東日本大震災を忘れないために〜津波の記録映像をみる

 2回生ゼミが始まりました。新メンバーです。
 今回は、津波の記録映像を見て、感想を出し合いました。

(2011年9月、大船渡の栗村直樹さんからいただいた大切なDVDです。以来3年間、2回生のゼミが始まる時に、必ず全員でみてきました。昨年度のゼミ生の感想はこちらです)

 「風化」が進んでいるのは事実ですが、このDVDを見るのが2回目の学生がいることもまた事実ですし、3年間、学生たちとともに見続けてきたのも事実です。
 そこに希望を見出して、今後のゼミを進めていきたいと思います。


前川
 地震が起きた時の映像、それは小学校の頃よく見せられた阪神淡路大震災のようだった。
 だが、今回の映像はあのころの旧式のカメラのものではないし、ましてや監視カメラのものでもない。
 その人が実際に体験し記録した、まぎれもない現実だった。
 僕には、その映像が生きているように感じられた。
 自分自身がその場にいるかのようだった。


 映像が始まって、地震が起きてすぐに、まだ揺れもおさまらない時に、撮影者がこう言った。
津波が来る。逃げろ。」

 僕は思った。
 この地域に暮らす人々とっては、地震よりも津波のほうが脅威なのだと。
 京都府の、しかも内陸部に暮らしている自分にとって、この言葉は意外だった。
 僕から言わせれば、まだ揺れているのだから、机の下にでも隠れておとなしくしているべきで、外に出るなんて危険すぎる。
 そう思っていた。


 映像が変わり、海が映し出された時、ふと気づいた。
 避難場所が小学校や大学ではなくて、高台にある普通の道だったのだ。
 土砂崩れとか、地割れとかは大丈夫なのか。
 自分の常識ではそんな場所には逃げない。
 しかし2分後には、僕の常識は吹っ飛んだ。


 それはこの一言から始まった。
 「何が堤防だよ!」
 声の向けられた先には、すでに水にのみ込まれた何かがあった。
 それが防波堤だとかろうじて認識できたのは、撮影者の一言があったからだ。


 映像が変わってから約2分でのことだった。
 そこから僕たちは、なすすべもなく海に飲み込まれていく街を眺めるだけだった。
 自然が、人間の予想をはるかに超える強さで存在し、私たちはちっぽけな存在であると理解させられたのは、その後、5分が経過した頃だった。
 不意に、画面外から、流木やその他のごみに交じって、家が流れてきた。
 次から次へ家が流されていく!
 信じられない光景だったが、その後はもう地獄絵図だった。
 耳を覆いたくなるような、木造建築が引き裂かれる「バリバリ」という音。
 人々が叫ぶ、「やめてくれ」という声。
 もう観ていられなかった。


 ひとしきり思い出してみて、ますます暗い気持ちになる。
 あの映像があまりにもリアルだったので、見終わってからもしばらくは放心状態で、何も考えられなかった。
 テレビや新聞で何回も見たはずの映像や光景なのに、初めてのような衝撃を受けるのは、僕が、心の底からそれをこわいと思っているからだろう。
 現場にいた人や、あの津波に隠れて見えないけれど確かにそこにいるであろう人に思いをはせると、気持ちだけでなく、体まで重くなる気がした。


 映像の後半で誰かが言っていた、
「家にいたら、ダメだったね」
という言葉が心に突き刺さったまま、消えていかない。
 地震だけでない二次災害の恐怖に対して、あまりにも無知であった自分に嫌気がさした。
 自然災害は私たちの想像をはるかに超えたところに存在していて、人間ではとても太刀打ちできないと改めて実感した。
 「人間は、またしても自然の驚異に勝てなかった。」
 そんな趣旨のテロップが流れていたが、そもそも勝負なんてできるわけがない。


 たった25分の時間だったそうだが、僕にはもっと短く感じられた。
 正直に言えば、記憶が飛んでいる部分もある。
 それほどのショックを直に感じた人々のことを想像しようとしたけれど、やめた。
 自分にはあまりにも重すぎると感じたからだ。


