陸前高田の巨大ベルトコンベア

 3月18日〜21日、タイの行政裁判所の調査官、大阪大学の研究者とともに陸前高田に行ってきました。
 タイも、近年、洪水やインド洋津波で甚大な被害を被っており、災害法制の整備(とくに国家の責任や人権配慮)等について、日本の経験から学ぼうとする気運が高まっています。

 「視察」は、たとえどんなに善意であっても、関係者の貴重な時間を奪い復興の妨げになるので気が引ける面もあったのですが、調査官ご自身も洪水の被災者で、「陸前高田の教訓をタイ国民に正しく伝えなければ」という思いに共感し、同行させていただきました。

【19日】
上「陸」後、Oさんに陸前高田市内を案内していただきました。


Ⅰ. 巨大ベルトコンベアと宅地造成工事

 まもなく試運転を開始する土砂運搬用ベルトコンベア。

 気仙川の向こうの今泉地区の山には、8基の粉砕機が設置されています。
 高さ120メートルのこの山を40メートルになるまでガリガリと堀削・粉砕し、岩と土砂をベルトコンベアで高田地区に運びます。
 「高さ40メートル」というのは、吊り橋の高さから推測して大雑把にいうと、この写真の粉砕機の上あたりまで削るということだと思います。

 「宅地造成」「建設機械」「トラック」といった平時の発想・用語では、ここで起きていることは語れないし、理解不可能だと思いました。
 外国で行われている鉱山採掘のような目で見る必要があります。


 このベルトコンベアを文字通り「希望のかけ橋」だと感じている市民はたくさんいますし、疑問を感じている市民もいます。
 どちらにも共通する思いは、「それはそうなんだけれども、とにかく一日も早く、この仮設暮らしから抜け出したい」。


 「復興のシンボル 奇跡の一本松」が、すみに追いやられて、すごく小さな存在のように見えてしまいます。
 巨大な人工物に取り囲まれたこの場所で、静かに鎮魂の祈りを捧げるのは難しいと思いました。


 巨大ベルトコンベア。
 ものすごい威圧感で、圧倒されてしまいます。
 以前、遠くから見た時、「ジェットコースターのようだ」と思っていましたが、近くに立って見てみると、そんな呑気な言葉では言い表わせません。


 最新技術かのように陸前高田では語られていますが、神戸市民は、「山、海へ行く」のスローガンのもと、高度成長期の昭和39年(1964年)に稼働開始し2005年まで使われていた須磨ベルトコンベア(総延長14.5キロ)を想起するのではないでしょうか。
 神戸のシンボル六甲山脈を切り崩して、その土砂は、総延長14.5キロメートルに及ぶ長大なベルトコンベアで運ばれ、人工島ポートアイランド六甲アイランド神戸空港などの埋め立てに使用され、山を削った造成地はニュータウンになりました。(「株式会社 神戸市」と揶揄されたりしますが...)

 戦後初の都市直下型地震阪神・淡路大震災の際、六甲アイランドポートアイランド液状化してしまったことも、同時に想起してしまいます。神戸と同じようなことが繰り返されるのではないか、と心配です。

 土木技術に疎い文科系の私の目から見ると、ここ陸前高田で行われている工事は、神戸の「須磨ベルトコンベア」「山、海へ行く」「昭和39年」「人工島」「埋立」「ニュータウン」「住宅都市整備公団」等と同じように、20世紀的で古臭い発想のように見えてしまいます。「搬送のムダ」という、戦後の日本企業が大切にしてきたモノづくりの思想もここにはありません。
 「山を切り崩して高台宅地造成」「ベルトコンベア」「山、浸水地に行く」「盛り土・嵩上げ」「UR都市機構」等々は、21世紀的な設計思想にもとづくものなのでしょうか。
 陸前高田を支援するために何度も足を運ばれている建築家や都市計画、土木工学の専門家・研究者の方々にぜひ伺ってみたいです。


 この巨大ベルトコンベアを、「奇跡の一本松と並ぶ 陸前高田の新名所」と言う地元の方もいますが、正直に申し上げて、違和感を感じます。
 見学者の中には「身の危険」や「恐怖」を感じる人もいるのではないでしょうか。
 土砂の落下対策はされているようですが、地震対策や津波対策は大丈夫なのでしょうか。
 「キケン」と看板や新聞に書くべきではないでしょうか。
 このベルトコンベアは毎日ジワジワと建設されてきたので、見慣れてしまい、感覚が麻痺してしまっているのではないでしょうか。
 それとも、地元の子供達によって「希望のかけ橋」と名付けられたこの場所で「希望」を感じることができない私の感覚のほうこそ麻痺していて、被災者の日常意識と乖離してしまっているのでしょうか。

 外からの訪問者が足を運び目を向けなければならないのは、ここではなく、想定使用年数を超えた応急仮設住宅で今なお多くの人びとが不自由な暮らしを余儀なくされている現実や、津波で家族・親戚を失い家や用具を失ったにもかかわらず懸命に生業を再生させようとしている現場だと思います。
 

