牡蠣養殖と「森は海の恋人」

 先々週、先週の基礎演習(2回生)では、NHKプロフェッショナル 仕事の流儀それでも、海を信じている カキ養殖・畠山重篤」(2011年12月放送)のDVDを視聴し、感想を出し合いました。


今井
 カキを出荷できる大きさにするには大変な苦労があることを知りました。放卵したカキの卵をホタテにつけるやり方にとても驚きました。放卵のタイミングを間違えると、他のカキ漁業の人たちにも影響があるので、責任重大だと思います。また、熱湯にカキをつけても、殻を固く閉じて身を守るというカキの強さに驚きました。カキ養殖はとても手間がかかるけど、だからこそ品質の良い美味しいカキが出来るのだと思います。海を信じる畠山さんの熱い思いに感動しました。その思いが受け継がれていると感じました。畠山さんのカキを食べてみたいと思いました。


梅本
 まず、津波に襲われたカキが一部生き残っていたことに驚いた。映像を見る限りでは全滅しているのではないかと考えたのですが、それでもよく生き残っていたなと感じた。
 しかし、雨などの天候不良により海の水温が上昇せず、カキが成長しないという問題に直面していた。この時、改めてカキ養殖の大変さを感じた。自然相手なのでそれに合わせることは当然難しいと思う。それでも自然相手についていこうとする畠山さんを見ると向上心が高い方だなと感じた。「海に恨みはない」と言い切る畠山さんは、海が大好きな人だなと感じた。
 雇用の面でも、漁業だけでも、年代に関係なく約100人もの人を雇えるとのことなので、経済の発展が見込めるのではないかと考えた。


大西
 津波に襲われながらも、牡蠣が海の底で生きていたことに驚きと感動を覚えました。あの時点で放卵が望めなかった場合、さらに厳しい状況になっていたと思います。
 病に伏した父の代わりに、迷いながらも、でもそれを見せないように頑張る畠山さんの姿は印象に残っています。試行錯誤し、牡蠣にとってベストな選択を探し続けた結果が「舞根の海の味」が作れた理由だと思います。
 津波で様々なものを失った上で、「海に恨みはない」と言い切り、海とともに生きる畠山さんは海の怖さと豊かさを知っていて、それを受け入れて生きているのだと私は思いました。
 畠山さんたちなら、きっとそう遠くない未来に、市外から種ガキなどを購入せず、最初から自分たちで作った「舞根の海の味」を復活させ、さらなる地域の付加価値を得ることができると思いました。


岡原
 畠山さんだけではなく、震災の被害にあった人々が皆、これでいいのかと悩みながら進んでいるのが伝わってきました。
 一歩選択を間違ってしまえばカキの養殖が出来なくなってしまうのだから、不安だったはずなのに、「自信のない人には誰もついて来ないから」と、迷っていることをあまり見せない畠山さんと息子さんの姿がとても印象に残りました。
 「カキは手をかければかけるほど返ってくるものが多い」と、本当にカキにすべてをかけているのが分かりました。
 カキだけではなく、漁業の復興にはまだまだ課題がたくさんあると思います。だからこそ、海を信じる人々が海と共に生きていけるような環境にするためにはどうすればいいのかを考えていかなければならないと感じました。


岡本
 カキは抱卵期間が1か月間でその間に2、3回しか抱卵しないため、タイミングを見極めてホタテの殻に卵を付着させなければならないという難しい作業だ。しかし、震災の影響で、海の水温が上がらず、抱卵が1回しか起こらなかった。さらに、養殖中のカキに成長を妨げるユウレイボヤが付着する事態が起こった。そんな中でも畠山信さんはなんとかしようと試行錯誤し手間を惜しまずにユウレイボヤを取り除く作業をしていた。「カキには人が映る」という言葉を畠山さんが背中で語っていた瞬間だと思った。
 海は天国と地獄が共存している場所、津波が憎い訳ではなくその環境の中で生き抜いていく必要があるという言葉から、自分が置かれている環境の中で自分にできることを試行錯誤し行動に移すことが大事だと思った。


