山名宗真『岩手縣沿岸大海嘯取調書』(明治29年)

 遠野に生まれた山名宗真(1847-1909年)の「三陸大海嘯岩手県沿岸被害調査」を読んでいます。
 「魚付場」「海湾近傍山林原野の景況」「林相種目」などが調査項目であったり、高田松原が、防潮林としてだけではなく、魚つき林としても重要だったことを指摘していたり、とても興味深い調査報告です。
 『東北大学工学部 津波防災実験所研究報告 第5号』(1988年3月)に所収されている 卯花政孝・太田敬夫解読「三陸沿岸大海嘯被害調査記録―山名宗真―」より、気仙郡の魚つき林に関する箇所を抜粋します。


陸前国気仙郡気仙村

 漁村新位置
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 五. 魚付場及海湾近傍山林原野ノ景況幷林相ノ種目
○ 本村ハ 宮城縣界 本吉郡小原木ニ 杉樹 在り 一新以来 私有山トナリ 明治十八九年比(頃) 伐木セシ 以来 根付キ魚ノ漁業ヲ 失ヘタルハ 本村ノミ ナラス 小原木辺迄 大ニ 減少セリ

○ 本村 高田松原ノ為メニハ 古谷ヨリ長部港マテ 鰯 鮪漁ノ在ルハ 高田松原ノ効ナリ 此 松原ハ 防風 防潮 魚寄林ノ三徳 在リ 実ニ 貴ムヘシ 故 宗真 此 松原 植付シ 子孫ヲ 捜索セシニ 高田町役場ヨリ 別紙ノ事蹟書ヲ 得タリ 実ニ 菅野杢之助 功徳ナリ 別紙ニ見ヨ
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 漁村制
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 三. 旧漁場ト新漁場トノ位置状況
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○ 大ニ 変リ タルトハ 見ヘス 一新以来 垂水辺ハ 魚附林 伐木 以来 魚族 沖ニ 寄ルト云」


陸前国気仙郡高田町
漁村ノ新位置
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 四. 防風林及防浪林其他堤防ノ必要ノ有無
○ 本村ニハ 連續ノ地ニ 数丁ノ松原アリ 之カ為メ被害少シ 実ニ 此松原 無クハ 如何ナル 大害 受タルヤ 不知 海岸 樹木 実ニ 必要 此松林ヲ 以テ 防風浪林ノ模範ト 云ヘシ
高田松原 皆植付ニ 砂ノミ土無シ 松ヲ 植ルモ 直ニ枯レ 故 濱梨 及 グミ 植付后根締ヲ 付ケ 数年ノ后 植付ノ効 発セント云
 
 五. 魚付場及海湾近傍山林原野ノ景況幷林相ノ種目
○ 高田町ノ海濱 不足 別ニ 記スル事 無シト 雖モ 高田松林 魚付ニ 大ニ 関係アリ 此松林ノ為メ 鰯等 寄 大ナリト云」


陸前国気仙郡米崎村
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漁村ノ新位置
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 四. 防風林及防浪林其他堤防必要ノ有無
○ 字沼田小字野ト云所 防風浪林ノ松ヲ 兼テヨリ 植付トシセシ 有志者 アレトモ 漁民 網干場ニ 不便ノ為メ 植付ヲ 拒ム
○ 宗真 考ルニ 本村 堂ノ前抔ハ 二百年前ヨリ 非常 海成 其后 某カ植付タルヤハ 十年前マテ 防風浪林モ在リ 追々 逆浪ノ為メ 海成 樹木ヲ失ヘ 目今ハ 道路ヲ失ヘ 是レ 潮止堤防及 防風林 植付 急務ナリ 漁民 網干場 如何ニヨリ 設ケサルトキハ 他ニ 大害 羅ヲ 知ラス 詳細ハ地図ニ 記入ス

 五. 魚付場及海湾近傍山林原野ノ景況幷林相種目
○ 本村ノ海濱 南西ニシテ 北方 皆 山林 雑木 所々ニ 杉 アルノミ
○ 堂ノ前 杉林ニ 十ヶ年前ニ 伐木セシヨリ タナコ抔ハ 大不漁トナリ 此所 魚付トナシトキハ 漁業ニ 大益 アルヘシ」


陸前国気仙郡小友村
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 漁村新位置
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 五. 魚付場及海湾近傍山林原野ノ景況幷林相種目
○ 本村 海岸近傍 民林故ニ 十ヶ年前伐木セシ 以来 漁業者 減少セり 多ク 沖ニ寄リ 捕獲 少シ」


陸前国気仙郡廣田村
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 漁村ノ新位置
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 五. 魚付場及海湾近傍山林原野ノ景況幷林相ノ種目
○ 従前ハ 海岸ヨリ百間以内ノ森林ヲ 官私ノ區ヲ問ワス 伐木ヲ禁ス 非常 必用アル場合ニハ 村吏 點検ノ上 粗悪木 抜切リヲ 許可スル事アリ 是ハ海岸 曇ラカシ 魚付林 為メナリ
○ 一新以来 魚付林乱伐セシ為メ 魚類沖ニ去ル
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○ 魚付海濱 立木ノミ ナラス 海湾ニ関スル(関スルトハ 海湾 近キヲ云)諸山 立木 伐木スル 鮪 鰹漁ニ大ニ害アリ」



 三陸沿岸の漁業復興・再生が叫ばれている今こそ、この山名宗真による明治三陸津波の調査報告に学ぶべきだ、と思いました。

 魚つき林の意義について、松永勝彦(北海道大学名誉教授)氏は、次のように述べています。
 「漁師たちは、魚や貝類を増やすためには湖岸や河畔、海岸の森林を保全することが極めて大切なことを経験的に知っていた。森林の周りには魚が集まるというので、この森林は魚つき林と呼ばれていた。江戸時代には木一本首ひとつ、つまり盗伐すれば首を刎ねられるほど厳しく管理され、重要視されていた。
 魚つき林の物理的役割として、急激な水温上昇を抑える働きがあげられる。水辺の森林がないと、川の水は太陽光を直接受け、下流に流れるにつれ水温が上昇することになる。水温に敏感な魚はそこでの生育が困難になる。
 ・・・化学的な要因としては、栄養素を河川、海に供給するという重要な役割をしていることから、陸のすべての森林が魚つき林だといってもいいのではなかろうか。」(『森が消えれば海も死ぬ―陸と海を結ぶ生態学(第2版)』講談社、2010年)


 以前の10月31日のブログ記事との関連をつけてみると、魚つき林は「社会的共通資本」(宇沢弘文)だと言ってよいと思います。
 「社会的共通資本とは、医療や教育、自然など、人が人間らしく生きるために欠かせないもの。これらは市場競争に任せず、人々が共同で守る財産にします。その基盤を確保した上で、企業などによる市場競争があるべきだと(宇沢は)考えたのです。」(NHKクローズアップ現代『人間のための経済学 宇沢弘文』より抜粋)

(続く)