茶畑活動日誌 5/17

清水
 5月17日(日)、私を含め5人でお茶の木野園を訪れました。
 月ケ瀬口を降りるとそこには緑がいっぱいで、空気が本当においしいなと感じました。

 木野さんに駅まで迎えに来ていただき、木野園に向かいました。
 到着すると着替えて茶畑に向かい、さっそく作業にうつりました。

 2人組と3人組とに分かれ、私は3人で寒冷紗を留めていた洗濯ばさみを外しました。
 葉っぱや木は朝霜で濡れていました。

 「取り残しがあると寒冷紗を外す時にもう一度外さないといけなく、時間の無駄になってしまうので、きちんと外すように」と教わりました。



 これが木と寒冷紗を留めている状態です。




 洗濯ばさみを外し、寒冷紗に付けておきます。
 寒冷紗を巻くときに邪魔にならないようにするためです。


 次に寒冷紗を外す作業をしました。
 これも学生3人+西口さんで作業しました。
 寒冷紗は被せてから20日ほどで外します。

 外し方は、まず、寒冷紗の端を50センチほど折ります。


 そして端に棒をセットします。
 棒には出っ張りが3つ付いており、それが寒冷紗に引っ掛かり、どんどん巻いていけるという仕組みです。
 棒を回す人以外は、寒冷紗がまっすぐ巻けるように調整します。
 この作業に慣れるまでに時間がかかり、大変でした。
 両サイドのどちらかの力が強かったり、弱かったりするとまっすぐ巻けないので、声の掛け合いが大切でした。
 小川さんたちは3人で巻いており、その手際の良さには驚きました。


 寒冷紗は巻くにつれて重くなり、片手で支えるのが大変でした。


 3列外して休憩しました。
 お茶をいただいたのですが、とてもおいしく、疲れがとれていきました。
 私たちは田舎出身者が多いので、話が盛り上がりました。


 休憩が終わり、お茶刈りの手伝いをさせていただきました。

 “ななこ”という機械で刈っていきます。



 私たち2人は“ななこ”の後ろに乗せてもらい、お茶の葉が入る袋の付け替えをさせていただきました。
 「足元には葉を刈る刃があるので、十分に気を付けるように」
と言われました。

 “ななこ”が動いているときはじっとしていました。



 青色の管から強い風が吹き出し、その下の刃で刈られた葉が袋の中に送り込まれるという仕組みです。


 袋いっぱいに葉が入ると、すごく重たい !
 「今年の葉は、例年より重たい」とのこと。

 その袋を軽トラいっぱいに積み込むと、工場まで戻り、葉をコンテナに移す作業をしました。



 このコンテナいっぱいになるまで葉を入れ、次に、中の葉に風を通します。
 コンテナには送風機が付いています。


 刈ってきた葉をすべて移し、その後、お昼休憩をいただきました。
 みんな疲れている様子でした。



 休憩が終わると、寒冷紗をかけるグループと、朝の続きのグループに分かれました。

 私は、關君と、朝の続きの方に行きました。袋の付け替えも、徐々にではありますが、慣れてきました。


 茶畑の場所を移動して、また寒冷紗を外す作業をしました。


 今回は3人での作業でしたので、より難しいので、集中して臨みました。
 外した寒冷紗を回収して作業を終了しました。


 これからの訪問でお茶づくりのいろんな工程を体験したいです。






 5月17日の日曜日、朝6時起床でしたが、天気の良さと茶畑に行くワクワクで、目もすっきり覚めました。

 お世話になる木野さんの茶園まで2時間も要しましたが、最寄り駅の月ヶ瀬口に着くと綺麗な空気と穏やかな景色に、移動疲れも忘れ、どこか落ち着く雰囲気がありました。



 迎えに来てくださった木野さんの車で、木野園に着きました。

 そこには農林水産大臣賞など数々の賞状。

 改めて木野園さんの偉大さを感じ、お手伝いさせていただけることに感動しました。


 準備が整い、茶畑へ向かいました。


 たくさん飛びまわる虫に、みんなギャーギャーしていましたが、僕の実家も同じようなもので虫には慣れたものでした。

 この日は5人と人数が多く、二手に分かれて作業を行いました。
 僕は茶を刈る機械『ななこ』に乗せてもらい、刈った茶を袋詰めにするという作業をしました。
 『ななこ』のたくさんの刃を見て、茶を「摘む」ではなく、まさに茶を「刈る」のだと認識しました。

 