 高田一中の仮設団地の裏山から、ベルトコンベアの方向を撮影。
 
 このような巨大ベルトコンベアは、宮城県東松島市、野蒜(のびる)地区でも設置されているようです。こちらをご覧ください(大成・フジタ・佐藤・国際開発・エイト日技共同企業体のHP)
 気のせいかもしれませんが、直感的には、情報公開の仕方ひとつとっても、野蒜地区での事業の進め方のほうが、丁寧に見えてしまいます。
 同じUR都市再生機構の発注で、同じコンストラクション・マネジメント方式のはずなのですが、この違いはどこから来るのでしょうか。
 復興計画自体も、陸前高田市に比べると、東松島市野蒜地区のほうが、コンパクトシティ、景観、環境などに配慮されているように感じます。
 被害の大きさの違い? 土地条件の違い? マンパワー投入の違い?
 それとも、単に「他所の畑はよく見える」だけで、きちんと調べれば、本質的には大差ないのでしょうか。
 業界誌『日経アーキテクチュア』(2014年3月10日号、36ページ)によれば、野蒜地区でも、造成中の高台への移転希望者が減少しており、関係者が苦労されているようですが....。
 


 気仙川を渡って、気仙中学校側から撮影。

 こちら側では、水門をつくるために、気仙川の一部をせき止め、基礎杭を打つ工事が進められていました。

 新しい水門は気仙川をまたぐ形で設置されます。


(出所) 岩手県大船渡土木センター「震災復旧・復興情報 かわら版」vol.10.2014年3月3日



 防潮堤の復旧工事は、第一線堤は震災前と同じ海抜3メートル、第二線堤は震災前の5.5メートルから12.5メートルと、2倍以上の高さとなります。
 高田松原の海岸沖には、防潮堤をつくるための巨大な桟橋が設置されていました。クレーンを使って鋼管矢板を海中に打ち込んでいます。こちらのページを参照(鹿島のHP)。
 鋼管矢板の打設のイメージは、こちらのページ(新日鐵住金のHP)のような感じなのでしょうか。これを読む限り、海底の支持地盤まで打ち込むのですね...。絶句してしまいます。




 宅地をつくるための巨大ベルトコンベアの工事、巨大防潮堤や水門をつくるための、海中に矢板を打ち込む工事、水門をつくるための、川をせき止め基礎杭を打つ工事。。。。
 人間の復興はほとんど進んでいないけれど、「○○をつくるための巨大工事」はドンドン進んでいます。


Ⅱ.復興事業・復興計画への疑問
 今まで、陸前高田市で実施されている復興事業にたいして、以下のような疑問を抱いてきました。
1 防潮堤の設計基準・思想
 現在、震災前よりもはるかに天端高が高く頑強な巨大防潮堤の工事が行われているが、それはどのような理由に基づくのか。
 また、そのことは、国や県が「1960年チリ地震津波後に設計・建設された防潮堤の高さが足りず、構造的に脆弱で粘り強くなかったから今回の震災被害が甚大になった」と認識していることを意味しているのか。
 津波が防潮堤を大きく越えるのを目の当たりにした被災者の中には、「巨大防潮堤への過信につながるのでは」、「また同じ過ちを繰り返してしまうのでは」と計画そのものに疑問を感じている方も多い。
 国や県は、そうした地元住民の疑問にどのように答えてきたのだろうか。
 住民の疑問に丁寧に答えたり、対話を通じて地域防災計画をつくり、実質化していくことが「リスク・コミュニケーション」の要諦ではなかったか。
 また、国や県、そして学会による、津波災害そのものの検証が必要なのではないか。
 福島第一原発事故は「人災」で、津波は「天災」なのか。原発事故については、国会に憲政史上初の事故調査委員会がつくられたが、津波災害についてはその必要はないのか。
 明治三陸津波昭和三陸津波チリ地震津波を経験し、宮城県沖地震の発生確率がかなり高いことが知られていたのだから、「想定外」という言葉だけで総括してはならないのではないか。
 「想定外」の災害を減災する仕組みのうち、何が機能して、何が機能しなかったのか。
 中央防災会議・専門調査会が 2011年6月26日に発表した「今後の津波防災対策の基本的考え方について」には、以下のような「反省」が表明されている。(こちらを参照)


 「(3)今回の災害と想定との食い違いへの反省
・・・中略・・・
地震津波の想定が異なっていたことから、従前想定していた地震動の範囲、津波の高さ、津波の範囲、浸水域が大きく拡大することとなった。特に、想定浸水域ハザードマップなどの防災対策資料のベースになっているが、今般の津波が想定を上回る浸水域や津波高などであったことが、被害の拡大につながったことも否めない。従来の想定によるハザードマップが安心材料となり、それを超えた今回の津波において被害を拡大させた可能性があり、ハザードマップの不備な面についても調査が必要である
○一方、海岸保全施設等の整備についてみてみると、これらは設計対象の津波高までに対しては効果を発揮するが、今般の巨大な津波とそれによる被害の発生状況を踏まえると、海岸保全施設等に過度に依存した防災対策には限界があったことが露呈された。」
(東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震津波対策に関する専門調査会「中間とりまとめ〜 今後の津波防災対策の基本的考え方について〜」)

 ちなみに、米国土木学会は、2005年に発生したハリケーン・カトリーナの2年後に、詳細な報告書『ニューオリンズ ハリケーン防御システム〜どこをどうして失敗したか〜』を作成している。
(国土交通省・国土技術政策総合研究所による翻訳はこちらを参照。)


