リスボン大地震 1755年 (ノート)

 レベッカ・ソルニット(高月園子訳)『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』からの引用です。

 「1755年11月1日に発生したリスボン地震で、それはポルトガルの首都の大部分を破壊しただけではなく、政治的にはさらに大きな破壊を引き起こした。災害社会学者のラッセル・ダインズ(Russell Dynes)によると、地震が神の意思表示ではなく自然現象だと広く受け止められたという点で、それは近代的災害であった。
 いずれにしろ、この地震ポルトガルだけではなくヨーロッパ全般に劇的な変化を引き起こすことになった。地震の発生が日曜の午前中だったために、多くの人がミサに出席していたのだが、石造りの教会は崩れ、大勢の信者たちが下敷きになった。王宮や石造りの大邸宅も多数倒壊した。海がいったん引き、港では海底の小石がむき出しになったが、次には津波となって市の沿岸一帯を洗い流した。発生した火災は、数日間、続いた。死者は数万人に上った。それは大西洋沖を震源地とする、マグニチュード9と推定される巨大地震で、破壊はモロッコにまで及び、北ヨーロッパでも揺れが感じられ、津波アイルランド北アフリカにまで到達した。」
 「・・・ヨーロッパの知識人たちは隣国で起きた地震の意味について論争を繰り広げていた。多くが、災害に対する神学的な解釈や、全能の神という概念に異議を唱えた。哲学者で作家のヴォルテールは詩集『リスボンの災厄に関する詩』と、のちの短編小説『ガンディード』で、リスボン地震はそれまでの楽天的な世界観を改めるべき証拠であると論じた。詩集を彼はこう始めている。

 さあ、『すべてはうまくいっている』とのたまう、汝、哲学者たちよ
 この破壊された世界について考えよ
 きみたちと同じ人種の引き裂かれた体や屍灰を見よ
 ありふれた残骸の山となったこの子どもと母親
 大理石の柱の下に散らばった手足―
 地面がむさぼり食った数万の人々・・・・

 リスボン地震は、権威や深い信心から離れて個人の理性―そして疑問―に向かうヨーロッパ啓蒙主義の原点の一つだったというのが一般的な説だ。」
(レベッカ・ソルニット[高月園子訳]『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』亜紀書房、2010年、208-210頁、原典は、Rebecca Solnit, A Paradise Built in Hell: The Extraordinary Communities That Arise in Disaster. Penguin Books ed. 2009, pp.153-154)


 1755年のリスボン地震は、ルソー、ヴォルテール、カント、アダムスミスなどヨーロッパの思想家たちに大きな影響を与えました。
 これについては、
 中山元「大地震はそれまでの楽観論を覆した―18世紀、リスボンの地震が起こした思想界の激震 上 (日経ビジネスオンライン)」
 同上「地震後、人間への強い信頼感を表現したカント―18世紀、リスボンの地震が起こした思想界の激震 下」を参照してください。


 ヴォルテールが『ガンディード』を著したのは1759年。
 経済学の父・アダムスミスが『道徳感情論』初版を出版した年です。
 研究者たちの間では、スミスは、『道徳感情論』の改訂を進める過程で、リスボン地震ヴォルテール『ガンディード』から影響を受けた、とされています。
 『道徳感情論』「第3部 義務感について」「第3章 良心の影響力と支配力について」には、以下のような記述があります。