角野
 牡蠣が大きくなるのには、津波の影響でプランクトンが大量に発生したという要因があったけれど、ユウレイボヤなど牡蠣が食べるプランクトンを奪ってくる生物も多くなってきて、牡蠣の成長を妨げる問題がでてきた。それに対して、温湯や水温の低い所に移動させるなど、手間をかけてでも牡蠣を大きく成長させたい、そういう想いが伝わってきました。
 一番印象に残っているのが、息子さんが持って帰ってきた牡蠣を食べた時の畠山さんの嬉しそうな笑顔でした。牡蠣がしっかり育ったことで、畠山さん親子だけでなく、関わっている人たちや、他の牡蠣養殖をしている人たちの生活も、復興への大きな一歩を踏み出すことができて本当に良かったと思いました。


金沢
 畠山さんが病に倒れ、息子さんが代わりに育てていて、津波の影響でホタテの殻に牡蠣の卵をつけるのも、1回目の放卵が終わると雨などの影響で水温が上がらず、放卵がおきなかった。海に入れていた牡蠣を出してみるとユウレイボヤという付着物がついていて、それを除去するために熱湯につけたり、冷たい海に入れなおしたりしていた。この作業は1ヶ月かかったが、それでも生活がかかっていたので、手間暇をかけた。悩みに悩んで育てて、11月半ばに、例年より少ないが、健康的な牡蠣を収穫できた。収穫した牡蠣を畠山さんが食べ、笑顔になっているのが印象的だった。
 津波がこようがどんな困難がおきても、諦めない心が大事だということを感じました。


金平
 今回牡蠣はどのように生まれ育つのかというのを観て、牡蠣の成長に興味を持ちました。前回「牡蠣には人の心が映る」とおっしゃっていたので、牡蠣を育てるために息子さんはどのように父の代わりに育てようとしたのかを注目して観ていました。2週間たっても2回目の放卵がおきず、ユウレイボヤが付着してしまった時も、「父ならどうするだろうか」と考えておられて、畠山さんの存在は息子さんにとって大きいのだなと思いました。牡蠣は立派に成長し、最後の畠山さん親子が笑顔になるシーンを観て、この笑顔を見れるようになるまでたくさんの苦労があったと思いますが、その思いも全て育った牡蠣に映し出されたのかなと思いました。


亀村
 畠山さんが病に倒れた後、息子さんが代わって牡蠣養殖に携わっていましたが、放卵やユウレイボヤなど、次々に襲いかかる困難に対して本当にこれでいいのか、親父ならどうするだろうかと考えておられる姿にとても感銘を受けました。父親である重篤さんも牡蠣を育てていく際、悩みながらも諦めずに行動をおこしていました。お2人とも牡蠣を立派に育て上げるための姿勢がまったく同じで、海を信じているのだろうなと2回のビデオを通してわかりました。息子さんが育てた牡蠣を食べながら「たいしたもんだ」と笑いあっている姿をみてとても感動しましたし、牡蠣養殖の復活に一歩近づいたのだろうなと実感することができました。


岸本
 今回の映像を観て、ホタテと牡蠣が強く、お互いに関わり合っていることを初めて知って、とてもびっくりしました。ホタテの殻を入れるタイミングなどで牡蠣の成長の具合が変わってしまうし、牡蠣にとって無くてはならない存在なんだなあと思いました。
 また、牡蠣の成長を妨げてしまうユウレイボヤの存在。どの生物にも成長を妨げてしまうものが存在するんだなあと思いましたし、その存在が逆に反動で成長する場合と、成長を止めてしまう場合があるので難しいことだなあと思いました。
 2回にわたってこのDVDを観ましたが、畠山さんは海と共に生きることをとても大切にしていることがわかりました。


木村
 自然は一度失うと、数年、数十年、一生失いかねません。そのことは様々な影響を与えてしまうことをよく考えるきっかけになりました。自然のマイナスの影響は、人間の生活に大きく関わっていました。漁業を身近に感じていなかった私は、そのマイナスの影響について全く考えていませんでした。自然を失うことによりそれらに関わっている人々の収入を一気に奪っていきます。それが数年続くということはとても恐ろしいことだと感じました。
 それでもだれも責めることはできない。どうすることもできない。その中で自然に関わっている人々は自然を責めてはいませんでした。むしろ共存して生きていくという前向きの気持ちでした。その気持ちは長年自然とかかわり共に育ってきた人々にしか感じることのできない感情ではないかと思いました。
 海だけでなく、自然を信じ、愛し、生き抜く。そのことは、我々が生きていく中で忘れかけられたことであり、忘れてはならないことであり、最も重要なことであるように感じました。


