陸前高田に茶摘みに行ってきました !

 5月31日から6月3日まで、伊達ゼミ有志で陸前高田に茶摘みに行ってきました。

 まだ身体がヘロヘロなのですが、まずは第一報をお届けします。

 先発の茶摘隊の永井・岡嶋組は5月30日〜6月1日の滞在、後発隊は5月31日〜6月3日で小林幹事長と伊達。(もう一人参加するはずだったのですが、まさかのトラブル発生)
 


 6月1日(日)、「北限の茶を守る 気仙茶の会」主催で、米崎町の茶園にて、地元住民や高田高校美術部の皆さんが茶摘みをしました!

 この茶園は、気仙茶の会が茶園再生を進めてきたところです。

 朝、まずは、菊池会長がご挨拶。そして摘み方の説明。

 おそろいの篭を持って、茶摘み開始!


 高田高校美術部の皆さんです。「一芯二葉ってこんな感じ〜?」と楽しそう。

 茶摘みしながら、顧問の先生と少しお話しさせていただきました。
 「震災後、企業等の団体から、大学・専門学校進学のための寄付金をたくさんいただき、とてもありがたかったです。寄付がなかったら、進学をあきらめた子が多かったと思う」
とおっしゃってました。



 脚立を使っての茶摘み。


 柔らかい新芽が多かったです。


 茶摘みが一段落すると、高校生たちはテントの中で描きはじめました。
 とても暑い日でしたので。


 この子は、ず〜っと茶の樹の前に立って、デッサンをしていました。
 気づかれないように、後ろからチラっとのぞいて見てみると、かなりの力作で、びっくり!


 こちらの子は、「私、米中(米崎中学校)の頃、茶摘みやったことあるし」と、ひたすらデッサンしていました。摘みこさんを描いているのでしょうか。


 茶摘み終了後、摘み取った生葉を、農協の「北限の製茶工場」へ運びました。


 東京から夜行バスでかけつけてくださった「しもきた茶苑」の大山さんが、汗をかきかき、製茶機械を微調整しておられました。

 

 茶審査技術十段の技 !
 大山さんのおかげで、美味しい新茶になりそうです。


 高校生たちは、カチャン カチャンという精揉機の動きに興味津々の様子。


 また会おう 高田高校 美術部 !
 絵が出来上がったら、ぜひ、絵葉書シリーズにしてください !



 地元の高校生が地域住民と一緒に茶摘みをしたり、地域資源についてじっくり考えてもらったりすることを「気仙茶の会」はとても大切にしています。
 5月30日には、米崎町の茶園で、大船渡東高校の生徒と、仮設住宅に暮らす年配者とが「大 茶摘み交流会」をしました。
 岩手日報』5月31日付はこちら

 フロムいわて制作の動画(Youtubeより)もご覧ください。


 岩手日報』6月2日付に、大船渡東高生のインタビュー記事が載ってました。
「初めての作業は新鮮で、茶摘みができる喜びを感じた。気仙茶は地元の特産品でおいしい。農芸科学科食品製造班は、ようかんやマカロンなどの茶を練り込んだ加工品作りに取り組んでいる。商品化され、地元の特産品となり、地域に貢献できればうれしい。」
 「茶摘みができる喜びを感じた」
 ほんとにそうなのだろうなと思いました。

 特産品化もがんばれ〜(個人的にはマカロンが食べてみたいです)
 応援してます 大船渡東高校 農芸科学科 食品製造班 !
 


永井さん(M1)の茶摘み日誌
 5月30日、12時54分京都発の新幹線に乗って、岩手県陸前高田に向う。
 前回訪れたときから、およそ8ヶ月ぶりになります。
 今回は、今までとは違って、レンタカーを利用して現地に向かいました。
 慣れない道を走ることに不安を覚えていましたが、気仙沼バイパスのほうを通ればほぼ一直線で、気仙沼あたりからはナビがなくても迷うことなく、「気仙茶の会」の菊池会長宅に着きました。
 これも、昨年の長期滞在のときに、会長がいろんなところに連れて行ってくださったおかげだなと思います。

 8ヶ月ぶりの陸前高田は、ものすごく懐かしい感じがしました。
 一ノ関を出発し、陸前高田に向かうときはまだ明るかったのですが、気仙沼を過ぎたあたりからはもう日も暮れていたので、周りはよく見ることができませんでした。
 でも、道中、去年や昨年の出来事を思い出しながら、菊池家に向かいました。
 20時頃、家に着いたら、会長が出迎えてくれました。
 奥様の東代子さんは、水沢で踊りの大会をひかえ、その練習でまだ帰ってきておらず、「忙しいときにきてしまったのでは?」と心配でした。
 が、東代子さんは帰ってきてから、
「あいや〜 久しぶりだね〜」
「遠いところからよくきてくれたね〜」
と、久しぶりの再会を笑顔で迎えてくださったので、嬉しかった。

 その後、NICEのメンバーや私たちの近況などを話しながら、夜遅くまで食事とお酒を楽しみました。


 5月31日、朝はYさんのモーニングコールで目が覚めました。
 「いつ来るの?」と心待ちしてくださっていて、うれしく思いながら、「今日の夕方」と約束をしました。

 その後、朝ご飯を食べて、作業の支度をして、会長とお話しながら前田さんたちの到着を待ちました。
 前田さんは、
ほんっとに よく来てくれたね〜」
と少し涙を浮かべながら、私たちの訪問を喜んでくださいました。
 雫石からやって来て、気仙茶のためにバリバリ活動されている、前田さんの苦労や心遣いが少し伺ええたような気もしました。
 前に、先生が、
「『支援している人の支援』も大切だ」
と言っていたことがわかったような気がします。