 今回の津波災害の検証作業は、国や県、学会で行われているのだろうか。私の探し方が悪いのか。
 防災・減災計画にかかわる指針を作成し決定した国、海岸保全施設の設計や(ハザードマップ作製のための)津波シミュレーションを行った県、そしてそれらに関する理論的・実証的研究成果を提供してきた学会が率先して詳細な検証作業を行い、その結果を国民にわかりやすく公開していただきたい。
 震災前の2003年〜04年度に岩手県が調査・作成した津波シミュレーションについては、こちらの「岩手県地震・津波シミュレーション及び被害想定調査」を参照。
 震災前の被害想定調査で用いられている方法と震災直後に実施されたシミュレーションの方法とでは、どこがどのように改善されているのか。
 震災後、多くの被災住民は、そもそも、「ハザードマップ」や「シミュレーション」といったカタカナの科学技術的・工学的手法そのものに、嫌悪感や不信感をいだいているのではないか。
 だとすれば、丁寧な検証や科学的根拠の説明、そして、地域住民を交えた公共的討議が必要ではないか。

 多くの職員を津波で失い、絶対的に人手が足りない市町村のみに検証作業を担わせておくのは、あまりに酷ではないか。(現場の市町村レベルでの検証作業が復興計画立案・策定にとって必要不可欠であることは言うまでもないが)。

 「土木工学とは 《civil engineering 市民の工学》だ」
 そう教わったことがある。
 (かつては「人間生活改良の道具」「経世済民の学」だった経済学も、あまりエラそうなことは言えない。)



2 生態系や「生業の復興」への影響は?
 海岸線を覆う防潮堤工事や宅地造成工事で、養殖業に被害が出て、岩手県の復興方針の要である「なりわいの復興」ができなくなるのではないか。
 ワカメ・カキ・ホタテ・エゾイシカゲガイを、自信を持って「広田湾の豊かな海の贈りもの」「淡水と海水とが混わる豊かな汽水域・広田湾」とアピールしづらくなってしまうのではないか。 とくにエゾイシカゲガイ養殖は、海中を浮遊する稚貝(幼生)を採取して育てる天然採苗方式が自慢で、だからこそ震災前、築地市場において相対で取引され高値がついていたのではないか。

 木を伐り、山を削り、川をふさぎ、海と陸との間に(地上だけではなく海中地盤にも)壁を築いて遮断してしまったら、地下水の流れが変わり、生態系に大きな影響があるのではないか。
 広田湾とくに米崎〜小友浦の内海は、三陸沿岸最大級のアマモが群生する藻場であり、幼稚魚の保育場として大変貴重であることは、数次にわたる環境省の「自然環境保全基礎調査 (浅海域生態系調査)」や岩手県「海岸保全基本計画」、そして地元(旧)県立広田水産高校の調査で何度も指摘されてきた。
 藻場などの生態系が陸前高田市の漁業を支えてきたのではないか。
 防潮堤や水門など復興工事によって、貴重な生態系が壊れてしまったり、富栄養化したら、岩手県が復興基本計画の中心に掲げている肝心要の「なりわいの復興」ができなくなるのではないか。
 環境省は「グリーン復興」を看板に掲げているではないか。
 これほど大規模で広範囲に影響が及ぶ工事を、環境影響評価も費用便益分析もなしで実施してしまうのは、かなり乱暴な進め方なのではないか。
 「将来、漁業を継ぎたい、やりたい」と考えている子供たち(現在の陸前高田市民だけに限定されない)の「自由」や「機会」を尊重し、将来世代に負の遺産を残さないために、せめて簡易版の環境影響調査だけでも実施すべきではないか。
 将来世代の「自由」や「機会」を尊重することは、現役世代の義務なのではないか。「持続可能な発展」を、そのような意味に解釈したい。


 国土交通省 水管理・国土保全局『河川・海岸構造物の復旧における景観配慮の手引き』(2011年11月) も、「(1)堤防の位置・線形 基本的な考え方」において、下記のように述べている。


 「堤防は、その性格上、規模や延長が大きくなるため、構造物の存在が地区の景観に圧迫感や周辺環境の中での違和感を与える要因となり得る。そのため、防護機能を十分確保した上で、地区が有する地形特性や自然生態系、被災による侵食や地盤沈下等の地形変化、背後の土地利用やまちづくり計画等との調整を前提として、周辺環境に馴染んだ位置・線形を設定することが望ましい。具体的には、迅速図等の過去の地図や航空写真、既往の海岸調査等※1により地区の地形や自然環境基盤を読み取り、自然地形(山付き部、砂浜、砂丘等)を考慮して、視覚的景観、生態系、サステイナビリティ等に配慮した堤防位置・線形を設定する。また、養浜等による砂浜の確保は防護および海岸環境の保全と復元の観点から重要であるため、将来の海岸保全のあり方も踏まえた検討を十分行う必要がある。
※今般の大震災からの施設復旧は、災害復旧事業により実施されることが想定され、原位置復旧が基本となるが、その場合においても、視覚的景観の向上、生態系への影響の極小化、サステイナビリティの確保等に資する位置・線形を可能な限り設定することが肝要である。」(p.12)

※既往の海岸調査等の例
海域自然環境保全基礎調査、重要沿岸域生物調査、浅海域生態系調査等

 「災害復旧事業だから自然環境に配慮しなくてもよい」ということでは全くない。防潮堤の天端高も幅も、「原型復旧」ではなく格段に大きくなるのだから尚更だ。(海岸法の規制については、こちらのブログ記事も参照)