 自然はいつも、私たちから奪っていく。そう感じた。


 大切なのは、私たちが、ここから、どのように一歩を踏み出していくかだと思う。

 震災について学ぶ身として、その一歩の踏み出し方を常に考え続けていきたい。

 そう、心に決めた。


若林
 津波の映像を見て、「感想」というものは上手く言葉に表現できないが、率直に言うと、ただただ悲しい映像だった。
 とてもショックを受けた。
 津波が浸透してゆくのがとても速く、じわじわと水が寄せてきていたのが、数分で家屋や船までをのみ込んでいった。
 撮影されている方や、その周りの方から聞こえる悲痛な声。
 「もう終わりだ」の言葉には深みを感じた。
 ライトが点滅したままの車。
 もしかしたら中に人が乗っていたかもしれない、乗ろうとしたが襲い掛かる津波にのまれてしまったのかもしれないと考えると、胸が張り裂けそうだった。
 震災直後と思われる救助活動の映像に、広島市のヘリコプターや富山の消防車など、他府県からの支援が多く見られた。
 しかしながら、約3年半が経った今、大震災が「現状」から「歴史」に移っている気がする。
 それを防ぐためにどうすべきかは、まだ私には全くわからない。
 ただ「現状」を見るべきだと思った。

 そして、この映像を見て、以前よりもさらに、被災者の方との接し方がわからなくなり、被災者の方の「弱さ」と「強さ」、どちらに寄り添うべきか、今はわからないことだらけだと思った。
 だからこそ、これから演習の授業を機会に、もっと深く震災に関わっていきたい。
 それまで困難があるだろうけれど、ただ指定された道を辿るだけではなく、議論しあって模索して、私たちなりの道を作っていきたい。



高橋
 3 月11 日の震災時の津波の映像は普段のニュースなどで短く編集されたものしか見たことがなかったので、この映像を見て、文字通り言葉を失った。
 映像を見始めて最初のほうは、画面右上に表示されているタイマーに従って起きていることをメモしていたが、海岸にあったクレーンが流され始めたころから、自分の見ている映像が信じられなくなり、半信半疑になってしまった。
 地震の後、高台から海の方を見ても、最初は特に変化はなく、徐々に海水が陸に上がり始めても、意外と進むのが遅いと思っていた。
 しかし、そう思ったのもつかの間で、その後はどんどん水嵩が増え、あっという間に海水が家を侵食し、破壊し、車や自動販売機とともにすべてを流していった。
 映像ではなくリアルタイムで見ていたら、信じられないなどと思わなかったのではないかと思うと、それがあり得ないことだけに、何とも言えないやるせない気持ちになった。
 映像を見ている間は、終始、半信半疑で、自分たちの家が壊れ、流されていく人々の悲鳴や叫びで、やはり実際に起きたことなのだと思った。
 だが、津波を見ると、また信じなれなくなり、頭の中で思考がループしていた。


 この映像の終盤から、この状況の人たちに自分に何ができるのだろうとずっと考えてみたが、自分にはいい解答が出せなかった。
 が、この問題は、自分一人でなく全員で取り組む課題なので、これからみんなと考えていこうと思った。


 最後に、これを見たことで改めて「自分はここに行く」ということを実感し、またそれが現実味を帯びてきたので、この表現が正しいかわからないが、この映像を見ることができてよかったと感じた。


高垣
 ビデオを見たのは2回目でしたが、やはり悲痛な叫びや勢いを増していく津波を見ていると、息が詰まるような感覚がします。
 確かに2011年に事実として起こったことですが、自分も含めて、徐々にフィクションになりつつあるように思います。
 あれだけの広さの土地がたった30分にして津波に流されてしまったこと、長年かけて築いたであろう町並みや家屋が水の力で流れぶつかり合ってしまったことなど、現実とは信じがたいという衝撃がフィクションと思わせているのかもしれません。
 津波の映像を見るたび考えることは、流れる波や家屋の中に人がいるだろうということです。
 事の重大さ、現実味を感じます。
 撮影していた斎藤さんの「何が防潮堤だよ」という声は、その時あの場所にいた大勢の方が感じたことだと思います。
 ほかにも、水が流れているのに噴煙のように砂ぼこりが立ち込めていたことも、車や船舶が家屋の2階部分に突っ込んでいたことも、普段は考えられないことで、いかに恐ろしく切迫した状況だったのかと感じます。
 市役所からの大津波警報は3メートルの津波とのことでしたが、実際はもっと巨大だった。
 そして2回目を見て思ったのは、その市役所で警報を流していた方は、あの後どうしたのだろうということです。
 市役所でも多くの被害が出ましたが、1回目の時はそこまで考えることはできませんでした。


