陸前高田合宿レポート (2)

中村

 仙台駅からバスに乗り、陸前高田市役所前に向けて約2時間半ほど経った頃、バスの窓から見る外の風景が一変しました。ゼミの中で見たビデオや、ニュースなどで見たことのあるコンクリートの家の枠組みだけが残っているさら地が広がっていました。
 その光景を見たときにやっと、陸前高田に来たという実感が湧き、3月11日に起こった地震によって起きた津波の恐ろしさがひしひしと伝わってきました。


 ゼミ合宿に行くまではとても不安でいっぱいでした。
 震災に関することを被災された方達から話されたときに、どのような言葉を返したら良いのだろうか、どのような表情で話を聞いたら良いのだろうか、被災された方々にとって話を聞くだけで良いのだろうか、共感し何か言葉を返すべきなのだろうか、自分が実際に現地に行き被災者の方々の力になれることは一体何だろうか、とずっと考えていました。


 実際に仮設住宅に行ってみると、とても明るく笑顔がすてきなおばあちゃん達がお出迎えしてくれました。
 チョコレートを一緒に作ったおばあちゃんは、子供のように一生懸命チョコレートをデコレーションしていて、ラッピングのやり方を説明する時もとても真剣に聞いてくれました。
 見本で自分がおばあちゃんの名前をチョコペンで書いてあげると、とても喜んでおられて、
「こっちのチョコは高校2年生の孫に、こっちのチョコは中学3年生の孫に」
「これはお父さんにあげるの、何十年ぶりかしら」
と、とても嬉しそうに、作ったチョコを見せながら話してくれました。


 1人のおばあちゃんと私の出身地である鳥取県について話していた時に、
「昔少しだけ顔見知りになった鳥取県の方がね、ずーっと会ってもいなかったのに、わざわざ震災後にお手紙をくれてね、とても嬉しかったの。その時はまだ仮設にも住んでいない時だったから、郵便屋さんも苦労しただろうにね。」
と、何か懐かしく、そして悲しく遠くを見るような目で私に話してくれました。
 この時、やはり震災のことを思い出し人に伝えるということは、被災された方々にとってはとても辛く、決して時間が解決してくれることではないということを自分自身の肌で実感しました。


 1人暮らしの方の仮設住宅に、バレンタインデーにちなんでチョコレートを配りに行き、お話する中で、
「何かお困りになっていることなどはありませんか?」
と聞いたところ、ほとんどの人が、
「あんたらみたいな若いもんが遠くからわざわざ来てくれるだけで元気になれる。」
と言ってくださいました。
 しかし、中には、
「そんな贅沢言ったらきりがないね」
と、笑いながらも言われていましたが、本当にそれが被災者の方々の本心であるということがわかりました。
その他にも、
「やっぱり仮設は寒いね。」
「いつまでここにおれるんかね。」
というような被災者の方達の本当の声を聞きました。
 このような声こそが、わたしたちの復興支援に向けての課題であり、もっと考えていかなければならない点であると、私は思いました。



 鈴木旅館のお風呂や、仙台のお昼ごはんを食べたお店などで、
「どこから来たの?」
と聞かれ、京都から来たということと、東北に来た目的を伝えると、
「遠いところから、わざわざありがとね。」
と言われました。
 わたしはこの合宿で数えきれないほど、多くの人から「ありがとう」という言葉を言われました。
 こんなにも「ありがとう」という言葉を言われ、胸がぎゅっと苦しくなったのは初めてでした。
 この「ありがとう」という言葉には、もちろん感謝の意味も込められていると思いますが、その被災者の方々の「ありがとう」と言う時の表情を見て、何かまだ救いを求めている意味も込められているのではないだろうか。
 そう思いました。
 まだまだわたしたちにできることはいくらでもあると思います。
 そのできることが、被災者の方々の自立に悪影響を及ぼしていないだろうか、わたしたちのような支援する側だけの自己満足になっていないだろうか、ということを見極めながら、被災者の方々に寄り添い、わたしたちにできることを、口だけではなく行動に移していきたいと思いました。


 この合宿を通して、改めて、当たり前のようにいる家族・友達、当たり前のように温かいご飯が食べれて、温かいところで寝れること、そして勉学に励むことができたり、サークルなどといったように自分の好きなことができることすべてが決して当たり前ではなく、恵まれており、そして幸せなことであるということを実感しました。