参考: 陸前高田の豊かな生態系(アマモ場・干潟
環境脆弱性指標図(2012年10月海上保安本部作成)より
 陸前高田市気仙町 地先、

 黄緑色がアマモ場です。

 広田町 地先


○防潮堤の建設位置: 紫色の箇所です



(出所) 岩手県三陸南沿岸海岸保全基本計画 付図」](平成25年9月27日告示)


追記 2014年7月25日 仙台弁護士会は7月24日、防潮堤建設工事をめぐり、宮城県仙台市に対し、一定規模の工事には環境影響評価を義務付けるよう条例改正を求める意見書を発表した。河北新報を参照。「東日本大震災後の宮城県沿岸で行われている海岸堤防建設事業の見直し等を求める意見書」の全文はこちらです。】


追記 2015年1月13日:環境省「東北地方太平洋沿岸地域自然環境調査 重要自然マップ」】

環境省グリーン復興プロジェクト〜東北地方太平洋沿岸地域自然環境調査 重要自然マップ(2014年4月4日)」より転載。


○広田湾奥のアマモ場(米崎沖、高田松原沖)
 環境省生物多様性センター「生態系監視調査」による広田湾アマモ場の調査結果(2013年9月10日調査、調査代表者:仲岡雅裕氏・北海道大学)は下記のとおり。


「(7) 環境の概要
 陸前高田市の南部に位置する広田湾は、リアス式の湾であり、南東方向で太平洋に面している。環境庁の第4回自然環境保全基礎調査(1991)により当地には三陸地域でも最大規模の面積のアマモ場の存在が報告されており、周辺域のアマモ場群集のソースとして機能している可能性があり、非常に重要な存在であると考えられる。
 (8) アマモ場の概要・特徴(震災前後の比較を含む)
 本調査では、広田湾奥のアマモ場で潜水調査を行った。2005年の調査においては、アマモとタチアマモ2 種の分布が確認され、アマモは水深3m以浅に、タチアマモはそれより深い海域に分布しており、その境界は比較的明瞭であった。いずれの種も連続的に分布しており、密度、現存量共に非常に高いことが判明した。
 2012年度の調査では、震災前と同様にタチアマモとアマモの生息を確認したが、その生息状況は、震災前と異なっており、震災前と比較して、深場にもアマモが出現すると共に、陸側にもタチアマモが出現する場合も確認された。
 2013年度の調査では、津波による著しい攪乱を受けたと思われる高田松原側でアマモおよぶタチアマモの被度が減少傾向であった。このため、いずれの地点においても、今後のアマモ場の推移を注意深く監視していく必要がある。 」

(出所) 環境省自然環境局生物多様性センター「平成25年度 東北地方太平洋沿岸地域生態系監視調査 調査報告書」2014年3月、102頁。

○小友浦の干潟再生
 また、同報告書には、小友浦の干潟に関する調査結果(2013年8月8日に実施、調査代表者は松政正俊氏・岩手医科大学教授)も掲載されている。


 「(6) 環境の概要
 ・・・・現在は仮堤防が設置された場所(以前に堤防があった場所から約150メートル陸側)までが潮汐の影響を受ける潮間帯〜潮下帯上部となっている。将棋の駒のような形をした小友浦の北側と南側には水路が作られており、この水路沿いの一部にもヨシ原を伴った汽水域が発達している。 小友浦の海側の感潮域(以下、単に小友浦と呼ぶ)の底質は、北側1/5と南側1/5程では礫や比較的大型の軽石を伴った泥/粘土質であり、それらに挟まれた部分はパッチ状の砂泥域を伴った礫質となっている。潮下帯上部には礫を伴った砂泥域が広がっており、所々にアナアオサ等の小型藻類が繁茂している。さらに沖合にはアマモが見られる。/礫底の所々に見られる砂泥のパッチは埋在性の種類にとっては良好な生息環境となっているが、台風による波浪によって砂泥が洗い流される場合も多い。内湾に直接面しているため、底質の安定性は高いとは言えない。また、淡水の流入が少なく、現状では汽水環境が維持されにくいと思われる。
 (7) 底生生物の概要・特徴
 調査責任者らによる昨年までの調査(方法は本調査と異なる)では、36種のベントス(底生生物―引用者)が記録されていた。今回の調査では、最も種類の多かったB2のみで同数のベントスが記録された。また、マガキアサリの個体数も多く、極めて豊かな生態系が形成されつつある。種類数の多さをもたらす要因の1つは底質が礫、砂泥、泥と多様であることがあげられ、埋在生のベントスのみならず付着性のベントスも多くみられる。また、冷温帯区の南限に近いため、アシハラガニテッポウエビ属の1種といった温帯域の種類も混在することがあげられる。2011年3月の大地震・大津波以前のおよそ50年間は陸地であったので、現在認められるベントスは、この2年間に移入してきたものと考えられる。本干潟の種数の豊富さは、周囲の水域のそれを反映していると言えよう。
 ポイント毎に生物相を見ると、南側のA1の比較的高い場所にアシハラガニが生息していることは特筆に値する。小友浦を取り巻く水路の周囲にはヨシ原が発達しつつあるが、アシハラガニはそこにも多く見られる。本種の健全と思われる個体群が認められるのは、岩手県沿岸ではこの場所のみであろう。一方、北側のC1には埋在生のベントスが多く見られる。特にアサリが豊富に認められ、オオノガイも認められる。また、アナジャコ属の甲殻類が生息しており、予備的な調査ではバルスアナジャコが確認されている。本種の記録も岩手県では、初めてである。礫質を中心として所々に砂泥のパッチが発達しているBエリア、特に海側のB2は、上述のように出現種数が最も多いポイントであった。コアによる調査では数値に現れにくいが、B2を含む礫質の汀線付近はマガキで覆われている。定着のための基質と、塩分環境がこれまでのところマガキの生息に適しているためであろう(マガキは本来、中鹹水から多鹹水を好むベントスである)。このように、カキ礁に発達しそうな水域も、北三陸では希有である。
 (8)その他特記事項
 アシハラガニは、小友浦周囲の水路に沿って発達しつつあるヨシ原周辺に多く認められ、小友浦内部では、A1の仮堤防近くにのみ生息している。干潟部をより陸側に広げることが出来れば、干潟上部にヨシ原が発達し、アシハラガニ等が生息できる環境が形成されると予想される。また、海側の砂泥のパッチは、台風による波浪で失われやすい。干潟部をより陸側に広げることは、波浪の影響を受けにくい砂泥域の形成につながり、これによってアサリ等の埋在性ベントスが安定して生息できる環境が提供されると思われる。