西川
 私はこのDVDを初めて見ました。
 見る前から、伊達先生や、基礎演習で見たことのある友達が「重い」とか「トラウマになる」、「無理なら出ていてもいい」などいっていて、よほどショッキングな映像なんだろうと思っていました。
 でも絶対に目を背けることのないように見ようと思っていました。
 実際に見て、まず波の押し寄せるスピードが想像以上に速いと思いました。
 最初は、沿岸から少しずつ流れ込んできていて、徐々に町の中へと流れ込んでいました。
 しかし、ほんの数分という時間で大きな波が来て、町を襲っていました。
 最初の段階では想像もつかなかったくらいの高さ、二階、三階、レベルではない。
 自分の想像していたことはなんだったんだろうか、まったく違う。
 テレビのニュース映像では長くは映っていなかったので、このDVDを見ることによって良く分かった。
 本当に信じられない光景だった。
 波は一瞬で家を流すほどの威力だったし、あんなにも簡単に流されるとは思いもしなかった。
 引き波による更なる被害の拡大。
 車からトラック何でも流してしまっていた。
 映像にあった、町の津波の来る前と、その後の写真は、全く違う世界が広がっていた。
 本当に言葉が出ない。
 このDVDを見て、再度あの時のことを思い出せた。
 自分が知っていることはまだまだ少ないし、考えも未熟だが、このDVDで見た事実をしっかり受け止めて、これから自分ができることをしたいと思います。


中村
 私は、ニュースなどで少し震災の映像を見たことがありませんでしたが、このようにしっかりと震災の起こった瞬間の映像を見たのは初めてでした。
 ビデオの右上に映像を撮り始めた時間が書いてありましたが、およそ5,6分のうちに町が津波にのみこまれ、あっという間に建物すべてが流されていく場面には、なんとも言えない気持ちになりました。
 引き波で流されてぐちゃぐちゃになってしまった建物がまた戻ってくる場面では、ほんの数十分の間で町の風景がまるっきり変わってしまい、あの津波の中に逃げ遅れて津波に巻き込まれた人々がいると考えただけで、心が痛みました。
 この震災のビデオを見て、改めて生半可な気持ちで復興支援にいくことはできないと考えさせられました。
 復興支援に行くにあたって、自分たちに一体何ができるのかを考えなければならないのは当然ですが、今このようにあたりまえに学校に行き、勉強できること、サークルなど自分がやりたいことができていること、元気に生活できていることなど、普段あたりまえに過ごしていることに日々感謝して生活していかなければならないと思いました。

 平井
 わたしがこの映像を見るのは2回目でした。
 半年前に初めて津波の映像を見て書いた自分のコメントは、津波の事実と感想を書くだけでいっぱいいっぱいでした。
 2回目の今回、やはりこの映像に慣れる日は来ないながらも、前回よりは少しだけ冷静に、人々の声や景色や音をみて聴くことができました。
 今回は特に、制作者である斎藤賢治さんに目を向けながら津波の映像を見ました。 
 地震がおさまり、高台に避難した斎藤さんが撮影を始めてからわずか1分で波が海岸を超え、2分半で堤防を越えます。
 この間も斎藤さんの近くにいる人々の泣き叫ぶ声や悲鳴が時々聞こえました。
 声が聞こえたのは時々だったので、ほとんどの人は目の前で起こっている光景に何も言葉が出なかったのだと思います。
 ついさっきまでそこにあった家や仕事場や車や人々の笑い声、それがたった6分で失われるなんて誰も想像できません。
 さいとう製菓の建物も、撮影している目の前で流され、「止めてくれ」、「何が防波堤だ」という声には、どれだけの感情や想いが入り混じっていたのか、それは私が映像で見ただけでは到底理解できない、斎藤さん自身にしかわからないことだと思います。
 映像が終わり、たくさんの写真が映りました。
 あるはずのないところに流された船や車、家だったはずの木が壊れてばらばらで津波に流された跡、そして震災前の写真・震災直後の写真は、見ていて本当につらいものでした。
 地震だけでなく、あの想像をはるかに超えた大津波が来たことにより建物も町もすべてを飲み込んでしまった様子がはっきりとわかるからです。
 そしてラストに流れた「人類は地球の営みを超えることができなかった」の文字はすべてを物語っており、実際に起こったこの大規模な自然災害の恐ろしさと計り知れない重みや痛みを感じました。


