陸前高田合宿レポート (11)

横田
 私たち伊達ゼミは、3泊4日で陸前高田に合宿に行きました。
 私は、陸前高田をはじめ、東北に行くのが初めてでした。
 そのため、復興の現状がどうなのか、仮設住宅で生活されている人がどのような思いをされているのか等、映像や、東北ボランティアの経験のあるゼミ生の情報しかなく、企画作りの時から前日まで、「自分たちの行動や企画は、本当に現地に適合しているのか」と、自分の中で何度も考えました。
 もちろん、私たちとの交流や企画を通して、少しでも笑顔になってもらえるように一生懸命考えてきました。


 仙台から陸前高田に向かうバスの中で、窓の外に見える景色に目を疑いました。
 震災から4年と言う月日が過ぎようとしています。メディアで、「東北が元気になってきている」とか「震災前の姿に戻りつつある」といった表現をよく目にしていました。
 実際にバスから見える景色は、まだまだ震災当時と変わっていないと感じました。
 津波の被害を受けた中学校が震災遺構としてそのまま残っていたり、仮設の店舗があったり、私が想像していた景色とは全く異なりました。
 実際に自ら足を運び、五感で感じることが、とても大事だと思いました。 


 2日目から、仮設住宅の方々と交流させていただきました。
 私たちを最初に迎え入れてくれたのは、かわいらしい柴犬クッキーでした。
 クッキーは人に慣れているのか、私たちを見ても吠えることもなく近づいて来てくれました。

 集会所に備品を運び終えると、仮設のみなさんから、
「お兄ちゃん、お姉ちゃんらも、一緒にラジオ体操しよう〜」
と声をかけてくださいました。
 仮設住宅での私たちの1日は、ラジオ体操から始まりました。
 定番のラジオ体操だけでなく、方言の掛け声のラジオ体操もしました。


 手巻き寿司パーティが始まりました。
 たくさんの方が集会場に足を運んでくださいました。
 私も、みなさんと一緒に手巻き寿司を作っていましたが、
「あなた作るの下手だから、私が作ってあげるわ」、
「いっぱい食べなさい !」、
三陸の魚、おいしいでしょう〜」、
「私が作ったのおいしいから、食べなさい」
と、たくさん作っていただいて、とても美味しかったです。
 あの味は忘れられません。


 同じテーブルのおばあちゃん達が、笑顔いっぱいで、私においしそうな手巻きずしをくれました。
 食べてみると、ワサビがたくさん入っていました !
 「からい?」
と、おばあちゃん達は、とても笑顔でした。笑顔が見れたので、とてもうれしかったです。


 みなさんが、「手巻き寿司パーティー、楽しみにしてるの」とおっしゃられているのを聞いて、ゼミの先輩方から続いている企画ができて良かったと思いました。
 
 手巻き寿司パーティーの後は、私も担当したチョコ作りをしました。
 チョコ作りは、バレンタインが近いということで考えられた企画でした。私たちは、チョコにデコレーションするなど、去年とは少し違ったアレンジを加えました。参加してくださるか心配でしたが、その心配が嘘のように、皆さん来てくださいました。とても器用にデコレーションされていて、私達よりも上手でした。
「帰って孫にあげんだ」
「お父さんにあげる」
など、いろいろな想いが込められたチョコ。

 トリュフの作り方で、紙コップの中でチョコをコロコロ転がして抹茶を付ける方法は大好評で、「面白い !」、「これは簡単で楽しい」と言って頂けたのはとても嬉しかったです。
 こんな企画で大丈夫かな等、いろんな不安な思いもありましたが、帰る時に「楽しかったよ」や「またしたい」など言って頂いて、企画して良かったと思いました。

