南山城村 茶畑日誌 7/5 7/6

平尾
 7月5日、ゼミ生二名で茶畑活動に行きました。
 前日に雨が降っていたので長靴とカッパをお借りしていざ出発。
 今回は
 ・寒冷紗掛け
 ・寒冷紗巻き取り及びピン外し
 ・刈り取った茶葉が入った袋の運搬
 ・持ち帰った茶葉をコンテナ詰め
 ・茶畑周辺の雑草刈り取り
というこれまで行ってきた作業のフルコースでした。


 それでもこれまでの経験のおかげか、2人でも作業効率を下げることなく尽力しました。
 特に、森島さんが、茶葉が大量に入った袋を1人でかついで運んで行く姿は、見ていて、
「僕も頑張らなくてはっ!!」
と自分を鼓舞させるほど頼もしい光景でした。

 毎度のこととはいえ、毎回人数分のお弁当と、休憩中にいつもお茶やお菓子を御馳走になるのは本当にいつも感謝すべきことだな……とありがたく頂いているのですが、今回は、なんと、それに加えて
スイカ
を頂きましたっ!

 旬としてはまだ先ですが、それを感じさせない甘さがあり、おかげ様で茶畑での活動もより精を出して頑張ることができました!


(甘い匂いに誘われたのか珍しくノコギリクワガタが……笑)

 午後の作業も終わる頃、ふと
「この活動もあと残りわずかか……」
と少し寂しく思っている自分がいることに気付きました。
 僕は来週19日が最後の参加日です、悔いの残らないように最後まで少しでも力になれたら。
 と、今更ですが、改めて気持ちを一新することのできた一日でした。


 


池田
 7月6日(日)、ゼミ生4名で活動させていただきました。

 この日の午前中、まずは雑草を刈り取る作業をしました。
 小さいお茶の木の側に生えている雑草を抜いていきます。
 雑草は根元から抜かないとまたすぐに大きくなってしまうからです。
雑草の生命力はすごい…)



(左側が雑草を抜いた後で右側がまだ雑草が生えている状態です)

 また、このお茶の木はこれからまだまだ生長していくそうです。
 今、お茶の葉を刈り取っている木くらいの大きさになるのかな?と考えると、お茶の木の生長もとてもすごいと感じました。

 この作業が一段落すると、今度は向かいにある茶畑のお茶の木についている洗濯バサミをはずし、寒冷紗を巻き取っていく作業をしました。
 木野さんに
「午前中は6すじ寒冷紗を巻き取って」
と言われていましたので、この日の午前中はそれを目標にしながらテキパキと作業を進めることができました。

 寒冷紗を巻き取るときは3人一組になり、その後を残りの1人がお茶の木の隙間から生えている雑草を抜きながら作業を進めました。
 そして、この後を乗用型採取機「ななこ」に乗り、お茶の葉を刈り取っていきます。
 刈り取ったお茶の葉は軽トラに積まれ、工場へと運ばれていきます。


 みんな慣れてきたのか、寒冷紗を巻き取る作業などとてもスムーズに進み、お昼になる前に、木野さんに言われていた6すじの寒冷紗を巻き取る作業が終わりました!!

 休憩を挟み、午後からも再び寒冷紗を巻き取り、雑草を抜き、乗用型採取機「ななこ」でお茶の葉を刈り取っていく作業を行いました。
 しかし、午後は作業の途中で雨が降ってきてしまったので作業を中断し、木野さん宅へ撤退しました。

 木野さんのお宅へ帰ってきてからは、今日刈り取ったお茶の葉をコンテナへ移す作業をし、その後、お茶の葉を商品として売る際に使われるパッケージにシールを貼り付けていく作業をしました。

 ここで今日の作業は終了しました。

 木野さんの茶畑へお手伝いに行けるのももう残り少ないです。
 次回もがんばっていきたいと思いました。


中川
 7/6(日)、4名で南山城の木野製茶園さんへ向かいました。
 最初は快晴でしたが、昼ごろから雨が降ったり止んだりで蒸し暑く、たまに吹く風が心地いい一日でした。

 この日の作業は、毎回行っていた茶畑とは違う茶畑に行き、草むしりから始めました。
 斜面だったので中腰での草むしりは大変でした。
 それからすぐに他の茶畑の方に行き、茶葉を摘採するため、毎度おなじみの寒冷紗を巻き取っていく作業。
 初めて茶畑の作業をさせてもらった時は、3人で息を合わせて行うので、うまくできなかったのですが、今となっては、
みんな
「もうベテランやなー」
と言われるまでに。

 作業合間の休憩のときに、木野園で働いておられ、冬になると気仙沼で酒造りされているOさんから、震災時の貴重なお話を聞かせていただきました。

 あの津波で、Oさんが働いておられた酒蔵も流され、お住まいは建物だけが残り、屋内のものすべてが流されてしまいました。
 現在では、酒蔵での酒造りも再開されて、Oさんも酒造りの期間だけ仮設住宅で生活されているそうです。

 Oさんは、
陸前高田に行くときは、気仙沼にも遊びにおいで。近いよ。」
とも言っておられました。

 昼からも寒冷紗を外して、茶葉の摘採を行いましたが、途中から雨が降ってきて、それからも断続的に降り続けたので、木野さん宅に帰り、出荷される「ほうじ茶」のパックに、木野園のシールを張る作業をし、少し早めに一日の作業を終えました。

 今シーズン最後の活動でした。
 木野製茶園でお茶づくりに関わらせてもらってから、今まで知らなかったお茶についてたくさん学ぶことができました。
 お茶づくりがこんなに大変なことなのだと知りました。

 このつながりを大事にして、また木野製茶園さんにお邪魔させていただきたいと思います。


重田
 7月6日(日)、今回の茶畑へのお手伝いはゼミ生4名でいかせていただいた。
 前回行かしてもらう予定だった日が雨で中止になったので、久しぶりの活動だった。

 茶畑につくと、まず初めに寒冷紗をかける作業をした後に、ちがう茶畑に移動し、いつものように収穫をするお手伝いをさせていただいた。


 午後からも収穫の作業をおこなっていたが、雨が降ってきてしまい、途中で作業が中止になってしまいました。
 なので、木野さんの家に帰り、ほうじ茶を出荷するためのシール貼りをさせていただいた。
 大事な作業なので、シールを貼る時にずれないように慎重に作業を行った。

 今回は、いつも作業を一緒にしてくださっているOさんと様々な話をすることができた。
 Oさんは、4月〜9月ごろまでは茶業をして、10月〜3月の間は気仙沼で酒造りをされています。
 いつもお茶のことや、作業のコツなどを丁寧に教えてくださいます。
 そんなOさんが気仙沼被災したことを、今回直接教えていただきました。
 Oさんのお住まいは津波で流され、外枠だけが残ったような状態で、家財道具も衣服も全て流されてしまい、
 「本当に何もなくなってしまった」
 「もし、震災当日、自分が仕事場に行っていなかったら、どうなっていたのかわからない」、
とおっしゃっていました。
 震災後は仕事もできる状況ではないので、関西の実家に帰ったそうです。

 いつも伊達先生がおっしゃっている、「震災後に被災地を離れて暮らしている人の複雑な感情」を、そのような経験をされた方から直接話を聞くのは、もちろん私は初めてでした。

 Oさんは冬になると、気仙沼に戻って仮設住宅に住みながら、酒造りをされています。
 「冬合宿の際にはぜひ来てほしい!」
と言っていただいた。
 絶対に訪れたい !

 今回、話しにくい内容にもかかわらず、私たちに震災当時やその後のことについて詳しく教えていただいたOさんには、本当に感謝したいです。