深来
 私がこの映像を見たのは今回で2回目である。
 久々にナレーションやサウンドトラックのないあの生々しい津波の音、そして同時に聞こえてくる人々の悲鳴を聞き、前回と同じく体の力が抜けていった。
 映像の大まかな流れやこの先の展開などはわかっていたにもかかわらず、心に刺さる痛みは変わらなかった。
 あの状況で津波の恐ろしさをいち早く判断し、全社員を避難させる指示を出せるような人はそうそういない。
 さらに、揺れている最中からカメラを回せる余裕が心に少なからずあったからこそあのような指示が出せたのではないかと思う。
 現地は決して都会ではないので高層ビルなどはなく、一時的に避難した加茂神社でさえもギリギリの高さまで水が来ていたのが見てとれる。
 その神社から撮影された映像を見ていると、津波のせいで自動販売機が流されてきた。
 そのとき私は「あれだけ重く、かつ厳重に固定されている自販機までもを流してしまうのか」と、一瞬、自分の目を疑うほどであった。
 しかしなんと、その後に 大きな家が丸ごと流されてきた。
 想像を絶する光景に言葉を失ってしまった。
 津波の後に起こる引き波のシーンを見ていると、共に流される1台の軽自動車に目が留まった。
 なんとハザードランプが光っていたのである。
 車で逃げている最中に渋滞に会い、そこから諦めてランプを光らせたまま走って逃げたのか、または残念ながら車で避難している間に津波に巻き込まれてしまったのか。
 真相はわからないが、そのような姿を見ると、ほんの数十分前までは人々が何事もなくいつものように生活を営んでいた姿がうかがえる。
 この映像を見て、改めて津波の怖さを確認した。



江崎
 地震の恐ろしさを感じるとともに、それ以上に今まで認識があまりなかった津波の恐ろしさを強く感じた。
 その中でも、津波がじわじわと押し寄せてきて、家を破壊し、街を容赦もなく襲っていく音や様子、被災者の方々の声を聞くことは印象的で、今までテレビなどのメディアを通して感じることのできなかった本当の様子を見ることで、震災の恐ろしさを改めて痛感した。
 今回この映像を見たのは二度目だったけれど、前回よりも衝撃的に感じた部分も少なく、最近の生活においても、どこか他人事のように感じている自分がいたことを感じた。
 さらに、どこか震災復興の助けになることをしたいという思いも少し薄れていることにも気づき、恥ずかしく思えた。
 しかし、その一方で、現在の被災地の様子はどうなのか、自分にできることは何があるのだろうかなど、前回は衝撃的すぎて考えることができなかったことを考えることができた。
 これから震災復興について取り組んでいくなかで、この映像を見たことを忘れずに、まずは自分個人として風化してはいけないが、どうしたら風化を防げるのかも考えなければいけないと思う。
 そして、単に震災復興に携わろうとするのではなく、被災者の大人や子どものそれぞれの気持ちを考えていくことも必要なことではないのかと思った。
 その人たちの立場にたって物事を考えたい。



