陸前高田合宿レポート (1)

藤野
 私たち伊達ゼミナール2回生21人は、2月9〜12日の4日間、岩手県陸前高田市にある高田一中仮設住宅を訪問しました。
 私にとって今回が初めての陸前高田を訪問でした。
 以前からテレビのニュースなどで度々「被災地の復興は進んでいない」というのをずっと耳にしていましたが、実際に訪れて感じたのは、「本当に復興は進んでいないんだな」ということでした。

 仙台空港から仙台駅まで電車で行き、そこから高速バスでの移動だったのですが、ビルが建ち並ぶ仙台から段々と景色が変わって行き、気がつけば周りは土が盛られた更地が広がっていました。
 走る車も砂利を積んだトラックばかりが行き交い、道路は泥まみれで、そこを走る車は茶色く汚れていました。
 さらに驚いたのが、道路の上を走るベルトコンベアです。
 そのベルトコンベアが何を運んでいるのか、私はゼミブログで知っていたのですが、あの非日常な光景が未だに鮮明に焼きついています。

 陸前高田市に着いてすぐ、雪が吹雪いており、刺すような寒さが私たちを迎えてくれました。
 陸前高田で雪が降ることは滅多に無いそうなのですが。

 その後、買い出し班と鶴亀鮨班、仮設住宅下見班に分かれての別行動でした。
 私は鶴亀鮨班として、お店へと向かいました。
 大将はとても暖かく私たちを迎えてくれました。
 また、去年、先輩たちがやった手巻き寿司パーティのことをとてもよく覚えていてくださっていて、私たちが「うーん…」と悩んでいると、「去年はこうだったよ」と優しくアドバイスをして頂きました。
 そのまま鶴亀鮨さんで、晩ごはんとして海鮮丼をゼミ生全員でいただきました。
 お魚がとても新鮮で、普段私が食べている海鮮丼とは比べ物にならないほどの美味しさでした。
 店員さん達と記念撮影をしました。
 お店には、いろいろなところから来たボランティアの方との写真や去年の伊達ゼミの写真、いろんなところから送られた寄せ書きが天井までびっしりと飾らてれいました。


 2日目。いよいよ私たちは高田一中仮設住宅へ向かい、手巻き寿司パーティー、チョコ作り、ダンスをしました。
 仮設住宅に着くと、一中の生徒たちが授業中にも関わらず、窓から元気いっぱいに手を振ってお出迎えをしてくれました。
 そして私たちがそこで目にしたのは、プレハブで作られた住宅が中学のグランドに隙間なく立ち並んでいる光景でした。
 洗濯物はむき出しで干されていて、プライバシーが守られているような環境ではありませんでした。
 そこで被災者の方々はもう4回目の春を迎えようとしているのです。

 集会場に着くと、さっそく私たちは朝のラジオ体操に参加しました。
 しかし、私たち以外にラジオ体操にきていたのは、ほんの数人でした。
 去年はもう少し人がいたそうですが、だんだん参加する人が減っているようでした。

 その後、集会場では、(社協の)歌とダンスのイベントが行われおり、おばあちゃん達の歌をBGMに、せっせとイベントの準備をしていました。
 そして手巻き寿司パーティーが始まる時間には、集会場がいっぱいになるほどの方が集まっていました。
 やはり手巻き寿司は東北の方では馴染みがないらしく、「どうやって食べるの?」と聞かれ、鶴亀さんに教えてもらった海苔の巻き方を説明すると、皆さんと楽しそうにご飯と具を山盛りにして食べてくれました。
 あるおじいちゃんに手巻き寿司を作ってあげると、「孫に作ってもらったみたいだ」と、うれしそうに食べてくれました。
 だんだん手巻きに慣れてきた頃、「これはお土産」と、孫や旦那さんのために手巻き寿司をお皿いっぱいに作っていました。

 チョコ作りも、チョコを丸めたり、デコレーションをしたりと楽しんでもらえました。
 しかし、手巻き寿司からチョコ作りへ準備をする時にバタバタしてしまいました。

 そして、「恋するフォーチュンクッキー」をみんなで踊りました。
 前日のミーティングでは、「最初のおにぎりダンスだけで20分はかかるんちゃうか…」とダンス班では言われていたそうですが、いざ始まると、おばあちゃん達はどんどん踊りを覚えていくのです。
 1番をみごと踊りきってくれたおばあちゃんたちのパワフルさに、私たちも負けられないと思いました。


