陸前高田合宿レポート 4回生 (4) エゾイシカゲ貝

重田
 9月11日〜14日で陸前高田での合宿を行った。
 今回も漁師のOさんにお世話になり、漁業のお手伝いをさせていただいた。
 漁業のお手伝いは2日間させていただいた。

 ・1日目 (12日)
 漁港での作業ではなく、9月の終わり頃から行われる、ワカメ養殖で使うロープをまとめる仕事を行った。
 1本の太いロープに着いている紐や貝類を取り除いて、新しく仕掛けを作る際に、作業がスムーズにいくための準備を行った。

 ワカメ養殖のお手伝いは今回が初めてだったが、どの養殖作業においても、仕掛けづくりや、段取りが大事だということを実感した。

 作業中、岩手県議会議員の方が来られて、復興に関わる貴重なお話しを聞かせて頂いた。
 今年の冬から新しい漁港が完成し、作業場所が変わるが、新しく建設した場所が地盤沈下を起こしてしまい、段差ができてしまったために、フォークリフトが使いにくくなっている状況があること、防潮堤の工事が遅れていることなど、数多くの問題があるということを知った。
 また、震災から4年半がたち、風化が進んでいること、復興が遅れるにつれて陸前高田市から人口流出が進んでいること、市内の中でも、地域によって復興のスピードが大きく異なって来ていることなどを教えていただいた。
 Oさんも議員の方も1番心配されていたのが、後継者や子供の数の減少という問題だ。
 陸前高田市の子供の数は急激に減少している。
 Oさんのお子さんも、市内の小学校で野球をされていて、学校での部活動は2つしかなく、また、6学年合わせた野球部の人数も、ぎりぎり野球ができる程しかいない現状にある。
 「部活動だけではなく、どの分野においても、子供の選択肢を増やしてあげなければいけない」とOさんはおっしゃっていた。
 そして、何よりも、漁業をする若者がいないこと、新たに漁業をしようと思っていても、船や仕掛けなどの初期投資の額が大きすぎることなど、難しい問題が数多くあるということも改めて感じた。


 作業を終えると、Oさんに陸前高田市を案内していただいた。
 今回も、まず初めに、陸前高田市が一望できる箱根山に連れて行っていただいた。

 1年前と比較して、町に大きな変化はないようにも感じたが、観光名所になるには、箱根山までの交通手段が車以外にないため、時間がかかってしまうと感じた。
 けれども、いつか箱根山陸前高田の観光名所のひとつになってほしい。

 次に、かさ上げ地域に指定された場所に連れて行っていただいたが、その場所では新築の住宅を取り壊す工事が行われていた。
 新しく家を建てた後にかさ上げ地域に指定されたために、立ち退きをしなければならない状況にあった。
 複雑な気持ちになったが、このような現状が陸前高田にはあることを知っていかなければならないと感じた。


 夜は、気仙茶の会の菊池会長のご自宅で、気仙茶の会と伊達ゼミとの交流のバーベキューをして頂いた。
 そこで菊池会長の同級生のHさんにお会いした。
 初めは「威圧感のあるおじさんだな」と感じていたが、話してみると気さくで、そしてなによりも野球の様々な分野で活躍されている偉大なお方だった。
 また、偶然にも共通の知人がいたということもあり、世間は狭いなと感じながらも非常に盛り上がった。
 御馳走様でした。

 
 ・2日目(13日)
 長部漁港でエゾイシカゲ貝の養殖のお手伝いをさせていただいた。
 まず初めにエゾイシカゲ貝の出荷の作業を行った。
 今回の出荷は、貝の大きさが5センチ以下のものの出荷であった。
 サイズを計る器具があり、そこに貝をのせてひっかかれば、規定のサイズ以上となり、出荷をすることができる。
 今年出荷されたエゾイシカゲ貝は、昨年よりも値があがり、販売経路も、築地までだったものが、関西にも出荷されるようになったそうだ。
 少しずつではあるが、漁業の復興が形となって表れてきているのではないないだろうか。

 出荷の作業を終えると、養殖に使用する発泡スチロール容器の洗浄、汚れを取った容器を再び仕掛けとして使えるように網をつける作業を行った。

 この作業は前回も行ったことがあり、手際よく作業を進めることができた。

 前回来させていただいた時におっしゃっていた、容器の中に砂を入れる作業の効率化をはかるために開発されていた機械の試作品が完成していた。

 今までは、タライ状の容器の中に、スコップを使って手作業で砂を入れていたため、かなりの重労働だった。

 下の2枚の写真は、2014年2月合宿の際の写真(@要谷漁港)です


 下の写真は、2014年9月合宿の際の写真(@要谷漁港)です。

 しかし、今回の新しい機械は、上に設置されている大きな入れ物に砂を入れ、横のレバーを引けば、下から一定の量の砂が出るようになっている。
 そのため時間も作業も効率よくできるようになる。
 「まだ試作品の段階で改良が必要だ」とおっしゃっていたが、完成すれば、作業をさらに効率よく行うことができるだろう。
(この機械については、岩手日報2015年9月9日付を参照)


 2日間の作業を通して、今回もOさんからいろいろなことを教わった。
 一番印象に残っていることは、Oさんの家の着工が始まることだ。
 高台移転の建設予定地にも連れて行っていただいたが、きれいに区画が整理されていた。
 1年前にも高台移転の話を聞いていたが、予定していた時間よりも長くかかったように思う。
 震災後、仮設住宅に4年数か月も住まれているが、「今からまた3年待てと言われたら陸前高田から出ていたかもしれない」とおっしゃっていた。
 Oさんたちのように、高台移転のめどがたっている地域もある一方で、今泉地区や高田地区は、まだ山をまだ削っている状況にあるため、あと3年近くかかる。
 実際に、Oさんの知人の方も、最近になって、高台移転を諦め、他地域へ引っ越されたそうだ。
 「今から3年」ということは、震災が発生してから約8年もの歳月たつことになる。
 震災が発生してからすぐの1年と、これからの1年とでは、感じる時間の長さが大きく違うのではないだろうか。



 今回の陸前高田合宿も、現地の方と交流を深めることができ、また多くの方々に協力していただいた。
 漁業の作業でお世話になったOさん一家、今回初めて宿として利用させていただいた沼田屋さん、バーベキューを開催していただいた気仙茶の会のみなさん、そして休日だったにも関わらずわざわざ店を開けていただいた車屋酒場さん、ありがとうございました。

 合宿を通して人との繋がり、継続して物事に取り組むからこそ得られるものの大切さを改めて実感した。
 これからも陸前高田の人たちとの繋がりを大切にしていきたいと強く感じた4日間だった。