(出所) 環境省自然環境局生物多様性センター「平成25年度 東北地方太平洋沿岸地域生態系監視調査 調査報告書」2014年3月、47〜48頁、53頁)

 
 干潟造成区域と干拓堤防建設位置

(出所) 吉野真史・伊藤靖・千葉達「東日本大震災地盤沈下区域における干潟の再生と生物多様性の検討」(漁港漁場漁村総合研究所『平成24年度 調査研究論文集』No.23)
 震災後に実施された小友浦の干潟再生に関する可能性調査についても、同上論文を参照。
 小友浦の干潟再生に関する住民説明会(2013年3月開催)でも、以下のような意見が住民から提起されている。
「・かつては豊かな干潟の自然環境が形成されていたが、現在は漁港周辺にはヘドロが堆積するなど環境が悪化している。
・自然再生のためにも干潟造成には賛成であるが、面積を計画より増やすべき。
・地元がモニタリングや管理に参画することは大いに賛成。
・かつてはバスで潮干狩り客が来ていた。観光資源としても再生してほしい。」(同上、pp.53-54)
 住民の期待は大きい。


 2月の陸前高田ゼミ合宿の際、小学生たちが「白鳥を見せてあげる、一緒に行こうよ」と、気仙川に連れて行ってくれた。



 白鳥たちは「陸前高田は過ごしやすいから、また来たんです」と言っているようだったし、震災で傷ついた子供たちの心を癒してくれているようだった。


3 工事終了までに長い時間のかかる復興計画
 人口増加を前提して「730万立方メートルもの膨大な量の土砂をダンプトラックで運ぶと10年かかる」ような、「市全体では2,000万立方メートル以上もの土砂が発生する」ような復興計画(土地利用計画)それ自体、ムリがあるのではないか。
 計画では「コンパクトシティ」がうたわれているが、高台の居住ゾーンが、嵩上げされる中心市街地の商業ゾーンと分離されてしまうと、高齢者の買い物はどうなるのか。
 平時でさえ権利調整に膨大な時間のかかる土地区画整理手法による宅地造成・かさ上げの面積は、陸前高田市において300ヘクタールに及ぶが、あまりに過大なのではないか。阪神・淡路大震災の後、人口150万人の大都市だった神戸市が実施した土地区画整理事業の面積よりも大きい。

 平成30年まで宅地造成工事をしている間に、高齢者は仮設住宅で亡くなってしまうではないか、
 小学校1年生だった子どもたちは中学校を卒業してしまうではないか

 他方で、もちろん。「今泉地区の1戸あたりの土地区画整理事業事業費は1億円以上かかる、1人あたりでは3,400万円もかかる」などといった単純な頭割り計算だけで復興工事の是非を判断すべきではない。
 「ベルトコンベアや防潮堤工事はゼネコンをもうけさせるためのもので、災害に便乗した税金のムダづかい」といった主張も乱暴で紋切り型で、互いの価値観のちがいを際立たせるだけに終わり、行政との対話、住民同士の対話を妨げるのではないか。


 先月、陸前高田仮設住宅で、年配の女性から、
「『3年待て』と言われて、今まで我慢してきたけど、さらに『あと2年待て』と言われると、この年になると、さすがにキツイ」
「入札不調などで工事が遅れると『あと3年待て』『4年待て』になってしまう」
「仮設なんかで死にたくない」
「わたし 生きているうちに 復活した陸前高田の街を見れますよね きっと見れますよね....」
という切実な声を伺った。
 また、「避難所で『シンドイのはみんな同じ』と思っていた震災直後よりも、自主再建が進み始めた今のほうがキツイ
とも言われた。
 その言葉を思い出すたびに、とても悲しい気持ちになる。

