陸前高田合宿レポート (24)〜仮設住宅

池田(3回生)
 9月8日から9月12日にかけて、岩手県陸前高田市へゼミ合宿に行かせていただきました。
 はじめての陸前高田、はじめてのゼミ合宿だったこともあり、これから出会う人々、土地、出来事への期待感と、自分の言動、行動はよく考えていかなければならないと感じていました。

 「復興は進んでない」
と聞いていましたが、3年半という月日の長さから、なかなかそんなふうには思えずにいました。

 しかし、実際は、その言葉の通りでした。

 中学校のグランドいっぱいに広がる仮設住宅
 目の前の道路を走るのはトラックばかり、
 道は砂や泥だらけ。

 その光景を目にしてはじめて、
 「復興は進んでない」
と実感しました。

 この合宿の中で、仮設住宅班として、カラオケ大会と手巻き寿司パーティを企画させていただきました。

1.カラオケ大会
 踊りの会の方をはじめ、歌のとてもお上手なおじいちゃん、おばあちゃんにたくさん参加していただきました。
 鈴木旅館さんをお借りして行うこともあり、参加人数や移動の問題など不安要素が多々ありましたが、前日、仮設住宅へチラシを配布しに行ったときに、
 「明日、行かせてもらうね」
と声を掛けてくださる方もおられ、その言葉がとても嬉しかったのを覚えています。

 当日は、みなさん、タンバリンやマラカスを片手に、リズムに合わせて楽しそうに身体を揺らしておられたのがとても印象的で、笑顔あふれるカラオケ大会だったと感じました。

2.手巻き寿司パーティー
 昨日よりたくさんの方が集会場にいらしてくださりました。
 私以外のゼミ生たちは、2月にもこの仮設住宅を訪れていたこともあり、
「こんにちは。お久しぶりです!」
と挨拶していたことや、
「馬場くん!会いにきたよ!」
と言いながら集会所に入って来る住民の方がおられたのが、とても印象的でした。




 楽そうに手巻き寿司を作りながら、震災のお話をして下さる方もおられました。
 震災のお話を聞かせていただくことがきっとあると思っていましたが、やはり直接 そのようなお話を聞かせていただくと、なんと言葉を返していいか分からなくなってしまう自分がいました。
 きっと、「ただ聞くこと」しかできていなかったと思います。
 「ただ聞くこと」にどんな意味があるのかは、わかりません。
 しかし、「ただ聞くこと」しかできない私に震災のお話をしてくださる。
 そのことを、もっとよく考えたいと思いました。

 震災のお話だけではなく、お孫さんのお話もたくさんしてくださる方もおられました。
 「やりたいことがある」と言ったお孫さん。
 きっと、この言葉がとても嬉しかったのだろうなと感じました。


 2日目の夜に訪れた車屋酒場の熊谷さんも仰っていた「夢を持って生きていけ」という言葉。
 今だからこそ、この言葉とあの場面を繋げて考えることができました。
 「やりたいことがある」。
 陸前高田では、この言葉にとても大きな意味があると強く感じました。

 この日は、仮設住宅に住む男の子、女の子、女の子のお母さんとお話させていただいたり、一緒に飾り巻き寿司を作ったりしました。


 これは男の子の自信作です!

 ちょっと恥ずかしさを感じたり、人見知りをしてしまう年齢の子と話したり、遊べたりしたことが、とても嬉しかったです。
 この子たちの口から震災の話を聞くことはありませんでしたが、進路の話をしてくれる子もいました。
 年頃の子は、きっと、おじいちゃん、おばあちゃんとはまた違った悩みを抱えているのだろうなと思います。
 そういう子の力になりたいと感じる瞬間でもありました。


 一緒に手巻き寿司を作っていた方から、
「誰かと一緒に食べるご飯は美味しい」
「久しぶりにこんなに食べたよ」
と言ってくださったり、
「◯◯に食べさせたいから、持って帰ろうかな」と言ってくださる方、
笑顔で「ありがとう」と言って帰っていかれる方。
 皆さんの、そんな一言が本当に嬉しかったです。

 菊池会長をはじめ気仙茶の会の方々が新鮮な海の幸のBBQで歓迎会を開いてくださったり、鶴亀鮨さんには新鮮なネタや美味しい酢飯を用意していただいたり、鈴木旅館さんには宿泊はもちろん、カラオケ大会の会場など、本当にたくさんの方々にお世話になりました。

 はじめは、「陸前高田のみなさんの力になれれば」と思い行かせていただいた合宿でしたが、みなさんに与えていただくものばかりだったと感じる合宿でした。

 私が想像していたよりも驚くほど元気に笑っておられた陸前高田のみなさん。
 けれど、その裏には、一人ひとり、いろいろなものを抱えておられます。
 そんな姿をあまり感じなかったのは、きっと、3年半という月日があったからだと思います。

 3年半という月日が経った被災地の現状を知る人は少なく、人々の記憶の隅に追いやられていく東日本大震災

 私自身もそうでした。

 伊達ゼミに入り、陸前高田へ行かなければ、きっと、震災について、こんなに知り考えることはなかったと思います。

 このような貴重な出会いや経験を下さった人、関わってくださった全ての人へ感謝したいです。

 これからも考え、伝えたり、また陸前高田へ訪れるなど、行動し続けること。

 これが、今の私にできることなのではないか。