だった。
 帰り道も、B君、C君と思いっきり遊びながら帰った。

 B君もC君も、
「次はいつ来るの」
って言ってくれた、
 次回はもっと楽しんでもらえるものを考える。

 今回の合宿は、中村区長さん、金自治会長さん、鶴亀鮨さん、小谷園さん、宣伝してくれたおばあちゃんたちなど、たくさんの人のおかげで大盛況で終えることができた。
(文責:河場)