 「復興災害」などという不幸を絶対に起こしてはならない。


Ⅲ. 一人ひとりの人間の復興
 仮設住宅に暮らす年配女性の言葉がきっかけで、以下のように、極端に、「個人ベースの復興」を考えたことも何度もあった。
1 個人ベースの住宅再建
 宅地造成に使われる復興交付金の何割かを、個人の住宅再建資金の補助にまわしたほうが、被災者の住宅再建の選択肢が増え、人びとは今よりも幸せになれるのではないか。
 一戸あたり5000万円とか1億円もかかる土地区画整理事業の費用や、一戸あたり500〜600万円かかる仮設住宅の建設費用、国が各世帯に支給する被災者生活再建支援金(基礎支援金と加算支援金)、県・市からの住宅再建補助金等々を足し合わせてみる時、「個人ベースの住宅再建施策の充実」という考え方は、福祉の観点から見ても、効率性(費用対効果)やスピードの観点から見ても、必ずしも非現実的だとは言い切れないのではないか。国の復興交付金を原資として、都道府県を通じた間接的な形で、住宅再建補助に公費を投入する施策は現在でも行われている。

 「個人の資産形成に国費を投じられない」「国費で『焼け太り』は許されない」などと言われるけれども、現在、被災地で進められている土地区画整理事業においても、「減歩で先祖代々の土地を奪いとられる」と認識している被災者や、「換地後の宅地面積をどの地権者も一律に100坪以下にする措置は、公平性に欠ける」、「区画整理事業の前と後とで土地の価値が照応しなければならないという『照応原則』が守られていない、地価が上昇する見込みもないので『照応』しない」と、不公平感を抱いている被災者は多い。
 市や県は、後々、深刻な訴訟リスクを抱えることにならないか。
【追記 2014年8月15日:最近、市は、「高台に移り住む条件として、宅地引き渡し後2年以内に住宅メーカーとの建築契約が必要」という説明を始めている。岩手日報2014年8月14日付を参照。】


2 アメリカの住宅再建支援の事例
 「自助努力の国」と言われるアメリカ合衆国においても、2005年に発生したハリケーン・カトリーナとハリケーン・リタ災害の後、連邦議会は、連邦政府からの財源をもとにして、戸建て持家住宅所有者に対して最大15万ドルの再建支援金を支給することを決定した(総額197億ドル)。これは合衆国史上最大の住宅再建支援プログラムだと言われている。
 連邦政府からの補助にもとづいてルイジアナ州の住宅再建支援プログラムが創設されたが、同プログラムは、当初、災害前の住宅資産価値または住宅損害額のうち低い方をベースに支援金額を算定していたため、アフリカ系アメリカ人など貧困層は、支援金額と再建金額とのギャップが白人よりも大きくなり、住宅再建が困難な状況に置かれていた。
 それゆえ、後に、人権保護団体らは、「州の住宅再建支援プログラムは、アフリカ系アメリカ人に対する制度的な人種差別だ」として、住宅・都市開発省とルイジアナ州復興局に対する集団訴訟を連邦地方裁判所に提起した。
 その後、和解が提起され、住宅・都市開発省は、追加的ファンドの支払い、損壊の評価額をベースに支援金額を算定する新しい住宅再建プログラムを創設することが決定された。
 このように、アメリカでは、災害が「社会的弱者」に及ぼす影響に関する問題意識や、それを緩和する連邦・州政府の積極的な政策を求める声は日本よりもはるかに高い。公正住宅法(1968年)や住宅コミュニティ開発法(1974年)も存在する。リベラリズムの伝統なのか。
 災害発生後のブッシュ前大統領や連邦緊急事態管理庁FEMAの対応のまずさや「災害便乗資本主義(ショック・ドクトリン)」の側面が日本に紹介されることは多いが、ハリケーン・カトリーナから立ち直ろうと努力する合衆国の教訓から学べることはたくさんあるのではないか。
 特に、「堤防の決壊は『自然』災害ではなく人災だ」と捉える視点、自助努力の国に合衆国史上最大規模の住宅再建補助制度が創設されたという点、社会的弱者への配慮という視点、弱者の住宅再建を支援する様々な民間団体や全国のボランティアの存在という点には、学べることがたくさんあるように思う。


3 「コミュニティの復興」は善か?
 もし「個人ベースの復興」を進めると、市外への転出が増え人口が減少し、旧来のマチやムラは持続不可能になってしまうかもしれないけれども、それでも、一人ひとりの人間は、住宅再建の選択肢が増え、今よりは幸せになるのではないか。(自分の親もそうでしたが、「住み慣れた土地を離れたくない」という気持ちは重々理解しつつ....)

 近年、そして震災後は特に(国の助成金もつくので)、「コミュニティ・○○○」「ソーシャル・○○○」といった耳ざわりの良い横文字で、あるいは「絆」という曖昧な日本語で、伝統的な地縁共同体や共同体意識が、「古き良き日本、東北」として、もてはやされてきたけれども、そして私自身もこれまで肯定的に使用してきたけれども、日本の場合、「コミュニティ」は、「近代」によって「上から」つくりだされたものなのではないか。一人ひとりの人間の人生を束縛する「絆」でもあったのではないか。

 (陸前高田でいまだに「屋号」が当たり前のように使われていることにとても驚いてしまった、都会育ちの私の個人的な印象ですが、陸前高田は、「本家の嫁はかくあるべき」といった「本家」「分家」「嫁」「婿」などのイエ意識がとても強い地域だ、と感じます。陸前高田を好きになれない理由の一つです。子供・女性・シングルマザー・シングルファーザー・非正規雇用者・高齢者・障がい者など、立場の弱い「個人」の復興が後回しにされていなければよいのですが。)

