神戸新聞「阪神・淡路大震災20年 こころの復興とは」(2)

 神戸新聞の連載記事です。
 「阪神・淡路大震災後、被災者の心はどのような軌跡をたどったのか。震災を機に広まった『心のケア』は成熟したのか。20年の歩みを追った。」
こちらです。



 震災20年 次代へ 第7部 こころの復興とは (2)
 支援の心得 ケアを強調しないこと

「心のケアは、被災者に人気がない」
 10月。兵庫県こころのケアセンター(神戸市中央区)が、保健や福祉関係者を対象に開いた研修会。センター長の精神科医加藤寛(56)がそんな言葉を発した。
 「東日本大震災では、避難所で『心のケアお断り』の張り紙が張られた」とも話した。
 阪神・淡路大震災以降、国内外の被災地で活動し、明石歩道橋事故や尼崎JR脱線事故の被害者とも関わってきた加藤には、試行錯誤した末の結論がある。
 「被災者に受け入れてもらうためにはケアを強調しないこと。現実的な支援をしながら、地道な関係をつくること。そして何よりも、害を与えないことが重要だ」
 
 阪神・淡路以後、広く取り組まれるようになった心のケア。東日本大震災では、全国の都道府県が精神科医や臨床心理士によるチームを被災地に派遣した。その数、1年間で延べ約3500人。大学やボランティア団体なども相次いで被災地に入った。
 しかし、受け入れ側には戸惑いも生じた。宮城県南三陸町保健師、工藤初恵(54)は「震災直後、被災者は生きる、食べる、着るのが最優先」と話す。「被災者の苦しい心の扉を開けるだけ開けて帰る人もいた。誰がフォローするのか。無責任ではないか」
 こうした現状を受け、兵庫県こころのケアセンターは心理的支援マニュアルの普及に力を入れる。米国の国立PTSDセンターなどが作成した「サイコロジカル・ファーストエイド(心理的応急処置)」で、回復力を引き出すことを重視する。
 「穏やかにそばにひかえ、安心感を与える」といった基本的な姿勢を示し、「そのうち楽になりますよ」など、遺族に掛けてはいけない言葉も具体的に挙げる。
 
 阪神・淡路から20年の蓄積で、被災者や遺族の苦しみが長く続くことも明らかになってきた。
 震災から15年後のこころのケアセンターの調査では、106人の遺族のうち約半数に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状や悲嘆反応がみられた。
 神戸市東灘区で1人暮らしをしていた甲南大3年の長男正則=当時(21)=を失った岡部香津子(66)=たつの市=は、今も心療内科に通う。
 震災後、不眠や頭痛、吐き気に悩まされた。「地獄の底にいるようで、どうしていいか分からなかった」。周囲の目が気になり、医療機関には足が向かなかった。初めて受診したのは震災の約7年後。気を失って倒れ、PTSDと診断された。
 カウンセリングで心の内を吐き出し、「少しずつはい上がってきた」と岡部。「私の場合、時間では解決できなかった。ケアが必要だった」と振り返る。
 加藤は「症状が重い人ほど、専門家とつながりにくい」と指摘する。苦し過ぎて身動きが取れない人は少なくない。だからこそ、長期的な視点に立った支援が欠かせないと説く。=敬称略=
 (出所) 神戸新聞2014年12月19日付 朝刊1面

 兵庫県こころのケアセンターのHPはこちらです。記事に登場する「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き」の日本語版も読むことができます。

 加藤寛センター長の著作。
 加藤寛最相葉月『心のケア――阪神・淡路大震災から東北へ』(講談社現代新書、2011年)
心のケア――阪神・淡路大震災から東北へ (講談社現代新書)

 「重要なのは、復興の時期には、様々な格差が生じるということです。同じような被災状況であっても、早く復興のプロセスに入れる人と、そうでない人の差が生じてくる。経済的基盤の弱い人や、高齢者はなかなか生活再建の目途が立たず、与えられた最低限の生活に甘んじなければならなくなる。この現象を、私の恩師である中井久夫先生は経済学の用語を援用して『鋏状格差』と呼びましたが、時間が経てば経つほど鋏の刃先が開くように差が広がるという状況になります。」(47−48頁)