4回生 全員無事に陸前高田に到着

 9月11日22時、4回生17名、全員無事に陸前高田の民宿「沼田屋」に到着しました(伊達は10日午後に到着)。

 豪雨災害の影響で、宮城県に「大雨特別警報」、(仙台空港のある)名取市に「避難勧告」が発表され、仙台空港アクセス線が16時頃まで運休、仙台〜大船渡の県交通バスは運休。学生たちは仙台空港で足止め。JR大船渡線(一ノ関〜気仙沼)も12時頃まで運転見合わせ。
 10日夜には、陸前高田市に「洪水警報」が発表され、避難所も開設されていました。11日11時には「波浪警報」発表、17時には伊達の携帯電話に「避難準備情報」のエリアメールが。沼田屋から避難所(高田東中学校)への経路を再確認します(代替ルート・手段も)。
 合宿中止・予定変更を含め、難しい判断を迫られましたが、仙台〜一ノ関を東北新幹線に、一ノ関〜気仙沼を、運転再開したJR大船渡線に振り替え、なんとか陸前高田にたどり着きました。
BRT高田病院駅で学生たちの元気な顔を見て、ほっと一安心するとともに、「特別警報下での移動」「浸水地での合宿」の重みを痛感しました。



 11日、昼から陸前高田の喫茶店に陣取り、交通機関の運行状況や自治体の避難情報をHPで確認しながら、学生からの連絡メールに返事を書いていました。
 店のご主人は、TVに映し出される鬼怒川の堤防決壊や人命救助の映像を無言で凝視されていました。
 涙目になりながらじっと静かに映像を見つめている方、
 目をそらそうとしている方、
 「オレもあの日、びしょ濡れで○○にたどり着いて....」とおっしゃる方、
 「○○につかまっていた人は助かったけど、○○にいた人はダメだった...」とおっしゃる方。
 
 9月11日。豪雨災害がなければ、この日のTVや新聞は「あれから4年半」の特集を報じていたでしょう。

 陸前高田の皆さんは、それぞれ複雑な思いを抱えながら、この日の出来事を見つめておられました。

(伊達浩憲)