梅川
 津波は一気にくるのではなく連続して押し寄せ、徐々に速くなっている。
 家と家の間などの狭いスペースになればなるほどスピードが増している。
 建物が流されるようになってからは、津波の音よりも建物が破壊されていく「バキッ」という音が大きく聞こえる。
 建物の上に船があったり、家の中に車が突っ込んでいたりと、普通では考えられないようなことが映っていて、信じられない。
 この映像を撮られた方、その周辺の方々は「すぐに逃げろ、津波が来る」と言い、津波の情報を知る前に動いていたのは、海に近いところに住む人々の日頃からの準備のよるものであると考える。
 そして、津波によって町が一変してからの「止めてくれ」の一言に、人間の無力さを感じる。
 今回の映像を見て改めて、また同じところに同じように住むのは難しく、高台移転が現実的であると思った。
 防潮堤の意味がなくなるくらいの想定外の津波が来るのだから、いくら高い防潮堤を作っても意味がないし、海辺の地域としてのその町の良さが消えてしまうのではないだろうか。


横田
 今回津波のビデオを見て、改めて津波の恐ろしさと言うものを感じました。
 津波の恐ろしさは、地震が起きてすぐには来なかった所だと思います。
 映像では、男の人が「津波が来るから逃げろと」言っていたのですが、最初はいつもの海で、本当に津波が来るのかなと映像を見ながら感じていました。
 しかし、映像が始まり、6分後には、町の姿は変わってしまいました。
 堤防は町を津波から守るために設置されていたはずが、すぐ堤防を越えてしまいました。
 また、避難されている人から、「止めてくれ」、「やめてくれ」という声が聞こえてきました。
 映像を見るのは私自身二回目なのですが、胸がしめつけられる思いやきついと感じたのですが、何十年間もここで生活をされていた人の気持ちを考えると、言葉が出ません。
 被災者に「がんばれ」という言葉を言いますが、本当にそれは正しいのかなと考えさせられました。



清水
 ビデオを見るのは二回目なので、いろんな目線で見ることができたと思います。
 特に今回は、津波が引いた後の町の様子がすごく印象に残っています。
 家の上に車が乗っていたり、二階の窓まで瓦礫が入っていたりして、津波の高さがすごいものだったのを感じました。
 航空写真を見ると津波が、どこまで到達したのか、どのくらいの時間で到達したのかが、疑問に思いました。
 僕の実家は海の近くで高台もありますが、このビデオを見ると逃げ場がないような気がします。
 「何が防波堤だ。」と言っていたけど、あれほどの津波が来ると、どこも防げないと思いました。
 あのビデオをいろんな人に見てもらって、対策を本当に考えてほしいです。



加藤
 津波は、私が知っている波の音、私の知っている波の形ではなかった。
 平らな広い真っ黒の波が、静かに建物を飲み込んでいくという感じだった。
 あんなにも威力があるのに、波の音よりも建物が崩れてぶつかり合う音のほうが鮮明に聞こえてきた。
 また、齊藤さんや他の被災者の声も印象的だった。
 「ダメだ」「やめてくれ」「何が防波堤だ」「どうなっているんだ」など、人々の嘆きや怒りや悲しみ、いろいろな感情が混じっていた。
 それは、簡単に一言であらわせるような感情ではないと思った。
 最初にこの映像を見たときは、津波で流された建物を「瓦礫」として見ていた。
 しかし、よく見ると、家具や洋服など、そこに確かに人が暮らしていたのだという証があって、被災された方々にとって、これはただの瓦礫ではないのだと感じさせられた。
 自分の暮らす街が壊れていくのを、被災された方々はどんなおもいで見ていたのだろう。
 崩れた建物を全部さらって行ってしまう引き波がまた、とても残酷だった。
 本当に衝撃的な映像で、何度見ても慣れないだろうと思った。
 1回目、震災について何も知らずに見た時とは違い、大勢の被災された方々を思い浮かべながら見た映像は、また全然違った景色に見えた。
 以前の私のように、震災を全く知らずに震災を風化させている大勢の人にこの映像を見てもらい、少しでも考えてもらいたいと思った。


