陸前高田合宿レポート (8)

高垣
 ゼミ合宿では、高田一中仮設集会所を中心に、私はチョコ班として、ほかにも手巻き寿司や餅つきが行われました。
 鶴亀鮨さんや車屋酒場さんにもお邪魔し、出発前準備から含めてとても充実した日程でした。


 初めての場所ではなかったにせよ、初めてのことはたくさんありました。
 今回の合宿は、企画を通して交流することが目的だったと思いますが、その点ではこれが初めてでした。
 これまでの講義の中で、どのように被災者と関わっていくべきかを学ぶために、被災地の映像を見たりそれについて討論をしてきました。
 実際に到着するまでは、被災者の心を傷つけてしまわないか少し緊張していましたが、会った方は皆さん達者で安心しました。


 現地の方とは、震災に関する話題にはなりませんでしたが、やはり悲しみを背負っているというか、闇を抱えている印象は受けました。

 また、お年寄りの方よりも子供たちのほうが心の壁が堅く感じられ、ほかのメンバーたちも仲良くなるのに少し時間がかかりました。
 しかし、毎年訪れている伊達ゼミだったとはいえ、参加しようとしてくれる子供たちがいるという事実は重要です。高田一中の敷地内で移動している時も、教室の窓から手を振ってくれる生徒もたくさんいました。


 少なくとも子供たちに向けては、企画や催し物が必要だと考えます。
 話を聞くということもですが、私たちと同じ年頃のお子さんやお孫さんがいる方は私たち自身の話にも興味があったようで、話をすることも重要なのだと感じました。
 中村区長さんも、私たちと同じ年代の息子さんがいらっしゃるそうで、嬉しそうに写真を見せてくださいました。


 被災地の「外部」にいる私たちが現地のかたとどのように接していくべきかという答えはまだわかりませんが、どんな形であれ被災者に必要なことの1つはコミュニケーションを取ることだと考えています。
 震災のことを話すのはとても辛いことと思われますが、話すことでプラスになることもあります。
 また、話したいと思って講演会を開いたりとさまざまな形で行動を起こしている方もいます。
 外の人間には外の人間だけができることがあるかどうか、しばらく悩んでいましたが、現地の方とお話していくことが1つの正解だと感じました。
 震災を実体験していない私たちであるからこそ、被災者の記憶を気持ちとともに伝えられると思います。


 初めて陸前高田に行った2013年の夏ごろから大きく変わった点としては、海が見えなくなったことです。
 新たな防潮堤が築かれ、大きなベルトコンベアが建造され、復興に向けて進んでいる中、工事は順調とはいかず、復興の見通しは延長されています。
 今まで私は、「被災地を一度見て」感じたことから考えを練ってきましたが、今は被災地を複数回見てその経過の比較をすることができます。
 まずは、やはり、実際に自分の五感で感じることが重要で、仮設住宅がいかに狭いかを言葉で理解させることは困難です。
 変わっていって嬉しいこと・悲しいこと、変わらなくて嬉しいこと・悲しいこと、様々です。
 昨年、災害公営住宅が出来たことや高台移転の工事が進められていることは喜ばしいことです。
 しかし、その高台移転の工事完了予定が数年後であること、そして高田一中から海側を臨んだ景色が変わらないことは悲しむべきことだと思いました。

 また、今回は立ち寄りませんでしたが、仮設住宅の近くにある「語り部くぎこ屋」さんも、変わらず同じ場所に居を構えていらっしゃいました。


 今回、交流して学んだことは、高齢化の進む中で、子供たち(若い世代)がどう動いていくかが大切であるということです。
 家族や大切な人を失った子供たちも多く、どうしても内向的になってしまいがちです。
 それは仕方のないことで、これから向き合っていかなければいけないことであり、それこそが復興の柱になります。
 物理的な意味での復興もですが、自立のための、精神的な意味での立ち直りを、コミュニケーションや行動を喚起することで進めていくべきだと考えます。
 今回のチョコ作りでは、作りながら話をしたり、バレンタインデーに向けてレシピを配り「自分で作る」ことを促せるということで、精神的な復興といえるのではないでしょうか。


 今回、個人的に力を入れた点は、企画の運営ではなかったかと思います。
 当日の流れを出来る限り鮮明に想像して、実際は現場で判断して動くことが多かったですが、タイムスケジュールを練り、企画が始まればどこかに不備が無いか注意深く観察しました。
 チョコづくりが始まるまで、ほかの班の手伝いをし、臨機応変にできたところもありました。
 逆に、こうしておけば良かったかと感じたのは、企画の運営と交流のバランスが悪かったということです。
 手の空いた時間をもう少しおばあちゃんたちと話す時間に充てられたと思います。そこは改善できるところでした。


 震災が発生してから4年弱が経ち、復興に向け進んでいくこともある中で、ますます「風化」という目に見えない問題が浮き彫りになっています。
 私が2度目のボランティアを決意し、そしてこのゼミに入るきっかけともなった言葉があります。
 それは、初めてボランティアに行った時のこと、現地のおばあちゃんが仰っていた言葉です。
「また地震や津浪がきたり電気が止まるのも怖い。だけど、みんなが震災のことを忘れていくことが一番怖い」。
 この言葉のおかげで、今の私があり、それをボランティアという形にして返していくことが私の責任だと思っています。
 今回の合宿を通して、その考えはより一層深まりましたし、それは私だけではないと思います。

 私たちが震災について学んでいき、そしてそれを私たち自身が広げていくというところまでが学ぶことの意味でもあると思うので、大学生活という限られた時間の中ではありますが、今は知識だけでなく今回の体験も含めて自分の中に蓄積し、それを広げられるようにするための方法を探していきたいと思います。