陸前高田合宿レポート (20) 〜仮設住宅

作本 (3回生)

 私たち伊達ゼミは9月9日から9月12日まで岩手県陸前高田市を訪れた。
 前回2月の合宿から、今回は二度目。

 私たちは9月10日と11日の二日間、三つの班に分かれて現地の方々と関わらせていただいた。
 一つは、仮設住宅に住まれている方々へのイベント企画を行う「仮設住宅班」。
 もう一つは、漁業のお手伝いする「漁業班」。
 そして、気仙茶の茶園再生のお手伝いをする「気仙茶班」である。
 私は二日間とも仮設住宅班だった。



 震災から三年半経った陸前高田では、以前と比べて変わったこともあれば、変わらないこともあった。
 陸前高田につくと、前回と同様、多くのトラックが走っており、復興工事が本格的に行われていた。
 トラックが多いせいか、空気がにごっている気がした。
 新しくコンビニエンスストアが出来ていたり、お店が出来ていたりと、変わっている点も見られた。



 一日目は、鈴木旅館さんに場所を提供してもらい、カラオケ大会を行った。
 最初は、盛り上がるかどうかの不安でスタートした。
 来てくださった方は、以前も来てくださった方ばかりだった。
 覚えてくださっていた方も多く、
「久しぶりね。元気だった?」
と声をかけてくださる方もいらっしゃった。
 その言葉を聞くと、以前「また来ます!」と言ってお別れしてから、やっと約束を果たすことができたのだという喜びを感じた。
 以前と変わらず、明るく、元気な姿を見て、不安は一瞬で消えた。


 カラオケがスタートしてからも、振りをつけて踊ってくださる方や、タンバリンなどで盛り上げてくださる方もいらっしゃり、終始楽しんでくださったようだった。

 たくさんお話することもでき、以前もたくさんお話してくださったAさんとも再びお話することができた。
 「夏の仮設住宅はとっても暑く、熱中症になってしまった」という話を聞いて、前と変わらず、まだまだ生活することに不便だと感じていることを知った。
 大きく変わったこともあった。
 Aさんは新しい家を購入することができたそうだ。
 土地も決まり、家族みんなで暮らせるようになる。
 家が完成するのはまだまだ先なので、不自由な生活が終わったわけではないが、「楽しみだ」とおっしゃっていた。
 なんと、私も新しい家に誘っていただいた。
「完成したら、ぜひ遊びにおいで」
と言ってくださった。
 やっと不自由だった暮らしが終わること、そして、完成したお住まいに招待してくださったことに大きな喜びを感じた。


 カラオケ大会が終わったあと、踊りの会の方々が踊りを披露してくださった。
 踊りの会の方々は、週に一回、仮設住宅に集まり、踊りの練習をされていて、月に2回、先生に指導していただいてるそうだ。
 衣装は韓国のチマチョゴリを着ておられ、片手には大きな扇子を持っていた。

 これらの衣装は寄付していただいたそうだ。
 「ホールでの本番以外での披露は、これがが初めてだ」
と言っておられ、とてもうれしく感じた。

 踊りはとても難しそうで、常にステップを踏んでおり、とても美しく扇子を使っていた。

 みなさん、とっても楽しそうに踊っておられ、笑顔がとても素敵だった。

 私たちにも踊りを教えてくださり、一緒に踊らせていただいた。

 思っていたより難しく、必死だったが、みなさんと一緒になって掛け声をかけ、多くの笑顔をいただき、とっても楽しい時間だった。



 二日目は仮設住宅の集会場をお借りして、前回と同じ手巻き寿司パーティーを行った。
 前回多くの方に喜んでいただいたため、今回も多くの方に、
「楽しみにしていたのよ〜」
と声をかけてくださった。

