陸前高田合宿 3回生 【速報】

 9月9日〜12日、陸前高田において3回生ゼミ合宿を行いました。

 まずは、前日に陸前高田に到着した伊達の印象から。

 震災から3年6ヶ月たった高田町の市街地
 「かさ上げ工事本格化」という見出しの新聞記事を最近目にしましたが、この地に立ってみると、いったいどこの区域のことを指しているのか、わかりませんでした。
 その記事には、「高台造成地やかさ上げした市街地に家を建て始められるのは多くが3〜4年先になる。将来を見通せず、移転先を決めかねる被災者もいる」とも書かれてました。
 工事が「本格化」しても出来上がるのが「3〜4年先」という時間の感覚が自分にはよくわかないのだ、と気づきました。



 海沿いのほうに見える巨大ベルトコンベア、今泉地区の削り取られた山々、試験盛り土(本格的な盛り土工事はほとんど始まっていない)、通行止の看板が立つ駅前通り、完成間近の市内初の災害公営住宅120戸分(全体の供給予定戸数は1,000戸)。それ以外、ここの景色は変わっていないように見えてしまいます。
 「街の顔」=中心市街地の復興にこんなに時間がかかっていることに、とても胸が痛みます。


 今回の訪問では、「商業者の葛藤」がとても印象的でした。
 お会いした商店主の方々は、先行的に嵩上げ工事される中心市街地で商売を再建するのか、それとも、完成までに長い時間のかかる高台などで再建するのか、それ以外の場所にするのか、商売をやめるかについて、真剣に悩んでおられました。
 市役所では、意向確認の相談会が開催されていました。
 そもそも商業ゾーンと居住ゾーンとが離れている復興計画になっているし、スーパーもイオン(米崎町)やマイヤ(竹駒町と米崎町)が中心市街地の両側に陣取ってしまっているし、JR大船渡線陸前高田駅がどうなるかもわからないし、家が建つのは3〜4年後だし、復興需要(建設関連需要)もやがて減少に転じていくだろうし、生産年齢人口も急速に減少するし....。
 自営業者がどこで商売を営むのかという選択は、かなり複雑で難解な問題です。
 商店主家族の住居の問題もあります。

 「商業者としては、どこに・どれくらいの人数が住むのか、人の流れがどうなるのかを詳しく知りたいのだけれど、現状では、それがどうなるのかは、まったく見えてこない。街がどうなるかもわからないのに、『どこで商売をしますか』『いま決めてください』と言われても、答えがでない。卵が先かニワトリが先かと同じで、ゼロからの街づくりの中での商業集積づくりは、本当にむつかしい。震災前、土地持ちだったのか、借地やテナントだったのかによっても、補助割合に違いがあるので、商店主の考え方がちがってくる」
 「1日も早く、仮設くらし+仮設店舗営業から脱出したいけれど、中心市街地に店舗をつくっても、客が来ないんじゃないかとか、また津波に流されるんじゃないかという気持ちもある。10年後、かみさんから『ほら、やっぱり高台にしておけばよかったのに。だから言ったじゃないの!』と、真剣な顔で責められている夢を見た」
と、ある商店主はおっしゃっていました。
 また、別の商店主は、「もしあと10年若かったら、もし後継者がいたら、いろいろ考えるかもしれないけれど……」とおっしゃっていました。


 未知数が多すぎて解けない連立方程式に直面している陸前高田市
 ただでさえ、増田寛也・元岩手県知事らのグループが作成した「消滅する可能性のある自治体リスト」が全国的に問題になっており、地方創生担当大臣まで置かれるようになった昨今.....。
(ただし、日本創成会議のレポートを読むと、「増田氏は本当に岩手県知事だったのだろうか」と目を疑いたくなるような「地域拠点都市への集約」構想が提案されています。岩手県はどこが拠点都市なのでしょうか?盛岡? 一関?それとも仙台?岩手県の沿岸被災地も、今後、地方拠点都市構想の中に集約してしまうのでしょうか?そうすると、現在、被災地で進められている復旧・復興投資は、壮大なムダ投資になってしまわないでしょうか?それとも、釜石道や三陸縦貫道など道路への投資は、地方拠点都市構想の布石なのか?)。

 従来の中心市街地再生の事例も、ほとんど参考にならないのでしょう。そもそも、郊外のロードサイドに出店攻勢をかけたイオンなど大型スーパーへの対策がメインであった国の中心市街地再生事業で「成功」事例はあるのでしょうか。(空き店舗対策が成功事例?まず、国自身が大規模小売店舗に関する政策をコロコロと変更してきたことを反省しなければならないのではないか)。

