陸前高田合宿レポート (6)〜仮設住宅

久保 (3回生)

9月10日(水)カラオケ大会 in 鈴木旅館


 明日9月11日がちょうど震災から3年半が経つ月命日ということで、14時46分をどう過ごすかという大きな問題が私たちにはありました。
 そこでどう過ごすべきなのか、カラオケ大会に来てくれた方に伺うことにしました。
 しかし、正直とても質問しづらく、何か辛いことを思い出させてしまったらと思うと、なかなか話をきり出すことはできませんでした。
 周りに聞こえないような声でKさんに思い切って相談してみると、
「なにもしない。あなたたちとお寿司を食べるのよ。」
という返事でした。
 本当に何もしなくてよいのだろうかと、モヤモヤした気持ちでその後は過ごしました。




9月11日(木)手巻き寿司パーティー in 高田一中仮設集会所
 本来はエゾイシカゲ貝の試食会を企画していましたが、事情により、急きょ手巻き寿司に変更。
 私たちの急なお願いにもかかわらず、快く企画を受けていただいた、鶴亀鮨の大将である阿部さんには本当に心から感謝しています。

 おなじみの「愛のナイアガラ」で迎えていただき、記念撮影。

(黄色いエプロンの方々は、自転車で日本一周をしている岩田尚弥さんと佐山真一郎さん)


 当日の朝も写真を撮りました。

 なんと偶然にも陸前高田では知らない人はいないという有名人の方とお会いしました。
 ピンクちゃんです。
 陸前高田市に200回以上訪れている奥野ひかるさんという歌手の応援団長です。

 お話しするだけですごくパワーを感じました。
 そのパワーで陸前高田のみなさんを元気づけているようです。とても尊敬します。

 そしてネタを切り、大将と真剣に酢飯とネタの量の打ち合わせをし、準備を終え、いざ集会所へ。
 集会所に着くと真っ先に目についたのは、千葉大学さんが仮設暮らしに関して調査したアンケート結果であった。
 そこには、
 「大学生が来ると嬉しいけど、精神的に辛くても、『大丈夫』と言ってしまう」
 「大学生と楽しむ余裕がない」
 「学生と集会所でおしゃべりがしたい」
といろいろな意見が書かれていたので、複雑でした。

 しかし、そんな私の思いも吹き飛ばすくらい、平日にもかかわらず、たくさんの方が来てくださり、
「やっぱりおいしいねぇ〜」
と笑顔でたくさん召し上がっていただけました。

 人数分を考えながら調整した量でしたが、実際には、間に合わず、今回も鶴亀鮨さんに追加発注。
 本当に鶴亀鮨さんにはお世話になりました。

 前回の2月の合宿のときに仲良くなったSちゃんのお母さんも来てくださいました。
 真っ先に私の方に来て、
「今日は学校だから、(Sちゃんは)15時くらいに来ますよ。」。

 車で小学校まで迎えに行くということなので、お母さんにお願いして同行させてもらいました。
 迎えに行く時間が15時前だったので、昨日からどう過ごすべきなのか悩んでいた14時46分を私は車の中で過ごしました。
 このときのお母さんの心情はわかりません。
 お母さんは運転に集中。
 私だけが黙祷するのもなんか違うなと思い、ただただ話し込んでいました。
 後でその時の集会所の様子を聞くと、集会所では黙祷していたようです。
 3年半のむかえ方はそれぞれ異なるのだと理解しました。

 車の中でお話を伺うと、前回の手巻き寿司パーティの後に、家でも手巻き・飾り巻きずしを3回はやったそうです。
 それを聞いてとても嬉しかった。



 小学校に着くと、グラウンドに数台の車が停まっていました。
 学校側からは、「歩かせてください」といわれるそうですが、歩かせるとおよそ1時間かかるそうです。

 「こうして小学校に来ると、震災前に同じ部落で住んでいた子たちを見ることができる」ともおっしゃっていました。
 「あー、あの子なんて、すごく背が伸びたのよ〜。」
と、ほかの子の成長を見てほっこりするんだとか。
 そんなこんなで車の中で待っていると、Sちゃんとお友達のMちゃんがやってきました。
 「私のこと覚えてる?」
と尋ねると、
「えー、覚えてないよぉ。」
と照れ隠し。
 今日の学校での出来事を聞きながら、集会所へ。


 集会所に着き、飾り巻きずしをしました。

 短い時間ではあったけれど、今回もまた子どもたちとこうやって関わることができ嬉しく思います。


 高田一中を出発する際、Sちゃんとお母さんが見送りに来てくれました。
「次はいつ来ますか?」
というお母さんの質問に、いつとはっきり言えなかったが、
「必ずまた来ますよ。」と答えた。
 Sちゃんにも同じ質問をされた。
 たった2回訪問しただけなのに、私たちが来ることをこんなに楽しみに待っていてくださる方がいるのは、とてもうれしい。
 Sちゃんに坂の下まで送ってもらい、別れてからも、距離があったのに、遠くから、こちらに向かって腕を大きく振り、
「ばいばーい!!!」
と叫んでくれたのが脳裏に焼き付いています。
 絶対Sちゃんにまた会いに来よう、と強く思いました。



 夜は車屋酒場さんへ。

 震災の当時の話を伺いました。
 津波がひいたあとの街の様子は、想像を絶する様相。
 高校生の女の子が逃げ遅れて、無残な姿の遺体や、トラックの荷台に積まれる多くの遺体を目の当たりにしてきた熊谷さん。
 その目は潤んでおり、堪えているようにも見えました。
 私も涙が出る寸前でしたが、なんとか堪えました。
 私たちと同世代。夢をもっていた人たちがたくさん亡くなっています。
 「これから先、就職して仕事が辛いなと思うときがあるかもしれない。そんなときはここで話したことを思い出してくれ。」

 普段生活していて、感じたこともなかったが、
「生きているだけで幸せなんだ」
と感じた瞬間でした。



 震災からちょうど3年半。
 土砂運搬用のベルトコンベヤーが稼働していたことや、新たにコンビニが立っていたなど、変化はあったが、半年前と景色はほとんど変わっていないように見えました。
 復興の進行は遅く、まだまだ時間がかかる。

 今回の合宿でいろんな方と関わることができ、また、前回関わった方とはより深い仲になれたと感じています。

 合宿前にも、電話という形でしたが、エゾイシカゲ貝の調理方法についてお話を伺った、震災前「エゾイシカゲガイ弁当」をつくっていた海鮮処の女将Hさん。
 いつか、私たちと、何かできる日が訪れることを心待ちにしています。

 村上商店さん。
 立派なエゾイシカゲ貝を京都に送っていただきました。
 とてもおいしかったです。

 本当にみなさんありがとうございました!
 このつながりをこれからも大切にしていきたい。
 ずっと寄り添っていきたい。

 私は、必ずまた陸前高田に行きます!!!