 戦後日本の社会科学研究者たちは、日本の地縁共同体や共同体意識を「前近代的、封建的な遺物」として、今日とは真逆に取り扱い、「自律した個人、市民」になるように人びとを「啓蒙」しようとしてきたではないか。
 3.11の原発事故や津波災害を「近代化の災禍」「文明の災禍」だと批判するのであれば、戦後日本の「コミュニティ」のありようをも、同じように批判的に検討しなければならないはずだ。戦後、日本全国、津々浦々で、この「コミュニティ」が、マチやムラが、一丸となって、沿岸部の埋立開発やリゾート開発、大企業誘致、ひいては原発誘致を、推進・容認してきたのだから。

 「地域資源Aと外部資源Bとをつなげればwin-winの相乗効果が生まれコミュニティが活性化される、雇用が創出される、交流人口が増大する」云々といった、企業戦略論を模写したような「コミュニティ・デザイン論」「ソーシャル・ビジネス論」が全国的にブームだけれども(自分もそう考える時が多いけれども)、そうした平時の「○○論」の中に、分配の正義、よき生、人権、公共的討議、民主主義など、「よき公正な社会」に関する何らかの規範はあるのだろうか。「規範抜きのデザイン学」(山脇直司『公共哲学からの応答』)になってはいないか。あまりに楽天的すぎないか。
 


 これらは極端な思考法かもしないが、「人間の復興」を主張するのならば、「一人ひとりの人間の幸せ」にまで突き詰めて考える必要があろう。
 津波被害があまりにも甚大だった陸前高田では、
「マチやムラの復興」と「一人ひとりの人間の復興」とが一致しないような事態が生じている
従来の災害法制が想定していなかったような事態が生じている
と感じる。


Ⅳ. 仮設暮らしの長期化はもはや「人権」の問題
 が、今回あらためて陸前高田の地に立ってみると、そんな「悠長」な思考など何の意味もないかのように、後戻り不可能で巨大な人工物がそびえ立っていた。

1. もはや技術的なことに望みをかけるしかない?

 行政関係者だけでなく市民のみなさんからも、
「いろいろ問題があることは百も承知」、
「でも」、
「ダンプで運んだら○○年かかるところをベルトコンベアだと○年に短縮可能」、
「ダンプの数も○○○台に減り交通事故や渋滞も削減することが可能」
等々、技術的なことに望みをかけるしかないかのようなご意見を何度も聞いた。

 いつまで経っても山林のままの移転予定地もあるので、それに比れば、毎日2万立方メートルもの土砂を運ぶ能力がある巨大ベルトコンベアは、明らかに、目に見える復興のカタチなのだろう。
 そのこと自体は理解できる。


2. 震災当時の小学校1年生はもうすぐ5年生
 最近の岩手日報に小学6年生のメッセージが掲載されていた。
 「今住んでいる仮設住宅は、風の音がうるさいし、結露もひどい。復興住宅の工事がもっと早く進んでほしい。」

 (私たちも鈴木旅館滞在中、暴風、豪雪、停電、断水、通行止めを体験し「ひどいめにあった」と感じていましたが、このメッセージを読んで初めて、仮設に暮らすこの子はその何倍もひどいめにあっているのだと気づかされました。自分の感覚の麻痺を反省したいと思います。)

 この子に、巨大ベルトコンベアがいかに優れた技術性能をもっているかを説明し「2015年5月には土砂の搬出が終わって、2017年中頃には家が建てられるようになるから」と言ったら納得してくれるだろうか。
 「巨大ベルトコンベアがなかったら、もっと遅くなったんだよ」と言ったら納得してくれるだろうか。
 
 今の日本では、この子の望みはかなえてあげられないのだろうか。

 「あともう少し」「あともう少し」と言われ続け、震災当時に小学1年生だった子は、もうすぐ5年生になり、宅地造成が完了し住宅再建できる頃には中学校を卒業してしまうではないか。
 この子たちの将来は明るいと言えるのだろうか。
「貧困の連鎖」に陥るリスクは高いのではないだろうか。


3. 「被災者一人一人の幸福追求権の保障」が岩手県の「復興の第一原則」
 応急仮設住宅での暮らしの長期化の問題は、もはや人権に関わる喫緊の課題になっている、
と言っても過言ではない。(「住民が同意した」云々の手続きレベルを超えています。)

 人権問題の解決を優先して加速化する必要があるのではないか。

 「人権問題の解決のためにも、巨大ベルトコンベアで加速化を」なのだろうか?

 ちがう。


 日本国憲法第13条の条文を持ち出すまでもなく、岩手県の「東日本大地震津波からの復興に向けた基本方針」(2011年4月11日決定)では、「基本方針を貫く原則」の第一として、
被災者の人間らしい『暮らし』、『学び』、『仕事』を確保し、一人ひとりの幸福追求権を保障する。」
と掲げられている。(こちらを参照)

 震災直後に、被災者一人ひとりの幸福追求権の保障を復興の第一原則に掲げ復興方針を取りまとめた達増拓也知事の慧眼とリーダーシップには感服する。

 しかしながら、震災からもう3年が経ったにもかかわらず、今なお、多くの人びとが、想定使用年数を超えた応急仮設住宅で不自由な暮らしを余儀なくされている。

 上述の小学生は、個人として尊重され、彼の「幸福追求権」は、巨大工事に優先して「保障」される。県の責任において。
 これが岩手県の復興の第一原則であり、「県が実施する全ての政策と行動の基本となる根本原則」だったはずだ。

