陸前高田合宿 (10) 「ずっとつながっていきたい」

 私たち伊達ゼミは2月8日〜10日まで津波の被害を大きく受け、一本松で有名な岩手県陸前高田市に行きました。
 8日と9日の2日間、市立第一中学校のグラウンドに建てられた仮設住宅を訪問し、集会所で多くの方に“笑顔”になってもらおうと、イベントをしました。
 内容としては、地元でも有名な、味と人の鶴亀鮨さんの店主・阿部さんのご協力を得て、手巻き寿司・飾り巻き寿司と、生チョコ作りにストレッチのレッスンをしました。

 京都を離れ、仙台駅からバスで片道3時間かけて陸前高田市へ向かいました。
 陸前高田市に向かうにつれ、道路状況は悪くなり、ダンプカーの数が増え、景色が一変しました。
 私たちは、ゼミで津波の映像や、被害の後を写真などで見ていましたが、自分の眼で見て言葉を失いました。
 頭の中は真っ白でしたが、外の景色の現実だけはしっかり見ようとずっと見ていました。
 すると、周りに建物など何もないところに一本だけ立っている松の姿を見て、この時の私はまだ「ホンマに奇跡やな」としか思っていませんでした。



 仮設住宅のある高田一中に行き、私は初めて仮設住宅というものを見ました。
 一つ一つの家は小さく、その空間に家族で暮らしたり、テーブルやタンスなどを置くとかなり狭いものです。
 そして、この仮設住宅がグラウンドにびっしりと並び、隣との家との距離はかなり近いものでした。


 集会場には多くの方が集まって下さり、多くの楽しい話をしながら、私は肩を揉んだりと多くの方とふれあいました。
 仮設住宅に来てからは、
「広々と寝ることができない」
「体に痛みがでるようになった」
と言われていました。
 そこで、私は、フィットネスのスタッフとして働いているので、日頃の生活のコリをほぐしてもらい、ストレッチの方法を伝え、リラックスしてもらうためにオルゴールを流しながらストレッチのレッスンを行いました。

 体に違和感を感じている方が多く、全身をゆっくりとしたペースでほぐしてもらい、皆さんに喜んで頂け、笑顔いっぱいの楽しいストレッチの時間でした。


 楽しく手巻き寿司や生チョコ作りをしていると、本当にどの方も優しくて、
「これ作ったから食べて。一緒に食べれるのが幸せなの」
と本当に温かい言葉をいただき、いっぱい食べさせて下さいました。

 一人のおばあちゃんが、
津波の前は民宿をしていてね。
 でも、津波の被害にあって全部が無くなってしまって…。
 津波が来たときは怖くてね、山に向かって皆で逃げたの…、今も寝ようとして目を閉じると津波を思い出すの。
 でもね、大丈夫、絶対、元通りになるから。
 また、民宿が出来たら来てね。
 あなたが来るのを待ってるから」
と、優しい笑顔で言って下さいました。

 胸が熱くなりました。
 どんな顔をしたらいいのか分かりませんでしたが、私は、この方にもう一度会いたい!!民宿に行きたい!!という気持ちを込めて、精一杯の笑顔で
「絶対、行くね。」
と答えました。
 他にも多くの方が、お店を持っていましたが、津波で失ってしまわれました。
 お話をしていて、心のどこかに小さな暗闇があるようで、でも皆さんが、
「また、お店をするんだ。」
と言っておられ、前を向いておられました。


 復興作業は、山を切り崩して土をベルトコンベアーで運び土地を高くし、そこに町を作るというものです。世間では復興の意識が薄れていっていますが、復興はまだまだ進んでいません。

 ほんの少しでもいいから早く復興が進んでほしいと心から思いました。

 二日間のイベントは本当に笑顔がいっぱいでした。
 イベントを終え、私たちゼミメンバーは、地元を強く愛し、地元のために頑張っておられるお店・車屋酒場へ行きました。

 とても昭和を感じさせる店内で、どこか懐かしい、とても居心地がよかったです。
 店主の熊谷さんは、陸前高田市消防団として地元のために活動され、津波の時も活動されていました。
 熊谷さんは、人を引き寄せる、とても温かいオーラを持っておられ、飲みに来ている地元の方たちも本当に温かい人ばかりで、私たちを歓迎し話しかけて下さいました。

 最終日、市役所から高速バスへ乗り込み、仙台へ向け陸前高田を離れました。
 与えてもらったものが多すぎて、「まだ帰りたくない。ここに残って何かしたい」と外を見て思っていました。
 すると、行きしなに見えた一本松が見えました。

 初めに見たときの感情とは全く違うもので、目頭が熱くなりました。
 「奇跡の一本松」とか、そんな簡単な言葉で表せるものではない。
 今回出会った方たちの温かさ、強さ、悲しみ、笑顔で胸の中がいっぱいです。


 私は、「自分はボランティアに行ったんだ」なんて絶対言えません。
 言えるはずありません。
 行きたいけど一歩を踏み出せない人は、ぜひ行って下さい。
 現地に行って感じて下さい。
 ニュースなどとは、全く違う。

 景色、歩く地面の感触、肌で感じる空気感、道におかれた花、傾いた木々。
 その空間にいるだけで津波の恐ろしさを感じ、言葉では絶対に表せない悲しみ、呼吸をしているはずなのに息が切れるような苦しさを感じました。
 絶対にまた行きます。
 感じたこと、得たことを多くの人に伝えます。
 そして、ずっと、陸前高田陸前高田の方たちと繋がっていきたいです。



最後に。
 陸前高田で「兄貴」と仲良くなりました。
 兄貴は3人娘が居られたのですが、津波の被害で長女を亡くされました。
 私は、何も言えず、ただ話を聞くことしかできませんでした。
 すると、兄貴は
「そんな顔すんな。とてもつらいことだけど、俺は前を向いていく!!」
と優しい笑顔で、でも強いまなざしで言われました。
「悲しみは深いし、いつも心の中にあるけど、こうやって、君らのようにボランティアで来てくれる人や、応援してくれる多くの人たちと出会って、人との繋がりができるのが嬉しいんだ。人との繋がりを俺は大切にするし、大好きなんだ」
と。
 私は、泣きそうでした。
 兄貴は純粋にすごい人だ。
 一人の人間としての器の大きさを、強さを感じました。
 生きる力というものなのか。
 生きていくうえで絶対に忘れられない人生の勉強になりました。
(文責:中川[翔])