坂井
 震災後、人々は津波に強い町を目指して堤防や防潮堤の建設や高台の宅地造成などを計画していた。しかし、それでは漁業に多大な影響を与えてしまう。人々は、前者と後者の思いで板挟み状態になってしまった。
 カキ養殖においてもそうであった。畠山さん親子は、津波でカキ養殖が上手くいくかわからないので、日々模索しながら行っていた。ユウレイボヤの駆除のために温湯をしていたが、カキへの成長を考慮して、より手間暇がかかるが内海から外海へ移動させた。
 カキ養殖と復興。双方を通じて、これが本当に良いのかわからないが、それでも前に進むことと、背反する二つのことどちらとも上手くいくようにすることが大切であると思った。決して簡単ではないが、カキのように「手をかければかけるほど、その分かえってくる」と信じたい。


坂野
 津波によって船が流されたり、養殖のイカダが壊されたり、漁の道具がなくなったりと深刻なものでした。漁業で生計を立てている漁師さん達にとっては死活問題です。養殖漁業の人たちはあと1、2年は収入がゼロかもしれない、と言っていて、震災が与えた被害の大きさを痛感しました。
 今回は、その中でも牡蠣養殖の畠山さんの取り組みの映像を見たのですが、「牡蠣には人が映る」という言葉が印象に残りました。海を豊かにするために、畠山さんや地元の方達で木を植え、過労で倒れてしまった畠山さんに代わって息子さんが海に出ていました。たくさんの人の思いが詰まった牡蠣が例年と同じく出荷できる様子を見て、胸が熱くなりました。
 漁業の復興は時間がかかるしとても難しい問題だと思いましたが、諦めずに続ける人々を見て、逆境に立ち向かう強さを見習わなければならないなと思いました。


佐藤
 以前のようにまたカキ養殖をするためには多くの年月と負担がかかるんだと知りました。津波が起きて育ちやすい環境になったとはいえ、カキというのは収穫できるまで2、3年以上かかるそうです。津波の影響でそれまで収穫予定だったものも全て失ったことで、2、3年以上は収入が0というのはあまりにもきつい現実だと思いました。そこまでしてカキの養殖にこだわるのは色んな想いがあったからだと思いますが、正直、自分がその立場だったらと考えると、きっと諦めていたと思います。しかし、畠山さんがそうしなかったのは他の選択肢を持たなかったからではないかと思います。やはりカキとは切っても切れない縁があったのではないでしょうか。そして何より、舞根の海とカキが大好きなんだと強く感じました。


杉本
 前回を通して、共通しているのは、何事にも選択を迫られていたことです。山での宅地造成、カキの養殖、いずれにせよ、その選択を決めざるを得ない者は、たとえ正解がわならなくても判断せねばならないということがよく分かりました。また、海や森、自然は人にとって、本当に大切なものであり、大切にしなければならないものだということも分かりました。人は海から遠ざかることを選び、高台に住もうとして、山を削ると海に被害が出ます。それは、漁業に影響を与え、結果、人は海を見放したようで、人は海に見放されると思いました。だから、海を信じ、もう一度、カキの養殖を行った結果、カキはよく育つことになったのでしょうか。森・川・海の環境を守ろうとする人がもっと増えるべきだと思いました。しかし、やはりリスクは付きもので、津波が来た時にどう逃げるかというリスクがあります。僕は、そこの改善点を考えるのが一番いいのではないかと思います。


竹内
 今回の映像では、畠山さん親子の牡蠣に対する愛情と同時に危機感を感じました。前回までは、順調に進んでいたように見えた、カキ養殖の再スタート。しかしそんな簡単なものではないと感じさせられたのが今回の映像でした。ユウレイボヤの大量発生時など多くのリスクを伴う判断をするということは、そこで働く様々な人の生活を背負うということ。そんな危機の中での判断ができたのも、牡蠣に対する愛情と情熱があったからこそだと思いました。そして、収穫した牡蠣を食べた畠山さんの「舞根の海の味」とおっしゃられていたところから、そこまで達成できた喜びと安堵する気持ちが見えたような気がしました。
 しかし、まだまだ風評被害などこれからの課題がたくさんある中で、どのようにカキ養殖が復興していくのかにすごく興味がわきました。
 と同時に、自分にも何かできることはないのかとすごく考えさせられた映像でした。