 今日は、午前10時から、小友町にあるMさんの茶畑で茶摘みです。
 気仙町の紺野さんの茶畑でも、震災前からの茶摘みメンバーたちが集まって、茶摘み娘の格好をして、念願の茶摘みが行われています。

 Mさんの茶畑に到着すると、もうすでに茶摘みは始まっていました。
 まず、水沢から来られたKさんにご挨拶。
 Kさんは、しゃおしゃんの大ファンで、10年前からお茶摘みを手伝っているそうです。
 次に、この茶畑の持ち主のMさん、
 そして、その旦那さんのお姉さんとその旦那さんのTさん。
 前田さん、佐藤さん、司さん、小野さん。
 岩手県立大学の山田佳奈先生。
 計10名のメンバーで茶摘みをしました。

 茶摘みの風景です。

 せっせとお茶を摘んでゆく会長。
 摘むスピードがとても速かった。
 小野さんたちと、「会長は目がいいんだな〜」って話をしていた。
 本当に、何をするのも早くて、私も見習いたい。

 女性3人組は、いっぱいおしゃべりしているのに、とてもたくさんの量のお茶を積んでいた。
「Tさん(旦那さん)はプロだからねぇ」
と話していた。

 12時前くらいまで、小休憩やお昼休みをはさみながら、お茶摘みを楽しみました。
 気温は、30度前後。
 とても暑かったのですが、京都の嫌な暑さとはちがって、海から運ばれてくる風がとても気持ちよかったです。

 お茶を摘んだあとは、製茶工場へ。
 製茶工場へは、水沢のKさんが車で送ってくださいました。
 「気仙茶はですね、身体にあっているといいますか、自然と入ってくるんですよね」
と気仙茶の魅力について話してくれました。
 工場へ着き、摘んだお茶を搬入する。
 重さを測る前に、床にビニールシートしき、摘んできたお茶の葉を広げ、枯葉や虫が混ざっていれば取り除く。
 搬入作業をしていると、もう一件のお客さんが訪れました。
 前田さん、気仙茶の会以外にも、お茶摘みをされているところはたくさんある。
 もっともっと栽培面積を増やして、自分の茶園で摘んだお茶オンリーの気仙茶がたくさんできたら、もっと嬉しいのではないかなと思いました。


 製茶工場から帰ってきてから少し休み、Yさんのところへ向かいました。
 ふらっと行きたいときにさっと出発できるのがレンタカーの強みですね。
 道も迷うことなく、Yさんのお宅まで到着することができました。
 Yさんは私たちの顔をみると、ぱぁっと明るい顔をみせてくれました。
 そのままかけよって、再会のハグ。
「よー来てくれた」
と本当に喜んでくれてるのがとても伝わるくらい抱きしめてくれ、一緒に家の中にいきました。
 Yさんは、なんと、朝の4時から、いなり寿司をつくって、私たちが来るのを楽しみにしていてくれたそうです。
 申し訳ない…。
 そして、大学を卒業して社会人、院へと道を歩み始めた私たちを祝ってくださいました。
 今回、車でいくってことを伝えていたら、ご祈祷まで・・・。
 本当に私たちのことを考えて、心配して、いろんなことをしてくれるYさんは、私たちにとって本当のおばあちゃんみたいです。
 この後すぐに別の用事もあって、1時間もいることができなかったのですが、お互い近況を話し合って、お土産をどっさりもらって、さよならです。
 「行かないで」
っていうYさんの声が忘れられません。
 もしかしたら、今でも毎日のように泣いているのかもしれません。
 Yさんが失ったものはとても大きくて、それが還ってくることはもう二度となくて、でも精一杯生きている。
 Yさんが多趣味なのも、出会いを大切にしているのも、ぽっかりと開いた穴を埋めるためなのかもしれない。
 以前はなかったけど、今回増えていたキーボード。
 亡くなった娘さんがピアノをやっていたのだそうです。
 「自分は弾けないけど、学生さんがきたら弾いてもらうために買った」
って言っていました。
 つらい中でも、幸せをみつけよう、つくろうとしているYさんの前向きな生き方に勇気をもらえます。
 それがYさんの強さなのかもしれません。
 でも、別れ際に流したいた涙も本物で、弱さもあります。
 だから、私は何度でもここを訪れて、Yおばあちゃんに会いにいきたいと思います。
 たくさん泣かせてしまって、別れるのが本当に辛かったです。
 でも、「またくるから、それまで元気にしてて」といって、車に乗り込みました。


 菊池家に帰ってきたら、東京・下北沢から駆けつけた大山十段がお茶を淹れてくださった。
 東代子さんは、
「いろんなお茶を飲み比べてみたけど、気仙茶が一番おいしい ! フルーティーなんだ」
って言っていました。
 大山十段が淹れてくれた気仙茶は、ひと晩、萎凋(いちょう)させてから製茶したそうです。
 皆さん、「こんなにおいしくなるのか」と驚いておられた。
 お茶の味製法次第で変わっていくんですね。
 気仙茶のこれからを考えていく上で、とても重要なことだと感じました。



 「陸前高田大船渡の伝統ある気仙茶を後世に守り継ぎたい!」(READYFOR)にご協力をお願いします!