 三日目も、餅つきやチョコ作りを行いながら、私は、集会場に来ていた子供達と遊びました。
 男の子達は、集会所に来てもゲームや動画を見て、外で遊ぶより室内で遊びたい子が多かったです。
 私は、普段、小学生にサッカーを教えていて、たくさんの子供と関わっているのですが、仮設住宅の子供達は初めて出会った性格の子供達でした。震災は、目に見えない影響を与えていると感じました。大人でさえ切り替えが難しいほど周りの環境ががらりと変わってしまったら、子供達はどうしていいか分からず、流れていく時間に合わせるしかできないと感じました。
 私は、どうしても、「いつもと違う遊びをしてもらいたい」と思っていたので、何度も「外に行こうよ」と話しかけると、「いいよ(OK)」と言ってくれ、外に連れ出すことに成功しました。
 すると、さっきまでゲームに熱中していた男の子が、
「お兄ちゃん見せたいものがある」
と言って、ある場所に連れて行ってくれました。
 それは、先ほども登場した柴犬クッキーでした。

 「この犬 クッキー ! かわいいでしょ」と紹介してくれました。
 この男の子は、仮設住宅で出会う人一人一人に「こんにちは!」と挨拶していたので、しっかりしているなと思いました。

 集会所に戻ると、元気そうな女の子2人がいて、縄跳びに混ぜてもらいました。
 中学の時以来、縄跳びに触れていない私は、毎回ひっかってしまい、
「もう〜、ゆっくり回してあげるから、ちゃんと飛んでよ〜」
と、飛び方まで教えてもらいました。

 子供達は本当は外で遊びたいのでは、と思いました。そのためには、遊ぶ環境が必要ですし、学校以外で遊ぶ相手も必要です。
 被災地にはまだまだ難題はたくさんありますが、私がゼミで勉強している間に、子供達と何か出来たらいいなと思っています。

 私達チョコ班は、仮設住宅で一人暮らしをされている方を訪問し、チョコを手渡しさせていただきました。
「震災の時は・・・・」
「亡くなったお母ちゃんにこのチョコレートをあげる」
と、お話してくださいました。
 私達は返す言葉が無く、黙り込んでしまう場面が何度かありました。
 勉強して合宿に来たつもりだったのに、何も言葉をかけてあげられませんでした。
 まだまだ未熟者だ、と考えさせられました。

 みなさん、最後に必ず、「ありがとう、みんなが来てくれただけで元気でたよ、気を付けて帰りよ」と言葉をかけてくださいました。

 「また必ず来ます!」
と約束しました。


 必ずまた訪問させていただきます


 私にとって、今回の陸前高田合宿は、考えさせられることばかりでした。
 震災から4年の月日が経ちますが、復興しているのは本当の一握りだと思いました。
 これから考えていかなければならない課題もたくさん見つかりました。
 実際に仮設住宅を訪問し、自分の目で確かめることができたからでした。
 訪問することはとても大事なのだと思いました。

 今回の合宿で、私がみなさんに何が出来たかと言われれば疑問ですが、みなさん優しく迎え入れてくださって、どうもありがとうございます。

 最後に。

 必ずまた訪問させていただきます。



平井

 陸前高田に近づいてきて、バスの窓から景色を眺めるとあたりは一面雪に覆われた平地がずっと続いていました。

 初日に鶴亀鮨さんに行ったとき、大将をはじめとする皆さんが温かく迎えてくださいました。
 絶品の海鮮丼をいただき、箸入れはそれぞれ違うメッセージのこもった一本松の箸入れで、私の手元には「これからも陸前高田をめんこがってけらっせん」という言葉が刻まれた箸入れがあります。
 鶴亀鮨の皆さんが書いてくださった「龍谷大学の皆さん、陸前高田のためにご苦労ちゃん!」の文字とカラフルな紙テープとともに皆で集合写真を撮りました。

 2日目(イベント1日目)の朝、集会所前で準備を進めていると仮設に暮らすおばあちゃん達が集まってきました。
 元気なおばあちゃんたちを筆頭に始まったのはラジオ体操。
 おばあちゃんたちとの方言のラジオ体操は身も心も温かくなしました。
 朝から当日の直前まで各イベントにどれぐらいの方が来てくださるのか、人数も盛況状態も心配していましたが、2日間ともおじいちゃんおばあちゃん、お母さん子どもたち、たくさんの方が来てくださって、両日来てくださった方も多くみられました。
 兄弟・いとこの中でも一番年上の私は、昔から年上の人と会話をすることも、年下の子の面倒を見たり一緒に遊ぶことも、とにかく色々な人と関わり、話を聴くことが好きでした。
 そんな私が高校3年生の時から、そしてこの一年間陸前高田に行って最もしたかったことはこどもや大人たち皆を笑顔にすること、たくさん話してたくさん聴くことでした。
 
