陸前高田合宿レポート (15)〜仮設住宅、気仙茶

木村(3回生)

 今回で2回目となる、陸前高田ゼミ合宿。
 前回2月は雪が積もっていたが、今回は市街地をはっきりと見ることができた。
 更地となった場所には、土が盛られている所がたくさんあり、雑草が膝より上ぐらいの高さまで伸びていた。
 前回見たときは建設中だったベルトコンベアも稼働しており、山から削った土を平地まで運び出していた。
 工事は進んでいるが、ようやく本格化したところで、2月に訪れたときと比べて、陸前高田の風景はあまり変わっていない印象を受けた。


 1日目は仮設住宅班、2日目は気仙茶班として活動を行った。

 1日目。
 鈴木旅館でカラオケ大会を行った。
 今回は、いつもの仮設住宅の集会所を飛び出して、バスで鈴木旅館まで移動してもらうという企画。
 企画を練っているときから、本当に実現できるのか、すごく心配だった。

 当日、高田一中の仮設住宅に到着すると、すでに5、6人の方が待っていてくださり、
「早く行こうよ」
と、やる気満々だった。
 皆さん、カラオケ大会を楽しみにしてくださっている様子がひしひし伝わってきた。

 踊りの会の方も来てくださり、全員で12名の参加。

 カラオケが始まると、皆さん自分の好きな曲を入れ、本当に楽しそうに歌っているので、聞いている側も自然と笑顔になった。

 タンバリンやマラカスで盛り上げたり、歌っている人の横で踊ったり、一緒に歌を歌ったり、あっという間に楽しい時間は過ぎていった。

(いい笑顔の4人)


 カラオケの最後は、学生がマツケンサンバ
 皆さんノリノリで聞いてくださり、踊りも大成功だった。

 今度は、「踊りの会」の皆さんが、衣装を着替えて、踊りを披露してくださった。
 踊りの会とは、高田一中の仮設住宅の方々が毎週水曜日に集会所に集まり、踊りを楽しんでいる団体。

 「シナの夜」と「チャウチャウ」の踊り。

 すごくきれいにそろっていて、扇子を使った踊りは美しかった。

 2つの踊りが終わると、「次はみんなで踊りましょう」と高田音頭を踊ることになった。
 おばあちゃんに教えてもらいながら、みんなで輪になって踊った高田音頭は、お祭りに来たみたいな感覚で楽しく踊ることができた。

 最後は仮設暮らしで疲れた体を癒してもらうために、鈴木旅館の温泉に入ってもらい、無事に終了することができた。

 普段仮設住宅にいるときは、なかなか大声を出しにくいだろうし、お風呂も足を伸ばしてのびのび入ることは難しい。
 参加してくれた皆さんが、
「楽しかったよ !」
と笑顔で言ってくださり、本当にうれしかった。
最初はカラオケ大会が成功するのか不安だったけど、皆さんの笑顔が見られたのでやって良かったと思えた。



夜は、気仙茶の会の皆さんが歓迎会を開いてくださった。
 今まで食べたことも見たこともないくらい大きなホタテや牡蠣など、海の幸が満載のバーベキューはすごく美味しかった。

 会長はとても気さくな方で、初対面の私達にもすごく優しく接してくださった。「陸前高田に来てくれるだけでうれしい」
と言われ、まだ2回しか陸前高田を訪れていないが、先輩たちの代から続いているつながりを改めて感じた。
 これからも継続して活動をしていかないといけないと思った。
 こんなに豪華な歓迎会を開いてくださった気仙茶の会の皆さん、本当にありがとうございました。



 2日目は気仙茶班として活動を行った。
 午前中は、会長の奥様のとよこさんと一緒に、家の裏にある茶畑の草引きを行った。
 茶の樹が隠れるくらい草が生えていたので、1人1列ずつ草を抜いていった。
 前日に雨が降ったこともあり、鎌がなくても手で簡単に草を抜くことができた。
 茶の樹を間違えて抜かないように注意しながら作業していると、他の人よりスピードが遅かったのでと、とよこさんが手伝ってくださった(笑)。

