近江の土山茶でHappy Marriage !

 先日、ゼミ一期生の結婚式に行ってきました。
 私が教員になって初めてのゼミ生です。
 新郎、新婦の笑顔を見て、そして、ご両親への感謝の言葉を聞いて、思わず感涙。
 
 式場は滋賀県の琵琶湖ホテル。
 琵琶湖の湖畔にあります。

 披露宴で、「近江牛」をはじめ、美味しい料理を堪能したのですが、とても感心させられたことがありました。
 

 「近江土山茶」でHappy Marriage !


 「滋賀県民は地域の特産物を大切にしているのだな〜」、
 「陸前高田も一日も早く復興して、地域の皆さんが『昔のように、気仙茶でハレの日を迎えましょう』という気分になってくれたらいいな」
と感じました。




 土山茶に好感をもったので、家に帰ってから、土山茶の歴史を調べてみたくなりました。
  滋賀県立図書館の近江デジタル歴史街道のページで、「土山茶」と入力しキーワード検索すると、
 滋賀県勧業課が明治6年(1873)に刊行した
 『滋賀県管下近江国六郡物産図説3/甲賀郡[下]/土山茶/製茶図』
 『滋賀県管下近江国六郡物産図説3/甲賀郡[下]/土山茶/器械図』
が出てきます。

 クリックすると、当時の製茶の様子や製茶器具を描いた絵図が登場します。

 見ていてとても楽しい絵図なので、皆さんも是非 !

 個人的には、「助炭」と「焙炉」の間に、鉄製の網が存在するという点が、特に興味深かったです。

 
 ただし、画像の形式が「DjVu イメージ」なので、インターネット・エクスプローラーでこのページを開いて、右下のリンクから「DjVuBrowserPlug-in」をダウンロードする必要があります。ちょっと不便ですね。
 お忙しい方は、こちら(土山学区自治振興会)の土山茶の解説をご覧下さい。絵図の一部が転載されています。土山の「茶もみ唄」も、思わずクスッと笑ってしまいます !



 明治期の滋賀県の茶業史については、よく知られているように、明治4年(1871)に刊行された彦根藩『製茶図解』が重要文献ですが、こちらのほうは、国立国会図書館・近代デジタルライブラリーで見ることができますし、『日本農書全集 第47巻 特集3』(農文協)に収録されています。
 やはり、この『製茶図解』にも「鉄網代」が登場しています。

 この「鉄網代」は、徳川時代のいつ頃に登場するのでしょうか。
ちなみに、先週見た、岩手県気仙地域に伝わる製茶道具を思い出してみると、助炭の底はトタン板でできていて、「鉄網代」はありませんでした。


【余談】
 このことに関連して、18世紀、「宇治製法(青製煎茶製法)」の発案者・永谷宗円は、どのような製茶器具を用いて、どのように揉んだのでしょうか。
 また、京都府指定無形文化財の「宇治茶 手もみ製法」は、いつ頃の時代の技術のことを指しているのでしょうか。この「宇治茶 手もみ製法」は、宗円が発案したと言われる「宇治製法」と、どこが同じで、どこがちがうのでしょうか。