陸前高田合宿レポート (27)〜米崎りんごと気仙茶

藤本(4回生)

 昨年9月から1年ぶりの陸前高田
 最初に目に入ってきたものは、山からあたり一面に続いている巨大なベルトコンベアの姿です。
 10tダンプ250万台分の土砂をベルトコンベアで運ぶことで、作業が何年分も早くなる。
 盛り土という一つの目標達成に近づいたように感じました。
 「街」の復旧が、少しでも「人」の回復にも繋がるように、と思います。

 
 今回わたしは、二日とも気仙茶の会の作業に参加させていただいた。
 1日目。
 今回も、温かく出迎えてくださった菊池会長。

 朝はリンゴ園のお手伝い。

 防風ネットをかけ、リンゴの余分な葉摘みをしました。
 軽い振動でリンゴが落ちてしまいそうになるので、注意を払いながらの作業。


 お昼休み、伊達先生に、会長宅の裏にある茶畑に連れて行ってもらった。

 長部地区の道路工事のため伐採直前だった茶の木を、気仙茶の会が移植したものだ。
 宇治茶の産地では「茶の木の植え替えは無理」だと思われていたのですが、立派に育っており、「気仙茶は強い」と感じました。

 午後から、伊達ゼミ交流会の買い出しに気仙沼へ。
 車で走る最中、
 「ここに船が乗り上げてあったんだ」、
 「あそこの仮設商店街、本当はこっちにあったんだ」
と話してくれました。
 以前はあったものが「無い」というのはどのようなことなのか。
 「悲しい」とか「怖い」など、私たちが思いつく言葉では表現できない喪失感だと思います。

 小野さんの車のカーナビを見たとき、そこには、建物や、しっかりとした道が表示された震災前の街並みが残っていました。

 小野さんも、
「ここにジャス喫茶があって...。ここが商店街でね...」
と話してくれた。
 皆さん記憶の中には、鮮明に震災前の街並みがあるのに、目の前には違う景色がある。
 
 私は、「そうだったんですか」としか返事ができませんでした。

 その一点だけでも、「被災者と同じ目線に立つ」ことの難しさを改めて感じます。


 2日目。
 米崎町の茶園整備をしました。
 前田事務局長、学さん、小野さん、及川さんと一緒に作業。

 一年前に刈ったはずの竹藪がほとんど元どおりになっており、驚きです。
 切っていくと、一年前に目印をつけた茶の木の姿がありました。
 一年前より大きくなったように思います。

 休憩中に、この茶園で摘んだ気仙茶をいただきました。

 再生活動をした茶園のお茶を飲めることには、ただただ感動。

 とてもおいしかったです。


 お昼、及川さんのお宅にお邪魔させていただき、休憩しました。

 及川さんに、人生初ホヤ !を御馳走になりました!


 ご飯を頂きながら、及川さんが津波の時のことを話してくれました。
 水の壁が迫ってくる。
 あたり一面が津波にのみこまれ、目の前で呆然とするおばあちゃんの姿。
 津波の怖さ。
 話していただけたことに本当に感謝です。



 作業を再開し、夕方頃には竹藪もすっかりきれいになり、茶の木がまた顔を出すようになりました。
 少しずつですが、ここが将来、立派な茶園になるようにしたいです。

 学さんのように、もっとてきぱきと竹を刈れるように修行して、またここに来たいと思います。


 今回の合宿もそうですが、多くの皆さんに、「来てくれてありがとう」と言われることに、本当に喜びを感じます。
 実際、私たちの行動がどれほど皆さんの役に立っているか、ご迷惑ではないと考えたこともありました。
 けれども、
「助かりました」とか「また来てくださいね」と言っていただき、うれしいかぎりです。

 私たちの就職の事も気にしていただけたり、気仙茶の会の皆さんに交流会まで開いていただいたり、車屋酒場の熊谷さんに「伊達ゼミが陸前高田に来てくれて本当にうれしいわ!」といっていただいたり、陸前高田の方々の「温かさ」を感じます。


 今回も陸前高田に行けて本当によかったです。