玉垣
 今回は、重篤さんの息子である哲さんに焦点を当てた映像でした。ユウレウボヤの出現もあった中、半年以上の手間をかけた哲さんは自信に満ち溢れていました。しかし、心配そうに見届ける重篤さん。私はその姿を見て、ああ本当にこの人たちは牡蠣を大切に思っているのだなと思いました。重篤さんは「海を信じる」と言いました。そして、哲さんは「海がどうなろうが憎いと思わない」と言いました。別の言葉ではありますが、お互いの海への気持ちの強さが伝わりました。仕事だから牡蠣を養殖するのではなく、舞根だから養殖できた牡蠣だということを知ってもらって初めて畠山さん親子にとっての牡蠣養殖が成り立つのかなと思いました。重篤さんが、無事に収穫された牡蠣を食べて、「おいしい舞根の海の味だ」と表現したことから、そう思いました。


中川
 前回、畠山さんの海への執念を強く感じたが、今回の映像から、やはり津波の後の状況は本当に厳しいものであったのだなと感じた。畠山さんが病気にあい、息子さんが出荷まで収入なし。従業員の方々への賃金面など現実的に厳しいことだらけの状況の中、様々な方法でカキを守り抜いた。そこからカキ養殖の知識、海、カキに対する愛情を強く感じた。ユウレイボヤの大量発生時、熱を通し周りの細菌を死滅させる方法、水温の低いところにカキを移動させる方法、これらでカキの成長に悪影響を及ばせる可能性もあった中の判断を行っていた。畠山さんの息子さんのカキは「手をかければかけるほど返ってくるものが多い。子どものようなもの」という言葉が強く印象に残っている。親子でカキ養殖にかけている、親子の絆がカキ養殖を続けていく力になっているのだと感じた。
 カキ養殖に関して、水産加工業であり決して畠山さん親子ですべてできるものではない。養殖の環境維持、運送、貝の殻を外す作業など様々な面で雇用が発生している。よって漁業の復興がその地域一帯の復興に近づく。ただ、その分畠山さんの危機的状況のなかの経営能力、養殖技術に重い責任がのしかかっているとも感じた。
個人的ですが今後、被災地に行かせていただいた場合、漁業の復興の手伝いができればなと考えています。


永尾
 前回の映像では牡蠣の稚貝が見つかり、これから復興して行こうという締めくくりで終わったと思うのですが、その後どのようにして成功したのかを今回の映像で少しだけ理解できたのではないかと思いました。やはり、前途洋々とまではいかないのだなと改めて思いました。牡蠣の稚貝を発見したは良いがそれはあくまでその年一年だけ出荷できる牡蠣だけで、今後の出荷へと繋げるには牡蠣の種牡蠣を入手してそれを育てて成長すれば出荷するという牡蠣養殖のサイクルを再び一から作り上げなければならないのです。この膨大な作業をするには多くの費用が掛かり、収入のない状況でやるには経営者としては、かなりのプレッシャーがあるのだろうと思いました。ちょっとした判断ミスが人の生活を左右すると考えると一歩を踏み出すのを留まってしまいそうです。それでも、不安になりながら前に進むという行為は相当の勇気か思いきり必要だろうなと思いました。


西岡
 感想前半で述べた赤潮発生後の牡蠣と、震災後の牡蠣には、商品としての風評被害にあう可能性があるという共通した課題があります。しかし、それ以前に宮城県産の牡蠣の流通量が減少しているという問題があります。DVDの後半では、牡蠣の流通量の減少という問題に取り組む畠山父子に焦点を当てた取材がされており、明るい展望のようなものは見える形で締めくくられています。その中で私は、畠山さん父子の牡蠣に対する愛情だけではなく三陸産牡蠣ブランドに対するこだわりも感覚的に読み取ることができました。
 私がそう思った理由としては、畠山さんが牡蠣について語るときに思わず笑みがこぼれていること(牡蠣への愛情)や、味見をした牡蠣を『舞根の海の味』と表現していること(三陸産ブランドへのこだわり)などが挙げられます。
 さて、『舞根の海の味』という表現ですが、私からしてみれば並の芸能人のグルメリポートよりも、食指が動く言い回しであると思います。ちなみに私は生牡蠣を食べたことがないため、カキフライにして食べてみたいと思いました。
 (感想後半の)冒頭付近に挙げた流通量の減少に関しては、畠山さんのように漁業に携わらないと関わることは難しい問題です。しかし、風評被害に関しては私たちも関わることのできる課題であると思いました。