 「無数の住民を有する大帝国である中国が突然地震によって飲み込まれてしまったと仮定したうえで、人間愛に富み、その地域といかなる関係ももっていないヨーロッパの住民が、この恐るべき災難の情報を受け取ることによって、どのような影響を受けるかを考えてみよう。
 私が思うに、ヨーロッパの住民は、何はさておき、不幸な人々の不運に対してきわめて深い哀悼の意を表し、人間生活の危なっかしさや、人間的努力のすべてがそのように一瞬にして破壊されるという虚しさを、憂鬱な表情を浮かべて考え込むだろう。
 もし思索の人であったら、おそらく彼はまた、この災害がヨーロッパの通商や世界貿易、さらに商取引一般に対して及ぼしかねない効果に関するさまざまな議論を、検討するだろう。
 このすばらしい哲学がすっかり終われば──この人間愛に満ちたすべての感情が、いったん十分に表明されてしまえば──彼は、まるでそんな事故など起きなかったかのように、自分の仕事や娯楽を遂行するだろうし、以前と同様に、ゆったりと落ち着いて、休息や気晴らしを楽しむだろう。
 彼自身に降りかかるもっともささいな災難でさえ、ずっと現実的な動揺を引き起こすだろう。彼の小さな指を明日失うことになっていたら、今晩は眠れないだろうが、もし彼が、彼の仲間である一億人にまったく会ったことがない場合、彼らの破滅よりも優先順位が高い、もっとも完全な安全を確保したうえで、眠りこけて過ごすだろう。
 だから、膨大な数の破滅は、彼自身のささいな不幸に較べると、彼にとっては、ずっと興味を引かない対象にすぎないように思われる。」

 ゼミ生をがっかりさせるような冷淡な文章ですが(笑)、スミスの積極的な主張は、むしろ、この文章に続けて書かれた以下の中にあると思われます。


 「それゆえ、もし彼らと一度も会ったことがない場合、彼自身のささいな不運を防ぐためなら、人間愛に富む人物でも、仲間である一億人の命を犠牲にしても構わないのであろうか?
 人間本性は、そのような考えに恐怖を覚えてぎくりとし 、また人類は、ひどい腐敗と堕落の状態にあっても、けっしてそれを楽しめるような悪党を生みだしはしなかった。
 だが、何がこの違いをもたらすのだろうか?
 我々の受動的な感覚が、ほとんどつねにきわめて強欲で利己的であるとすれば、我々の積極的な原動力があれほどしばしば寛大で高貴であるのは、どうしてなのか?
 我々が、他者の関心を引きつけるものによってではなく、我々自身の関心を引きつけるものによって、ずっと深く影響されることを思えば、寛大な人間ならほとんどの場合に、平凡な人間なら多くの場合に、他者のより大きな利益のために自分自身の利益を犠牲にさせるものは、いったい何だと言えば良いのか?
 自己愛がもつ最強の衝動にこのように対抗できるのは、人間愛という穏やかな力でも、自然の女神が人間の心のなかに灯しておいた慈恵の微かな光でもない。
 そのような場合に奮闘するのは、より強力な力、より強制力をもつ動機である。
 理性、行動規範、良心、胸のなかの住人、内なる人、我々の行為の偉大な審判者や調停者がそれである。
 それは、我々が他者の幸福に影響するような行動にまさに着手しようとするときに、つねに、我々の激情のなかでもっとも差し出がましい部分を驚かせるような声で、我々は、多数のうちの一人──仲間の誰と較べてもまったく差別待遇されない──でしかないと告げるし、さらに、他者に対して恥じるだけでなく、知らぬ顔をする選択をした場合には、自分自身が、怒りや嫌悪や憎悪の適切な対象になる、と必ず我々に知らせる。
 自分自身と自分に関係するあらゆる事柄が、実際に取るに足りぬものであることを我々が学ぶのは、からなのであって、自己愛の自然な誤表明は、このような公平な観察者の目によってしか修正できない。
 物惜しみしないことがもつ適合性や、不正がもつ醜さ──他者のさらに大きな利益のために、自分自身の最大の利益を放棄することがもつ適合性自分自身にとって最大の利益を入手するために、いささかとはいえ、他者を侵害することがもつ醜さ──を我々に知らせるのは、公平な観察者なのである。」

 (アダム・スミス道徳感情論』高哲男訳(講談社学術文庫版)は250-251頁、村井・北川訳(日経BP版)は312-314頁、水田洋訳(岩波文庫版)は313-314頁、改行は引用者)


 日本を代表するアダムスミス研究者で岩波文庫版の訳者・水田 洋氏は、この段落について、「1755年のリズボア(リスボン)の大地震からの連想かもしれない」と注釈している。(アダム・スミス道徳感情論 (上)』、322頁)