 気仙茶についての話や、世間話をしながら、2時間ほどで午前の作業は終了した。


 お昼は、近くの「今野直売センター」で、名物の「磯ラーメン」をごちそうになる。

 午後の作業が始まるまで、会長から震災当時のお話を聞かせていただいた。
 会長ご自身が撮った3月11日の写真を見せていただいた。

「一度波が引いたと思ったら、ものすごい勢いで津波が押し寄せてきたんだ。」
とおっしゃるように、写真からでもその光景がわかるほどだった。
 津波の映像は一度授業で見たが、実際に目の当たりにした方から話を聞くと、津波の恐ろしさがよりいっそう伝わってきた。

 午後はりんごの収穫のお手伝いをさせていただいた。

 りんご園まで行く途中、会長が、
「ここまで津波が来たんだ。りんご園もいくつか流されてしまった。」
と教えてくださった。
 海から距離はあったが、津波の大きさを実感した。


 りんご園に到着すると、収穫作業に取り掛かった。
 採り方のコツを教えてもらい、赤く染まっているりんごを次々と収穫していく。
 鳥に食べられないようにネットで周りを囲んでいたが、それでも食べられているりんごを何個か見つけた。商品として出荷することができないがとても残念。


 収穫した後は、まだ成長途上のりんごの樹にネットをかけ、結束バンドで固定していった。
 このような作業をいつも少ない人数でやっているのだと思うと、とても大変な仕事だと思った。
 貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。


 9月11日は震災から3年半の月命日。
 14時46分になると、海に向かって黙祷を行った。

 震災から3年半が経ち、復興はどれくらい進んだのか。
 もうすぐ災害公営住宅が1棟完成し、入居が始まるが、入居できる人数にも限りがある。
 狭い仮設住宅から早く出たいという一方で、今まで築いてきた仮設住宅の方々との関係を壊したくないという葛藤も持っておられる。
 1人1人の事情や考え方は様々。
 まだまだ復興には多くの時間がかかる。
 これからは、1人1人に目を向けた活動が大切になってくると思う。


 今回の合宿では、たくさんの人にお世話になり、また多くの方々の笑顔を見ることができた。
 カラオケ大会でお部屋や機器を使わせていただいた鈴木旅館さん、準備の段階からいろいろとご迷惑をおかけしました。
 ありがとうございました。
 鶴亀鮨さんや車屋酒場さん、気仙茶の会の方々、大変お世話になりました。

 陸前高田に行って感じたこと、見たことを多くの人に伝えることが私たちに出来ることなので、これからも陸前高田の方が少しでも笑顔になれるよう、企画を練り、継続して活動を行っていきたいと思います。


◇まとめ
 震災から3年半が経ち、高台造成地や道路の整備、災害公営住宅など目に見える復興は少しずつ進んできている。
 しかし一人一人に目を向けると、まだまだ震災の傷は残ったままである。
 2月に陸前高田を訪れたとき、一人のおばあちゃんが、
「寝るときに目を閉じると、今でも津波のことを思い出して不安になる。」
と話してくださった。
 9月に2回目の陸前高田を訪れたときには、そのおばあちゃんに会うことができなかったが、今でも涙を浮かべながら話してくれた姿を覚えている。
 私たちが合宿の際いつもお世話になっている車屋酒場の熊谷さん。
 大人数でおしかける私たちをいつも温かく迎えてくださるが、熊谷さんも震災を経験して様々な悩みを抱えながらお店を続けている。
 ちょうど月命日に車屋酒場でご飯を食べたので、雰囲気が重かったのを察して、「元気がないな。もっと楽しめ。」
と言ってくださった。
 熊谷さんにもいろいろ思いがあったと思うが、気を使ってくださったのが分かった。
 一人一人の復興。個人に目を向けて、これからも継続した支援をしていかなければならないと考える。
 それぞれ考えも思いも違うので、多くの時間がかかるが、学生だからできることを考え行動に移していく必要があると思う。