山縣
 まさに何もできない状況だったのだろうなと感じました。
 悲鳴や「誰か止めてくれー」という言葉から、無念さがひしひしと伝わってきました。
 また、「あそこにいたら死んでいたね」という言葉にずっしりとした重みを感じました。
 被災した方々は生きるか死ぬかも紙一重なあれほど恐ろしい場所に居たのかと。
 映像の始めの「地震だ、避難」という指示には、まだ冷静さや、ある程度の余裕があるように聞こえましたし、映っている人も、それほど慌てているようではありませんでしたので、なお更、あの津波は予想外の、想像を絶するものだったということが感じられました。
 静止画だけでもその場の痛々しさは伝わってきました。
 瓦礫の山を見ると、自分の中でも不安が膨れ上がっていくようでした。
 さらに、上空からの写真には目を疑いました。
 あれほどの範囲があっという間に更地に変えられてしまうとは、ただただ驚くばかりでした。
 あんな短い間に多くの人の命と、それまでの日常が一気に流されていったのかと思うと、改めて恐怖を感じざるを得ません。
 こんなことを書くのは被災した方々に対して失礼にあたるかもしれませんが、「自分があの場にいなくて本当に良かった」というのが私の率直な感想になります。
 ただ、「自分が無事で良かった」で終わるのではなく、無事だからこそ何か行動を起こし東北の力になりたいという思いは一層強まりました。
 どんなことをすれば喜んでいただけるのか、まだまだ手探りではありますが、自分の出来ること、やるべきことに全力を尽くします。



 僕の中での津波というものは、大きな波が押し寄せてくるというイメージだったのですが、映像でみたものは違いました。
 気づけば「水が溢れ出している」というくらいの水位の増し方なのに、それがたった3分で船を建物に乗り上げさせ、その1分半後には家をさらい、7分も経つと、町はほぼ壊滅状態となっていました。
 引き波で瓦礫がこすれ合うバリバリという音、住民の「やめてくれ!」という声、「家に居たら死んでたね...」という声は、耳に重く入ってきました。
 防波堤の残骸や、何の瓦礫かもわからないほど壊れてしまった町をみて、そのとき町の人は何を思ったのだろう。
 きっと人それぞれにあり、家族、友達、家、仕事、未来と、いろいろ一気に頭のなかをめぐったことと思います。
 そこには、抱えきれないほどの様々な感情があったと思います。
 津波の後の虚無感というのは、とても表現し難いものですが、こうして画面を通してでも伝わること、感じることはあって、知ることができるのは、動画や画像があるからです。撮影は、大きな勇気で、大切なことだと思いました。



脇坂
 「津波」と聞くと私のイメージは映画に出てくるようないわゆる「ビックウェーブ」で、街を一飲みにしてしまうものでした。
 しかしこの映像を見て、私の思っていたことはまったく違っていたことを知りました。
 少しずつ街の中へ水が浸入していき数分後には濁流のようになり、街が一つの川のようになってしまった。
 その様子はゆっくりだが確実に時間が経つごとにひどくなっていることがわかる。
 そして、引き波が終わった後には、少し前に見た映像とはまったく違う姿になった街があった。
 それを見たとき、正直「本当に復興は可能なのか?」と思ってしまった。
 失礼ながら、私は現在の大船渡市の姿を知りませんが、あの地震津波が起こる前のものとまったく違ったものであることはわかります。
 そして、被害にあった方々にしかわからない思いがあると思います。
 なにか大事なものがなくなってしまったような、心に穴があいたようなもの。
 それは、私たちにはおそらく分からないと思います。
 しかし、その穴を埋める手助けができるのならば、手伝いたいと思いました。
 伊達ゼミに入ってこの映像を見るまで、津波の怖さを私ははっきり知りませんでした。
 そして、まだこのことを知らない人が多くいると思います。
 なので、より多くのひとに、「津波」の恐ろしさを改めて知ってもらい、自分にできることを考えて欲しいと思いました。


【ゼミの運営方針】
 1回生の入門演習・基礎演習Ⅰ、2年生の基礎演習Ⅱでの自分の取り組み姿勢を反省しつつ、今後、どんな演習にしていきたいかを出し合いました。
 

(書記:若林さん)