気仙茶 聞き書き集が完成 !

 待ちに待った気仙茶の聞き書き集 !
 昨日、我が家にも到着しました !

 北限の茶を守る気仙茶の会 編『おら家のお茶っこ〜陸前高田大船渡 震災を乗り越え未来につなぐ 気仙茶聞き書き集』 !

 (「おら家のお茶っこ」は「オラエ ノ オヂャッコ」と読みます。)



 「これがあるがら 幸せだったのがなぁ」

「・・・・こう、おがってきてからさ、あぁ、このくらいなった。あぁ、あのくらいなったっと、ああ過ぎたという感じが頭の中あるから、やっぱり、なんつうんだべな、お茶っこ、この気仙茶あるがために、一年一回がおれも楽しいのかなぁと思う。うん。これがあるがら幸せだったのかなぁ。ないと寂しい。愛着あるの。」
(本文より)
(※「おがって」・・・育って、の意。)



 語り手一人ひとりが
 気仙茶への思い
 自家用茶づくりへの思い
 ずっと茶の樹の世話をしてきた、亡き人への思い
 そして、故郷への思いを
 土地の話し言葉で語っています。


 「震災を乗り越え未来につなぐ」ための聞き書き集。

 ぜひ多くの方々に読んでいただきたい書です。


追記:
 資本主義や市場経済といった経済活動の層の下には、共同体の内部で毎年毎年繰り返される「日常活動」の分厚い層がある。
 歴史家フェルナン・ブローデルは、こう述べている。
 「私の理解する物質生活【日常活動】とは、長い歴史を背負った人類が、まさに内臓の中に吸収するように、彼自身の生に深く合体されているものであり、そこではあれこれの過去の経験なり興奮なりが、日常生活の必要性、凡庸性となっているのだ。そうであるが故に、誰もそれに注意をはらおうとはしない」。
(フェルナン・ブローデル[金塚貞文訳]『歴史入門』中公文庫、17頁、2009年)


 「自身の生に深く合体されている」茶、それが気仙茶なのではないか。