西川
 まず漁師の収入は不安定だと知り、さらに被災地の海はもっと希望が少なくなるのだと感じた。牡蠣の放卵は天気や温度に大きく左右され、その放卵のタイミングを間違えると、数年後の収入がゼロになりかねない、大変リスクが高い作業で、またその牡蠣の養殖で被災地復興を考えているのならば、多大なる責任感を背負っていたのだと思う。晢さんが牡蠣の卵が貝殻についているか確認しに行き、それを港でじっと待っていた畠山さん。卵がついている貝殻を見せて、「立派なもんだ」と笑いあう二人の姿を見て、まぶしいほどの親子の愛情と絆を感じ取ることができた。こうやって、まずは身近な人から協力し合って支え合うことによってその範囲が拡張し、素敵な笑顔の輪が被災地中にどんどん広がっていくのだと確信した。


森下
 失敗を繰り返して成長し、成功を成し遂げるのであると感じた。恐らく、自身の人生の中でああいった失敗と成長と繰り返すことはないだろうが、苦労した分の達成感は、はかり知れないものであるだろうと感じた。また、今回は親から子へと牡蠣の養殖方法が伝えられたわけである。子はやはり親の背中を見て育つものであり、親が大切にしていたものをやはり子も大切にするもので、また、漁業に誇りを持っていることに対し、将来の自分の就いたものに誇りを持ちたいと考えた。自然は敵でもあり、味方でもあると前回記したが、人間は自然と共存していかなければいけないものであり、自然の恩恵を十分に受けていると感じた。


室井
 この後半部分を見た感想として、親の信念や苦悩や努力というのは、子へと受け継がれるもの、受け継ぐべきものなのだなと感じました。畠山さんが、津波の後すぐに牡蠣養殖を再開し、過酷な状況からでも信念を持って取り組んでいましたが、体調不良で寝込んでしまった父に代わってその息子さんにバトンは渡されたわけですが、牡蠣の放卵のタイミングの見極めであったり、成長を妨げるユウレイボヤの大量発生でその対策のために、牡蠣へのリスクが低い方法として、海水温が低い所へと移動させるというとても手間がかかる作業をしたりと、様々な問題で夜な夜な悩みながらも、それでもやるしかないと心に決めて養殖へ取り組む姿から、父から子へと伝わるものが感じられました。


畑中
 畠山さんたちのような前向きに復興に取り組んでいる人たちでも、多くのものを抱えているんだとわかりました。何の収入や見通しもなく、不安で仕方がない。むしろ行動うつしていても、選択が正しいのかという疑問を持っていると思います。そんな当たり前の感情を人より、感じられるから動いて、現実ぶつかってしまってしまう。そんな現実と向き合いながら頑張って、周りに希望を与えられる存在の大きさを感じました。そして、その周りの存在大切であると気づきました。1人だけで頑張ることは、とても疲れます。だから支えてくれるような、存在が必要だと感じました。また、そのような存在が震災や津波で失われてしまった方々が多くいるからこそ、今も被災地に起こる様々な問題で、悩み傷つく方々がいるのかとも思いました。


西村
 前回の映像では、畠山さんにスポットが当てられていましたが、今回は息子の晢さんにスポットが当てられていて、牡蠣養殖をまた違う視点から見ることができました。震災の影響で牡蠣の卵ができるかどうかわからない中、「それでも海を信じ、生き抜け」という言葉を胸に自分の信念を曲げず奮闘する晢さんの姿が印象に残りました。それと同時に、漁業で生計を立てていた人々にとって、漁業が復興しない限り、震災からの復興とは言えないのだろうと思いました。しかし、漁業を復興させようとすれば防潮堤を建設することができず、逆に防潮堤を作らなければ、もし、またあの大津波が来たら逃げるための時間を稼ぐことは難しいと思います。これからは、その両者の問題を解決する最善の方法を考えることも復興の一つかなと思いました。


森家
 今までカキ養殖だけで生計を立てていて畠山さんにとって、震災により全てを失い収入も激減する漁業をするしかならなくなった。しかし少しでも早くカキ養殖を復活させたい思いで取り組み、なんとかカキ養殖を持ち直すことができたのは畠山さんだけでなく息子などの助け合いがあったからだと思う。人々のこれからの復興のためには防潮堤を作らなければならないが、防潮堤を作れば養殖ができなくなる。畠山さんにとってはどちらも大切なことだからきっと判断をするのに苦労したに違いない。しかし私は畠山さんの決断は間違っていなかったと思う。前回と今回のビデオを見て、被災した方々は被災してない私たちよりもずっと自分の役割に責任をもっており、同じ経験をしたからこそ助け合う絆が強まっていると思った。