気仙茶の茶摘み

 岩手県陸前高田市大船渡市に行って来ました!



 畦畔茶園での茶摘みの様子。
 素敵です !


大船渡市日頃市の茶園

(撮影:小野文浩さん)


(撮影:小野文浩さん)




陸前高田市小友町の茶園





陸前高田市米崎町の「北限の製茶工場」にて

 摘み取った茶葉を農協の製茶工場に持ち込む生産者。重量を計っています。
 たしか、この方とは、3年前の2012年7月にここで開催された剪定講習会でお会いしたなぁ、と思ってお尋ねしたら、やはりそうでした! (剪定講習会については、こちらのブログ記事を参照してください。)
 気仙茶の栽培、続けておられたんですね !
 とてもうれしかったです !
 茶の樹のチカラを信じてよかった !

 委託加工賃を支払っています




 また、別の生産者が茶葉を持ち込んできます !



 生葉コンテナに移され、製茶の時を待ちます。



 気仙茶の会の前田さん・佐藤さんが、「今度、ゆっくり、お話しを聞かせてください !」と生産者にお願いをしています。




陸前高田市小友町の気仙大工左官伝承館

 翌日は、気仙大工左官伝承館で、気仙茶の手もみ製法のリハーサル。
 伝承館には、昔、気仙地域で使用されていた焙炉や助炭が復元されています。これらを使用して手もみ製茶を行います。

 カマドの神様(ちょっとコワイ...)

 炭をおこして、焙炉(気仙地域では「どぼろ」)の準備。

 湯通しの加減を見ている前田さん・佐藤さん


 大船渡市日頃市で摘んだ茶葉です。

 

 

 1.17と3.11、神戸と陸前高田とをつなぐ「希望の灯り」。合掌。




【参考】
1)「緑鮮やか『気仙茶』摘み 大船渡東高生ら挑戦」(岩手日報5月23日付)
気仙茶の会の主催行事。仮設住宅で暮らす方々と地元高校生との茶摘み交流は、ずっと続いていってほしいな、と思います。

2)「陸前高田の「北限」茶摘み 復興工事で来年は様変わり」(47ニュース5月23日付])


 「高台にあるこの畑は、半分ほどが復興の宅地造成工事の対象になっており、来年には目になじんだ光景が大きく変わるという。茶摘みは以前から、主に地域の女性が担ってきた。震災では集落一帯を津波が襲い、住民は仮設住宅や再建した自宅への転居で離れ離れになったが、この日女性10人が集まると『久しぶり』『元気だった?』と明るい声が響き、鳴りやまない重機の音を忘れさせた。」
 この新聞記事によると、気仙町の茶畑は、高台にあるので、「半分ほどが宅地造成工事の対象になる」ようです。摘み娘さんたちは、今もなお、仮設住宅に住み、離れ離れになったままです。昨年、茶摘み行事が復活できましたが、人びとの日常生活はまだ戻ってはいません。(ようやくこれから宅地造成工事です)
 外部の人間が期待するような、気仙茶の担い手の増加、栽培面積や生産量の増加は、そう簡単ではありません。
 「茶畑を増やすくらいなら住宅再建用地に」という意見を伺ったこともあります。
 気仙茶の会の活動も、まだまだ困難な時が続いていくことが予想されますが、焦らずに、地域の人びとの思いに寄り添った地味な活動を続けていくことが重要ではないかと感じます。


3)「『ここは変わらない』気仙町の高台で茶摘み/陸前高田」(東海新報5月24日)
 地元紙『東海新報』は、上の2)の共同通信の「来年は様替わり」の記事とは異なり、「ここは変わらない」という地域住民の思いを伝えているのがとても印象的でした。
 


 高田一中仮設に住む佐々木栄さん(83)は「茶摘みは年に一度の大切な行事。こうしてみんなとまた一つ思い出を重ねることができた。すぐそばに工事の轟音を聞きながら、『いつかこの場所に戻るんだ』と思いをはせている」と話していた。
 「みんなとまた一つ思い出を重ねる」ためのお茶、

 「いつかまたこの場所に戻るんだ」と思いをはせるお茶。

 地域の人びと 一人ひとり 固有の場所性・歴史性・関係性を持つお茶

 それが気仙茶

 それが気仙茶の「芯」

 そう再認識しました。


4)「夏 近づく 藤沢で茶摘み」(岩手日日新聞5月28日付)
 岩手県一関市藤沢町栽培された茶も陸前高田の製茶工場に持ち込まれていたのですね。




【追記】
 本ブログ「茶畑活動日誌」の中に登場する、宇治茶産地の真っ黒な茶畑での「茶刈り」の様子と見比べていただきたいです。茶が「食品・飲料の原材料」になり、茶農家さんが「食品・飲料メーカーの原材料・部品サプライヤー」になっているのではないか、そのため、茶の「細々とした機能」偏重主義に陥ってはいないか、と感じる今日この頃です。
 被災地・陸前高田に来ると、「人の心を温める」というお茶の「意味」の大切さをひしひしと感じますし、全国に一つくらい、茶の「意味」を私たちに問いかけるお茶があってもよいのではないか、と思います。


 イギリスの精神科医レイン(R.D.Laing)の『自己と他者』から「一杯のお茶(a cup of tea)」の話を引用します。


「ある看護婦が、一人の、いくらか緊張病がかった破爪型分裂病患者の世話をしていた。・・・・看護婦は患者に一杯のお茶を与えた。この慢性の精神病患者は、お茶を飲みながら、こう言った。
 <誰かが私に一杯のお茶をくださったなんて、これが生まれて初めてです>。

・・・・・
 ある人間が、他人に一杯のお茶を供するということは、それほど容易な事柄ではない。ある婦人が私に一杯のお茶を出す場合、彼女は自分のティーポットやティーセットを見せびらかしているのかもしれない。彼女は、私をいい気分にさせて、私から何かを得ようとしているのかもしれない。彼女は、私が彼女を好きになるように仕向けていることだってありうる。彼女は、他者たちに歯向かうという彼女自身の目的のために、私を味方に引き入れようとしていることだってありうる。彼女がティーポットからお茶をカップにつぎ、受け皿つきのカップを持ったその手を無造作に突きつけるため、負担にならないように二秒以内に私がすばやくそれに手をかさなければならない、というような事態が起きるかもしれない。その行動は、機械的なものであった、そこにはに対する認知がひとかけらも存在していないといっていい。一杯のお茶が私に手渡されたけれども、私に一杯のお茶が供せられることはなかったといえるのである。
 わが国のお茶のセレモニーにおいて、真に自己であるところの一人の人間が、本当に、見かけでなく、一杯のお茶を供する者によって自身の存在を認知された他の人間に、実際に、単なるみかけだけでなしに、供するということは、世界中で最も単純にして、かつ、もっとも困難なことである。この患者が述べているのは、人生の途上で、何杯と数えきれないほどのお茶が、他人の手から自分の手へ渡されたが、それにもかかわらず、一杯のお茶が本当に自分に供せられることは、自分の人生で一度もなかったということなのである。」
(R.D.レイン[志貴春彦・笠原 嘉訳]『自己と他者』みすず書房。127-128頁、強調はレインによるもの。訳文を変更した箇所がある)

(レイン『自己と他者』の存在は、鷲田清一『聴くことの力−臨床哲学試論』ちくま学芸文庫、2015年[初出はTBSブリタニカ版、1999年刊]で知りました。)