 1日目の巻き寿司の時には、「若いんだからいっぱい食べんさいよ!」と一緒のテーブルで食べていた皆さんが私の分のネタを詰めたり丼にして渡してくださいました。
 鶴亀鮨さんの新鮮なネタと皆で食べるという両方の効果でとても美味しく、楽しく食べることができました。
 私は餅つき班だったのですが、当日は準備の半分もしくはそれ以上をおばあちゃん達がしてくださり、もち米のふかし方やお雑煮の作り方など色々なアドバイスをもらうことができました。
 そんな中、外で何人かのゼミ生と駆け回って遊んでいる子どもたちもいれば、イベントをしている端っこでゲームをしている男の子たちもいました。
 初めはそっとしておいた方がいいのかなと思いましたが、やっぱり少しでも話したい!と思い、話しかけにいきました。はじめは少し警戒をしている様子でしたが、少しずつお互いの緊張感も解け、質問に答えてくれたりだんだんと笑顔を見せてくれたのでとてもうれしく感じました。
 その時見せてくれた子どもたちの少しはにかんだ笑顔は可愛くて忘れられません。これまで色々なことを我慢してきた子どもたちには、同じ目線になって話したり一緒になって遊べるような人が必要なのかなと思います。

 私たちが主体となってイベントをしている、というより現地の方々と一緒にみんなでイベントをつくれていることに喜びを感じました。
 イベントが詰まっていて全部に参加してくださった方や急に体を動かした方を疲れさせてしまったのではないかなど反省点も多々ありますが、たくさんの方に楽しんでいただき、私たちも楽しんで、たくさんの笑顔を見ることができたので本当に良かったです。
 とくにダンスは集会所に来てくださった方をはじめ漁業関係の皆さんや小中学生も参加してくださったそうで、皆が躍るフォーチュンクッキーの動画の出来上がりが楽しみです。

 巻きずしを食べている時や最後におばあちゃん達が巻きずしと甘酒を作ってくださって飲んだり食べたりしている時は、ゆっくりお話を聞くことができました。
 ある方がぽつりと
「今度どこそこにまた新しくお店ができるらしくて。便利になることはいいんだけどね、やっぱりそれよりもまずは普通に住む場所ができてほしいね。」
という本音を話してくれました。
 一日でも早く、人の暮らしの原点である「家」で生活ができる環境が必要だと感じました。
 最終日に訪れた「みんなの家」の上から見た景色を見たときにも同じようにそのような環境が必要だと感じました。

 震災があったことはもちろん、復興や支援に対する対応が遅れている、または止まっていること、仮設住宅での生活を今でも続けている人がいること、復興が進んだとして家がどんどん建てられても皆が皆新しい家を買って暮らすことはできないこと、そしてなにより、心の傷が癒えないまま過ごしている人がいるということを私たちは決して忘れてはいけないし、震災に遭われた方の声や本音から目を背けずに、体験したり目に耳にした現状や事実を発信し続けたいと思いました。
 それでどれくらい現地の方の支えになるか分かりませんし、小さなことかもしれませんが、学生だからこそ利益などのことをあまり考えずにできることだと思います。

 この4日間現地の方々にたくさんお世話になりました。
 イベント最終日に集会所を後にするとき、おばあちゃんたち一人ひとりと挨拶をしたときは感極まりましたが、また半年後に会えることを楽しみに、お互いの手を握り、笑顔でお別れをしました。
 次回会う時には自分からもっと、皆さんの心の声を引き出していけたらと思います。
 イベントを一緒に過ごしてくださったお母さん・おじいちゃん・おばあちゃん・子どもたち、準備段階からたくさんお世話になった区長さん・鶴亀鮨の方々・車屋の熊谷さん・漁師の皆さん、その他関わってくださった方々に感謝します。
 本当にありがとうございました。