『ご飯が食べられなくなったらどうしますか?』

 花戸貴司(文)・國森康弘(写真)『ご飯が食べられなくなったらどうしますか?---永源寺の地域まるごとケア』(農文協、2015年)
を読みました。

 著者の花戸貴司氏は、永源寺診療所の医師で、「地域まるごとケア」をめざし在宅医療の充実に向けて日夜、奔走されています。(龍谷大学の非常勤講師もつとめておられます。)

 心に残る一冊です。

ご飯が食べられなくなったらどうしますか?

ご飯が食べられなくなったらどうしますか?


 滋賀県東近江市永源寺地域は、県の南東部、三重県との県境に位置し、人口は5,800人、高齢化率は30%を超える典型的な山間農村地域です。


 「この地域の人たちは、年老いて足腰が弱り、もの忘れが多くなっても、病院や施設に入るより自宅にいることを当然のこととされ、ご飯が食べられなくなっても、点滴や医療機器は求めず、長年住んできた家で、家族や友人に囲まれながら、静かに枯れるように息をひきとっていかれる。
 家族や友人が旅立つときは、地域の人たちも集まってこられ、『よう頑張った、わしも後からいくから、さきに逝っておいてくれ』と声をかけられる。
 病院で静かに絶えるいのちではなく、そのように地域で皆に見守られながら、命を受け継ぐ場面というものを数多く見て来た。事実、この地域で亡くなる人の半数以上が、病院で入院することなく自宅で息をひきとられている。」(はじめに、p.2)

 本書には、何度となく、「畑仕事」の大切さが語られています。
 ・「先生、楽しみやった畑に行けへんようになったわ。もうあかん、はよう参らしてほしいわ。」(p.13)
 ・「『先生、家に帰ったら、やらんとあかんことがぎょうさんあって、病気にもなってられんわ』そう笑いながら、山で採れた山芋を診療室の机に置かれた。」(p.23)
 ・「88歳になるサトさんは、若い頃から『畑に行かない日はない』というぐらいの働き者だった。サトさんがつくる手づくりのこんにゃくには、地元のみやげもの屋でもよく売れている。農業はもちろんのこと、家のことも切り盛りされて両親の介護もした。孫が生まれてからは、農業は息子夫婦にまかせて、子守が主な仕事になった。」(p.31)
 ・「外来に来られる患者さんと話をしていると、もし自分が『認知症』になってしまうと今までできていた仕事ができなくなるだけでなく、地域や家庭での役割が果たせなくなる。社会的な地位も含めて今の生活自体が成り立たなくなるということを心配される。」(p.60)。
・「皆、老いや病気をかかえながらであっても、農作業や家事など自分の役割があり、住み慣れた家で家族と一緒に自分らしく生活したい、そう願って私の外来に通っておられるのだと思う。そして、年老いて寝たきりになっても、ご飯が食べられなくなっても、家にいたいと希望される方がほとんどである。」(p.84)
 
 フォトジャーナリスト・國森康弘氏の写真も、とても素晴らしいです。



 この永源寺地域では、「政所茶(まんどころちゃ)」という、江戸時代から誉の高い茶も栽培されています。(大津市の中川誠盛堂茶舗さんのHP滋賀県文化振興事業団のHPを参照)。無農薬、在来種のお茶です。JAグリーン近江が設置した「永源寺製茶加工場」もあります。
 この政所茶を、滋賀県立大の学生たちが一生懸命になって盛り上げようとしています。(こちらです)。うちのゼミとも通じるものがあるので、一度、訪れて見ようと思います。


【追記】
 陸前高田大船渡の気仙茶の未来についても、何かヒントがあるかもしれません。
 国の「地域創生」の発想の延長線上で、「(国の補助金をあてにして)地域の特産物を商品化・六次産業化して、年商○億円の産業に育てる、交流人口も育てる....」云々のお話も、それはそれで大事なのでしょうが、その何倍もの社会的・経済的意味が、「畑仕事」という言葉の中に隠されているような気がします。
 経済計算の観点から見ても、特産物を商品化・産業化し1企業が年商1億円化する《経済A》よりも、「畑仕事」の再活性化によって元気な高齢者が増え市町村の医療費や介護費用が1億円節約される《経済B》のほうが、その何倍もの大きな社会的・経済的意味があるのではないでしょうか。
 そして、もちろん、貨幣価値では計れない「よき生(well-being)」や「生活の質(Quality of Life)」の観点、すなわち、一人ひとりの人間が、自らが価値を置く人生において「何をなしうるか」「何になりうるか」という観点からも。



 1947年〜49年生の「団塊の世代」は、2020年の東京オリンピックの後に、「後期高齢者」になります。あと数年です。この後期高齢者の介護を担うのは、現在40歳代の「団塊ジュニア」たちです。
 ご承知のように、「介護離職」が社会問題になっています。私の職場でも現実に起こってきています。家族のバラバラ化の進行した都市部では、「在宅介護」や「地域包括ケア」の問題は、かなり複雑です。
 介護対策のほうが、東京オリンピックよりも緊急度の高い、目前に差し迫った喫緊の課題ではないでしょうか。単にスタジアムだけの問題ではないと思います。



あなたは「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」
数十年後の自分を想像するのが難しいのならば、
あなたの親が「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」