 「最後は個々の商業者のやる気次第」云々の体育会的精神論(根性論)に解消してしまってはならないと思います。

 「どうせ震災前もシャッター商店街だったし」という議論も、清算主義的で乱暴な議論です。

 陸前高田では、漁業と同様、自営の小売業は、貴重な働き口、「自己雇用」の場であるし、「女性の活躍の場」、「起業(の苗床)の場」でもあります。

 「途中で軌道修正可能な、自営の小売商業支援策」を充実させるべきではないでしょうか。

【追記: わが龍谷大学のある京都市伏見区選出の泉健太衆議院議員陸前高田視察にいらっしゃったそうですが、ぜひ高田の商業者の生の声にも耳を傾け、国政の場に届けてほしいです。「被災地は日本経済の縮図」「被災地からの地方創生」と国会で訴えて欲しいです。さしあたり、この臨時国会での論戦を、伊達ゼミ一同、注視しております。】




手巻き寿司パーティに使うお茶を買いに、小谷園さんに行きました。

小谷園の仮設店舗。

少し明るい話題。市内初となる120戸分の災害公営住宅がようやく完成し、10月から入居予定です。ただし、総供給戸数1000戸のうちの120戸です。



以下、今回の合宿で行ったことを写真で速報いたします。

陸前高田に到着!】


 8日夜、カラオケ大会の練習をしつつ関空のロビーで1泊し、9日朝、ピーチで仙台空港へ。仙台駅から高速バスで16時47分に陸前高田市役所に到着。
 計22名のゼミ生のうち、21名が2度目、1名が初の陸前高田
 仮設住宅班は、高田一中仮設にチラシ配布に行きます。


【カラオケ大会 in鈴木旅館】
 鈴木旅館のバスで高田一中仮設の皆さんをお連れし、カラオケと温泉を楽しんでいただく、という企画です。

学生とデュエット

マツケンサンバ ! オ レ〜♫

踊りの会の皆さんが「シナの夜」を披露してくださいました。

高田音頭やチャオチャオ陸前高田を教えてもらいました!
チャオチャオ チャチャチヤで踊っチャオ〜♪

温泉にはいって、皆さん、お肌ツヤツヤ(笑)


【手巻き寿司パーティ in 高田一中仮設住宅 11日】

朝、仮設住宅のラジオ体操に参加
皆さん「昨日はどうもありがとう !」とお礼を言ってくださいました。




手巻き寿司パーティ。柴犬クッキーも来てくれました!



畳を敷きつめて、ストレッチ体操

お茶とお菓子の時間。
この後、2時46分になり、学生の合図で、皆で静かに黙祷をしました。11日は月命日。
黙祷の後も、しばらく沈黙が続きました。
そのうちに、何人かの方が、それぞれの隣の学生に、小声で少しずつ、あの日のことを話してくださいました。
本当に恐ろしい、つらい出来事だったのだ、と感じました。


一人暮らしのお宅に手巻き寿司を配ります

子供たちが学校から帰ってきました。
2月に仲良くなった子どもたちと遊んでます。

気仙茶班、漁業班も帰ってきたので、撤収します。

区長さんとクッキーにご挨拶。



坂の下まで子どもたちが送ってくれました。「また来るね !」


【気仙茶の茶園再生のお手伝い 10日】

 気仙茶の会が再生を進めている小友町三日市の茶園。
 津波の被害を受けた茶園。2012年9月から、気仙茶の会の皆さんと一緒に作業させていただいています。
 草とり作業をします。


 グッ ジョブ !


【気仙茶の会主催「伊達ゼミ歓迎会」10日】

 気仙茶の会の皆さんには、2012年9月に第1回の交流会を、13年9月に第2回を開催していただきました。今回で3回目の交流会になります。いつもありがとうございます !
 カンパ〜イ !

 海の幸 & ホルモンBBQ!

 ありがとうございました!



【エゾイシカゲ貝 養殖作業のお手伝い 10日、11日】

 海の男




 12日朝、鈴木旅館の玄関にて、皆で集合写真を撮りました。

 仮設住宅へのバス送迎をしてくださったり、カラオケ代もおまけしてくださった鈴木旅館の皆さん、そして陸前高田の皆さん、大変お世話になりました !


 必ずまた来ます !