 機械の刃で刈って、送風機で袋に流し込み、人の手で袋詰めという作業ですが、この袋がなかなか重くて、力がある僕でも重労働でした。

 この日は力仕事が多かったですが、男が多く、しっかり作業できたと思います。


 ひと段落ついて木野園の皆さんと休憩しながら、普段の生活や南山城村のことをお話しいただきました。
 皆さん明るい人で、穏やかな時間でした。


 次は、茶刈りのために、寒冷紗と呼ばれる黒い網をはがしていく作業でした。
 均等に巻くのに苦戦しましたが、コツをつかめば慣れたものでした。

 茶畑での作業を切り上げ、工場に戻ると、刈ったばかりの茶葉をコンテナに詰める作業をしました。

 コンテナの送風機は、茶葉が発酵しないよう、冷やすためだそうです。


 お昼ご飯を頂き、午後からは別の茶畑での活動となりました。
 またまた広い茶畑に感動しました。
 全部で甲子園1.5個分の面積があるそうです。


 ここでは寒冷紗を被せる作業をしました。
 「光合成をある程度抑制することで発色がよくなり、甘さがでるので渋さがなくなる」とおっしゃっていました。


 茶刈りは、この日行った作業の繰り返しで、「葉が伸びるのに4〜5日かかり、三葉の節間までが刈りどころだ」と木野さんが教えてくださいました。
 節間が短いほうが美味く、しかし雨や気候で暖まるとすぐ伸びてしまい、味が落ちてしまうそうです。


 木野さんのユーモアな人柄にすっかり甘えさせてもらい、色々お話しさせていただきました。

 休憩には茶畑の上に連れていただき、そこで見た景色は心身ともに癒されました。

 僕の実家・永源寺でお茶を少しだけ作っていることもあって、お茶が枯れやすいことを木野さんに相談したところ、土壌は仕方ないにして、寒いのが原因だとわかりました。

 僕の住んでいる永源寺のことも知っていてくださって、感動しました。

 茶畑を見渡すと、防霜ファンが至る所にあり、気温が4℃以下になると、霜を落とすためファンが回るそうです。



 その後、さらに奥に進み、筋の長い茶畑、寒冷紗のカーテンがある茶畑で寒冷紗を被せました。

  

 この日の作業はこれで終わりました。
 が、「この後もどうや?」と木野さんの冗談。
・・・・という感じで、本当に楽しく学びながら、初めての茶刈りをお手伝いさせていただきました。




中村
 お茶刈りに行く前日は、初めての体験ということもあり、とても楽しみで、なかなか寝付くことができませんでした。
 電車に乗り南山城村に向かう途中では、緑が広がった風景が見られ、地元の鳥取のようで、どこか懐かしい思いになりました。
 電車はガタンゴトンととても揺れ、川の横を通ったり森の中のトンネルを電車でくぐったりと、なんだかアトラクションに乗っているような気分になりました。
 月ケ瀬口駅に着くと無人駅で改札はなく、駅の出口には運賃入れ箱があり、またこれも地元の鳥取に帰った気分になれました。
 駅に木野さんが車で迎えに来てくださり、木野宅に着くと来客の方々がおられ、木野さんにお聞きすると、広島の福山から来られたお客さんのようで、深くはお話できませんでしたが、木野さんのお茶を使いたい企業の方々なのかなと思いました。


 お茶畑に行き、お茶にストレスを与えてうま味を出すためにかぶせた黒いネットをお茶の木からはずすグループと、「ななこ」というお茶の葉を刈る機械に乗ってお茶刈りをする2つのグループに分かれて作業しました。
 わたしは黒いネットをはずす作業をしましたが、まずお茶の枝についている洗濯ばさみをすべてはずし、そのあとに黒いネットをはずす作業をしました。


 その黒いネットをはずす方法は、銀の棒を使いその棒にネットを巻き付けていくというやり方でした。
 ネットを2人が引っ張り2人が巻き付けていくというように、合計4人で作業を行いました。
 わたしはなるべくきれいにネットが巻けるように、ネットを引っ張りながら、かつ効率よく作業ができるように、巻く人との間隔を空けながら作業をしました。
 ところどころで、葉っぱが生えていない枝だけになっている部分があり、理由を一緒に作業をしていた西口さんにお聞きすると、「枯れてしまい葉っぱがもう生えてこない」と言われていました。
       

 午後からは、違う場所のお茶畑に行き、黒いネットを張る作業をしました。
 休憩をたくさんとりながら作業をしましたが、休憩中にお話する中で、
「今の南山城村は、人よりもいのししの方が多くいる」
と木野さんが言われていました。
 人口減少の問題についても言われていました。
 その他にも、40年間お茶畑を続けてきてやっと成功したと言われていて、
「簡単にお金を儲けることはできない。日々の努力が大切」
とも言われていました。
 その言葉から、木野さんも今までにさまざまな苦労をされてきたことが伝わってきました。
 次のお茶刈りの時に、機会があれば、この木野園が成功するまでの秘話をお聞きしてみたいと思いました。