 寿司ネタも前回と同様、鶴亀鮨さんにご協力していただいた。


 この日は、震災からちょうど三年半が経った日だった。
 たくさんのお話を聞くことができた。

 奥さんを津波で亡くしてしまった方もおられた。
 震災があった日、津波の警報が鳴り、その方は奥さんと一緒に非難した。
 しかし、逃げている途中津、波のスピードに追い付かず、手をつないでいた奥さんの手が放れてしまい、津波に飲み込まれてしまった。
 笑顔が素敵できれいな奥さんが大好きだったと話されていた。
 奥さんを亡くしてしまい、心にとても深い傷をおってしまったのだ。
 その話を聞いたとき、とても胸を締め付けられるおもいだった。
 言葉を返すことも出来ず、ただただ話を聞くことしかできなかった。


 震災後、新しく踊りや舞踊などをはじめ、毎日を楽しんでいらっしゃる方もいた。

 たくさんの方とお話をして、震災から三年半経った今、心に傷を負い今でも苦しんでいる方もいれば、毎日を楽しく過ごされている方もおり、改めて心の復興が進むスピードの差を感じた。

 ゼミの授業で、先生が言っていた、
被災者をひとくくりにしてはいけない。それぞれ違う事情や悲しみ・苦しみ、思いがあるため、復興は一人一人ちがうものだ。」
 仮設住宅に住む方々の今を知り、この言葉に共感する。
 復興とは何なのか。
 その人にとって復興とはどのようなことなのか。
 ここまで深く考えていくことが大切なことではないかと思う。


 今回のゼミ合宿では、前回から変わったこと、変わっていないことを感じた。
 「一人一人の復興」とはどういったことなのか。
 まだよくはわからないが、私たちの活動が、少しでも誰かの復興に近づけているとうれしい。
 また、市外の人に今の陸前高田市の状況を伝えることが、私たちにできることではないだろうか。


 最後に。今回このような貴重な経験ができたのも、多くのことを感じとることがでたのも、たくさんの方々のご協力があったからです。
 場所を提供してくださった鈴木旅館さん、
 踊りを披露してくださり教えてくださった踊りの会のみなさん、
 手巻き寿司にご協力してくださった鶴亀鮨さん、
 歓迎会を開いてくださった気仙茶の会のみなさん、
 いつも伊達ゼミを歓迎してくださる車屋酒場さん、
 そして私たちの企画に参加してくださった陸前高田のみなさん、
 本当にありがとうございました。


◇まとめ
 辞書で復興と調べると、「衰えたものが再びもとの盛んな状態になること」と書かれている。
 はたしてそうなのだろうか。
 どのような状態が復興したと言えるのだろうか。
 初めて陸前高田を訪れた時は、私たちが初めて来たということもあってか、震災の辛かった話をたくさん聞いた。
 事前学習でどれほど悲惨なことなのか知っていたつもりでも、やはり想像を超える事実があって、話を聞くたびに心苦しかった。
 聞いたときはどう答えればいいかも分からないし、どういう表情をすればいいかも分からない。
 ただただ聞くだけだった。
 事前学習の資料を見て、現状を知って、「早く復興してほしい」という気持ちを持った私が、すごく「他人事」のように感じた。
 被災者の方をひとくくりとしてしか見ていないし、復興とは何なのかわかっていないからだ。
 しかし、被災地を訪れて、出会った人に、
「この人にはこのように幸せになってほしい」
と一人一人を見るようになった。
 ここで、復興とは見える状態だけではなく、一人一人を見て、一人一人の気持ちが豊かになることが大切だと分かった。
 二回目に訪れた時は、過去の話をされる方もいたが、未来の話をされる方もいた。
 やはり、一人一人の気持ちは全く違う。
 復興とは、その人の考えが未来に視点が移動し、その未来にできていてほしいことが現実となったとき、その方は復興できたといえるのではないだろうか。
 一人一人の復興の進む速さは、人それぞれだ。
 現在でもまったく進んでいない方もいらっしゃる。
 しかし、どのようにすれば一歩踏み出せるのかは、私たちには分からない。
 ひとそれぞれなのだ。
 しかし、分からないからと言って何もしないのではなく、私たちにできることは、その一人一人と関わっていくことだ。
 陸前高田に行って何をするかだけでなく、どうかかわっていくのかということも大切だ。
 そして、一人一人の復興に少しでも貢献したいと心から思う。