 我慢強い岩手の子供たちが、今の応急仮設住宅での暮らしを「ひどい」(「人間らしい暮らし・学び」ではない、「幸福」ではない)と言っていることに、とても心が痛む。

 どうか 子供たちの仮設暮らしの状況が少しでも改善されますように。

 どうか 巨大工事の加速化を進めれば進めるほど、人手不足や資材不足が発生して工事単価が上昇し、被災者は家を建てられなくなる、といった本末転倒で不幸な事態が起こりませんように。

(文責 伊達浩憲)



【参考】
子どもの貧困対策の推進に関する法律(平成26 年1 月17 日施行)

第1条(目的)
 この法律は,子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのないよう,貧困の状況にある子どもが健やかに育成される環境を整備するとともに,教育の機会均等を図るため,子どもの貧困対策に関し,基本理念を定め,国等の責務を明らかにし,及び子どもの貧困対策の基本となる事項を定めることにより,子どもの貧困対策を総合的に推進することを目的とする。

第2条(基本理念)
 子どもの貧困対策は,子ども等に対する教育の支援,生活の支援,就労の支援,経済的支援等の施策を,子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない社会を実現することを旨として講ずることにより,推進されなければならない。


【追記】将来世代=子どもを貧困にしていないか
 日本全体で見ても、子どもの貧困率は増大しています。
 2012年(H24)時点で、子どもの16%は、親の可処分所得が貧困線の122万円(月10万円)に達していません。
 特に、「大人が1人」の世帯の子どもは、半数以上が貧困です。


(注) 「子どもがいる現役世帯」に含まれる「大人」には親以外の世帯員も含まれるため、「祖父(母)と子ども」「18歳以上の兄姉と子ども」といった場合等も考えられ、「大人が1人」の世帯は、「ひとり親世帯」とは限りません。
(出所) 厚生労働省平成 25 年国民生活基礎調査」(2014年7月公表)


 子どもの貧困率(2010年)について、OECD諸国の中での日本の位置を見ると、下のようになります。
 惨憺たる状況です。

(出所) 内閣府『平成26年版 子ども・若者白書』


 就学援助を受ける小中学生の数も全国で増え続けています。2012年時点で、6人に1人の子どもが就学援助を受給しています。

(注1) 学校教育法では、「経済的理由によって就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない」とされており、生活保護法第6条第2項に規定する要保護者と、それに準ずる程度に困窮していると市町村教育委員会が認めた者(準要保護者)に対し就学援助が行われている。
(注2) 就学援助率とは、公立小中学校児童生徒の総数に占める就学援助受給者(要保護児童生徒数と準要保護児童生徒数の合計)の割合。
(出所)内閣府『平成26年版 子ども・若者白書』


 被災地の子どもの状況は、下記の新聞記事から、少しだけ想像することができます。


 国は東日本大震災被災世帯向けに、通常の就学援助とは別に「被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金」を設けた。自宅が被災したり、保護者が失業したりした世帯の子どもが補助対象で、被災地では就学援助を受けられる子どもが急増した。
 (岩手)県教育委員会教育企画室によると、12年度に就学援助(学用品費等)を受けた小中学生の割合は、大槌町で50.22%(904人中454人)、陸前高田市で44.25%(1,593人中705人)、釜石市で31.93%(2,646人中845人)。

◇就学援助…小中学生らに学用品費、修学旅行費、給食費など学校に通うための費用を補助する制度。生活保護世帯にあたる「要保護世帯」と、市町村が生活保護に近い困窮状況と認定した世帯を対象にした「準要保護世帯」がある。補助を受ける全国の小中学生は、記録が残る1995年度の77万人から、2011年度には157万人に倍増。震災後に設けられた「被災地枠」の補助額は11年度からの4年間で、総額411億円と見込まれている。
(YOMIURI ONLINE 2013年9月13日)

 こちらは、盛岡で活動するNPO法人「インクルいわて」さんのブログ記事です。岩手日報2014年4月21日付「母子家庭の貧困深刻化」の記事を読むことができます。「被災地は交通事情が悪く、車は必需品だが、現行制度では車の所有が生活保護受給のネックになっている。不正受給問題で受給者に対するまなざしが厳しくなったのも申請をためらう要因だ」と指摘されています。

 The Huffington Post Japan「【3.11】復興政策や福祉政策からこぼれ落ちる被災地のシングルマザーたち 悪化する『貧困』と『孤独』」(Chika Igaya、2014年4月1日)はこちら



続きです。
《米沢商会》

 津波の恐ろしさを伝える建物
 社長さんはこの建物の煙突部分にかけ昇って助かりましたが、ご両親、ご兄弟は、指定避難所になっていた市民会館に避難して亡くなられたそうです。


 遺族の方々が設置した献花台。

 市民会館や市民体育館にむかって 合掌させていただきます。


 高田一中の仮設住宅から、米沢商会の方角を撮影。


陸前高田駅》

プラットフォーム

中央の建物は道の駅。

駅前通り

米沢商会の建物が見えます。


 恥ずかしながら、私は震災前の陸前高田を知らないし、街の痕跡もなくなってしまっているので、Oさんに教えてもらったYoutube「震災前の陸前高田の街並みと高田松原の花火」にリンクをはらせていただきます。