陸前高田合宿レポート 4回生 (2) 仮設住宅

森島 (仮設住宅班)
 3回目の岩手県陸前高田市でのゼミ合宿。
 前日から降り続いた豪雨の影響が大きく、仙台空港から足止めをくらったが、新幹線と在来線を乗り継ぎ、22時頃、今回お世話になる沼田屋さんになんとか到着することができた。

 ・1日目
 仮設班1日目は、翌日行うイベントの準備を行った。
 高田一中仮設住宅の集会所へ足を運ぶと、ラジオ体操を終えた見覚えのある方々がいらっしゃった。
 私たちの顔を見るなり、「〇〇ちゃん?」と名前を聞かれた。
 色んな学生がこの集会所を訪れているため、顔と名前を一致して覚えて頂けることは難しい。
 それでもよくよく話を聞いてみると、伊達ゼミ3回生の子や、今回仮設班ではないメンバーのことを探していたようです。
 被災者の心の中に、私達伊達ゼミのことが少しでも残っていることが嬉しかった。


 集会所で翌日の準備を進めているところへ、見覚えのある方が私の名前を呼んで入口の前に立っていた。
 私が初めて高田一中に足を運んだときから仲良くしてくださっていたAさんだ。
 現在はもう仮設住宅を離れ、新しい家に暮らしており、体調も変わりやすいため、会えても明日になるという連絡を受けていたので、不意打ちの登場にびっくりしたのと同時に、わざわざ車を走らせ、この集会所に私に会いに来てくださったことが本当に嬉しかった。


 夜は気仙茶の会の皆さんが、今回もBBQを開いてくださった。
 秋刀魚も林檎も京都でよく食べているはずなのに、新鮮さに加え、皆さんと楽しい雰囲気の中で食べることによって、いつもの何倍も美味しく感じた。
 そして、菊池会長が自宅の中から、1年前に訪れたときに私が書かせていただいたゼミ生の名前の書いた紙を持ってきてくださった。
 今でも大切に飾ってくださっていることに感動した。
 気仙茶の会の皆さん、楽しい時間と美味しいごはんをありがとうございます。


 ・2日目
 いよいよ集会所でのイベント。
 準備をしている最中に、昨日会いに来てくれたAさんが今日も私に会いに来てくださった。
 集会所から少し離れた場所で、私に見せたいと、たくさんの手芸や絵の作品を箱いっぱいに詰めて、自宅からわざわざ持ってきてくださったのだ。
 震災後に趣味で始めたそうで、ひとつひとつの作品を紹介してくれる目が、今までで1番きらきらと輝いて見えた。
 そんな大切な作品と、前日の夜に私のために縫ってくださったマスコットをくださった。
 「愛ちゃんは私の子供みたいなものだから!」
と、さらっと言ってくださった言葉が本当に嬉しかった。
 そして、Aさんの新居へと私を車で連れていってくださったりと、限られた時間の中で、めいいっぱいお話しすることができた。

 私はこの1年、岩手県地震が起こった際や、誕生日の時など、なにかあればAさんにこまめにメールするようにしていた。
 時々電話もくださり、たわいもない話や就職活動の相談にも乗ってくださり、私にとっても、少し離れたお母さん的存在だった。
 その際、震災前、震災後の壮絶な話もたくさん伺った。
 自分がその立場なら、絶対に今笑って過ごせていないだろうと思うことばかり。
 私はいつも、聞くことしかできなかった。
 けれど、こういう小さな積み重ねを現地に行った時だけではなく、日常的に行っていたからこそ、今の繋がりと関係性を築けたのではないかと思う。
 実際には、ゼミ合宿で陸前高田を訪れたこの3回しかお会いしていないのに、そんな気がしないほど親子のように会話することができた。
 それは、やっぱり、京都にいてもAさんのことを思う時間が、より多くあったからなのではないかと思う。
 離れていてもお互いを思いやる気持ちの大切さを実感し、これから先もこの繋がりを大切にしていきたいと強く思った。



 午後からは敬老会のお手伝いをさせていただいた。
 仮設住宅で暮らす75歳以上の方々をお祝いする会。
 お手伝いというのは名ばかりで、実際には、私達のほうがもてなしてもらっているようだった。
 皆さんの間に座らせていただくやいなや、「たくさんお食べ」と、オードブルの料理をお皿に盛ってくださったり、お酒もついでくださったり、一緒になって楽しい時間を過ごすことができた。
 カラオケや踊りもノリノリで披露され、とてもお年を召しているとは思えない姿。
 やはり、気持ちの持ちようで、いくらでも若々しくいられるのではないかと感じた。
 そんな皆さんの生き生きした姿を見ることができて、とても良かった。


 敬老会もひと段落し、お帰りの方に挨拶をしている途中で、子供達との追いかけっこが始まった。

 昨日までゲームに夢中だった子もびっくりするほどパワフルで、私が疲れ果てても終わらしてもらえないほど。
 引っ張られ、叩かれ、元気が有り余る子供達。
 狭い仮設住宅での暮らしで、元気が有り余っているのかと感じた部分も少しあったけれど、変わらず元気な子供達で安心した。


 今回は木村屋さんに協力を依頼し、「秋のパン祭り」と題して、仮設住宅にお住まいの方と敬老会に来られなかった方を一軒一軒訪問し、パンをお渡しさせていただいた。

 留守中の方もいたけれど、いらっしゃった方全員がパンを快く受け取ってくださった。
 見ず知らずの大学生なのに、「ご苦労さま、ありがとうね!」と声を掛けてくださる方ばかり。
 でも、中には、介護施設に移転された方や空き家も目立ち、少しずつこの仮設住宅を離れている方が多くなっていることを実感した。



 最終日の夜は、毎回お世話になっている車屋酒場さんへ。
 定休日にも関わらず、伊達ゼミのためにお店を開けてくださり、本当にありがとうございました。



 1年ぶりに訪れた3回目の陸前高田市
 新しい建物や土砂がかさ上げされた土地など、目に見える変化が数多くあった。
 それと同時に、仮設住宅を離れて新しい生活を始める方もいらっしゃる。
 「公営住宅に入りたいけれど、まだ受け入れ先が決まっていない」、
 「一度仮設住宅を離れると、もう気軽に遊びに来きづらい雰囲気がある」
というような話も聞いた。
 「復興」が少しずつ進んでいるからこそ、被災者自身の復興にも少しずつ差が生まれているように感じた。
 そして、この差はこれから先もますます広がっていくだろう。

 私は、なにか大きな権限がある訳でもなく、大金を寄付できるわけでもないただの学生。
 そんな私がこれから先できることは、この合宿で繋がることのできた縁を大切にし続けることだと思う。
 昨年の冬、私の家に陸前高田の林檎を送ってくださった、孫のように接してくださる方。
 そして、何かあれば連絡を取り合うお母さん的存在の方。
 3回の合宿で色々な方と接する機会をいただき、私は2人の方と深く関わることができるようになった。
 「2人」という数字が多いのか、少ないのかは分からないけれど、このお二方の心の中に私の存在が少しでも残り、少しでも元気を与え続けることができているのならば、私が陸前高田に訪れた「意味」を見出せたのかな、と思いたい。

 あと半年で大学を卒業し、社会人としてのスタートを切れば、陸前高田を訪れる機会はほとんどないのかもしれない。
 でもこの合宿でつながった縁を切らすことは絶対にしたくないと心に決めている。
 「支援」という形ではなく、「遠くに住む友人」のように、震災の話をわざわざしなくてもコミュニケーションをとれる関係性を続けていきたい。
 そう強く思えた陸前高田での4日間の合宿だった。