 3日目は、お餅つきとチョコ作り・ダンスでした。
 お餅つきは、区長の中村さんが集会場の役員さん達にお声をかけてくださり、総動員で準備を手伝ってくださいました。
 おばあちゃんたちの手際の良さが光っていました。

 また、祝日ということもあり、子供たちがたくさん来てくれました。
 チョコ作りに来てくれたAちゃんと私は仲良くなりました。
 Aちゃんはチョコのデコレーションを楽しんでくれました。
 そして、デコレーションしたチョコをゼミ男子にプレゼント。みんなAちゃんにメロメロでした。
 Aちゃんには、私がデコレーションしたチョコをプレゼント。
 すごく喜んでくれて、私もうれしくなりました。
 その後、「お餅つきをしたい」というAちゃんと一緒にお餅をつきました。
 私が、
「お餅つきしたことある?」
と聞くと、
「幼稚園の時にした!」
「でも、その幼稚園津波で流されちゃったの」
と教えてくれました。
 そういう話題が出てくることは覚悟していましたが、いざ被災体験の話を聞くと「そうだったんだね…」としか返すことができませんでした。


 お餅つきも終わり、片付けをしている時、あるおばあちゃんが「もう仮設住宅を出で市営住宅に引っ越しているの」と話してくれました。
 仮設住宅にはもう住んでいないけれど、集会場の役員だから今日はお餅つきのお手伝いに来てくれたそうです。


 次に、お話を伺ったのがB子さんです。
 B子さんは前日もイベントに参加してくていますた。
 B子さんの仮設住宅にお邪魔する機会がありました。
 家に向かう途中、B子さんは、
「一人だと食欲もわかず、家ではご飯をほとんど食べないの」
と言っていました。
 そして、初めて見る仮設住宅に私は驚きました。
 扉が二重になっていて、中の扉に鍵が一つついているだけのとても頼りないものでした。
 そして中に入ると、外と温度差がほとんどなく、とてもひんやりしていましました。
 入ってすぐ横が台所になっていて、奥に居間、お風呂場と分かれていました。
 置いてある家具、というにはあまりにも簡単なプラスチックの衣装ケースなどはすべて支給されたものだそうです。
 居間はテレビとこたつを置いて一杯になるほどの広さでした。
 そして、そこには旦那さんの仏壇がありました。
 仏壇には手巻き寿司が供えられていました。


 11日は月命日。2時46分、みんなで黙祷をしました。
 黙祷している間、すすり泣く声が聞こえ、目頭が熱くなりました。
 私の横に座っていたおばあちゃんが黙祷の後に、
津波で、思い出も何もかも全部流された。」
と涙ぐみながら話してくれました。
 イベント中は楽しそうに笑っていたおばあちゃん達や子供たちはみんな、あの津波で、家だけでなくいろいろなものを失ってしまったんだとあらためて思いました。

 お話を聞く機会は仮設住宅だけではありませんでした。
 鈴木旅館では、仮設住宅にお住まいの方に出会いました。
 その仮設住宅は小規模で、私たちのような「ボランティアの人が来ないの」とおっしゃっていました。

 バス停で一緒になったおばあさんは、
津波から逃げていると、後ろを走っていた人がいなくなったの…」
と、津波が襲って来た時のことを話してくれました。



 今回の合宿で初めて被災地を訪れ、被災地の現状を目にし、そこに住む人達の生の声を聞くことができました。
 土が盛られた更地、
 巨大なベルトコンベア、
 プレハブの仮設のお店、
 仮設住宅での生活、
 仮設住宅と学校との間のわずかな隙間で部活動をする中学生、
 バスで学校に通う小学生、
 側溝が崩れたままの道路.....。
 見るものすべてが、テレビでしか被災地のことを知らなかった私に、
「あの被災地の映像は、テレビの中のものではなく、現実のものなんだ」
と思い知らせてくれました。