陸前高田合宿レポート 3回生 (3) 気仙茶

寺岡
 9月14日から17日の3泊4日で岩手県陸前高田市へ行きました。
 私は、今回は、仮設住宅へは行かず、気仙茶の会のみなさんと活動させていただきました。

*作業一日目(9月15日)
 気仙茶班の男子5人、女子2人の計7人でBRTに乗り、菊池会長宅へ向かいました。
 到着後、お茶を頂きながら菊池会長をはじめ気仙茶の会の皆さんと顔合わせと自己紹介をしました。
 会のみなさんはものすごく気さくな方ばかりで、緊張もほぐれ、居心地がよかったです。

 自己紹介が終わった頃、少しだけ津波のお話を聞くことができました。
 Oさんの家は3.11を含め80年間で3回も家を流されたそうです。
 Fさんは400年間つづく伝統のある旧家に住んでいたそうで、今まで一度も流されたことがなかったのに、今回初めて流されてしまったとおっしゃっていました。

 Fさんはこの津波でご家族を亡くされています。
 しかし、Fさんは、笑顔で、緊張していた私たちにやさしく話しかけてくれたり、震災や津波、気仙茶のことをたくさん教えてくれたり、暗い素振りを見ることはありませんでした。
 もしも突然大切な人を失ってしまったら、そばにいて当たり前の人がいなくなったら、それは私たちには想像できない悲しみ、怒り、喪失感があったと思います。
 大切な人の「死」と向き合って今を生きる方々を見て、心が熱くなり、涙が出そうになりました。


 この日は、川原園での作業で、菊池会長宅から車で10分ほどの場所でした。
 茶畑といえば、京都・南山城村の木野園のようなお茶の木がたくさん均等に並んでいるイメージでしたが、この川原園は、小さなお茶の木が広い感覚で植えられていて、雑草も多く生えていたので、一見、どこにお茶の木があるのかわからないほどでした。
 車を降り、草むらを歩く途中、枯れてしまったお茶の枝が集められているのを見つけました。
 ここは二つの津波がぶつかり合った場所で、「これは津波で海水をかぶって、一度はだめになってしまったんだよ」と菊池会長が教えてくれました。

 作業は、主に草刈りをしました。
 全体の草を刈った後、干し草をお茶の木の根元に敷き詰める作業をしました。
 この作業によって、根元の日当たりを悪くして、雑草が生えてくるのを防ぎます。

 川原園のお茶の木には、木の実があり、白い花が咲いていました。

 お茶の花と実は、通常、産地の茶園では、養分をとられてしまうため、刈り取ってしまいます。
 気仙茶の会では、お茶の花でお花見会をします。
 白くて可憐な花がとてもきれいに咲くらしく、一度、機会があれば見てみたいと思いました。


 作業の休憩中、前田さんが気仙茶を淹れてくださりました。
 淹れ方が独特で、印象的でした。
 気仙茶は、きれいな黄緑色で、味は、一見、薄そうに見えて濃く、しっかりとしていて風味もよく、どこかほっとする味わいでした。

 休憩中、お菓子などもたくさんいただきました。
 私たちが京都から持って行ったお土産もごちそうになりました。
 この地域では、お土産は帰り道がわかるように、持ってきてくれた人にも食べてもらう習慣があるそうで、素敵だなぁと心が温かくなりました。
 陸前高田の人びとはお茶を「お茶っこ」と言っていたのが印象的でした。


 この川原園の持ち主の川原さんは津波で亡くなられ、現在、気仙茶の会によって大切に育てられています。
 川原さんがどういう人物だったのか、また気仙茶の皆さんとどういう関係だったのか詳しく聞くことはできませんでしたが、深い「絆」があるのではないかと思いました。


 気仙茶は商業目的ではなく自家用茶として大切に育てられるお茶です。
 この川原園で、津波をかぶったにも関わらず、新たな芽を出したのは、亡き川原さんや、ご家族の皆さんの思いがつまっていて、大切に育てられていたからこそ生きていたのだと思いました。
 こうして大切に丁寧に育てられてお茶になるから、貴重で価値のあるお茶になるのだと感じました。
 気仙茶は、被災した方々にとっては、「光」や「希望」のような存在なのだと思いました。
 津波をかぶっても強く生きようとするお茶の木のように私たちも「生きよう」、と元気を与えてくれる、そんな存在であるのではないかと作業を通して感じました。

 作業を終え、菊池会長宅へ戻る途中、Oさんが周辺を少し案内してくださりました。
 津波のあと、仮設住宅から高台に移転したり災害公営住宅に移ったりし始めているため、高台には新築の家が多くみられました。
 震災後、土地区画整理事業や防災集団移転事業で土地を購入・換地するには、1世帯あたり100坪分が限度です。
 津波で家を流される前に100坪以上の土地を持っていた人でも100坪しか土地を分配されなくなったことが問題だと教えてくださりました。


 その後、気仙茶の会と伊達ゼミ交流会のBBQの準備をしました。

 私は、菊池会長の奥さんのとよこさんのお手伝いで、野菜や混ぜご飯(関西でいう炊き込みご飯)の具を切ったりしました。
 作業中、とよこさんからいろいろな話を聞くことができました。
 自分で野菜を育てているという話、
 MAIYAとイオンでは、どちらが低価格で、どちらの品質がいいのかという話、
 キッチンからみえる海の景色が一番好きで、時間によっていろんな景色がみられて退屈しないという話など、
 日常の出来事をたくさん話してくださりました。
 被災地では震災や津波当時の話を聞くことが多いのですが、それだけではなく日常の何気ない出来事を話すことも大切なことなんだなと、この時、改めて思いました。

 話していると、あっという間に時間が過ぎ、漁業班、仮設班と合流し、交流会が始まりました。
 交流会では、ホタテやサンマなどの海の幸、ホルモン、とよこさん特製の混ぜご飯など、たくさんごちそうになりました。
 漁業班のお土産の規格外エゾイシカゲガイもいただくことができ、たくさんの方とお話しすることもでき、貴重な時間を過ごすことができました。


*作業二日目(9月16日)
 この日も、同じ時間に菊池会長宅で集合しました。
 菊池会長は留守のため、小野さんと及川さんと及川園に行きました。
 ここの茶園も、草とお茶の木が一体化していて、私たちが踏み入れる足場もないほどでした。除
 草作業は定期的にされているそうで、お盆あたりに一度草を刈ったのにも関わらず、一月足らずでもとに戻ってしまった、と及川さんが笑いながら話していました。
 それぞれ鎌や鋏を手に取り、黙々と作業に取りかかり、午前の間に茶園の約半分の草を刈ることができました。


 昼食のため、一度菊池会長宅へ戻りました。
 休憩中、再び菊池会長にお会いすることができ、一緒に昼食をとり、玄関で記念撮影をしました。
 写真を撮るときは、菊池会長のりんごをそれぞれ手に持ち、頭の上にのせて写真を撮ったりしながら、楽しい時間を過ごしました。
 撮影後、私たちは再び休憩を頂きました。


 休憩中、とよこさん、及川さんから震災当時の話を聞くことができました。
 「恋するとまと」を頂きながら、被災して流されてしまった人たちのお話を聞きました。
 津波が押し寄せてきたとき、指定避難所に逃げた人たちは建物の高さが足りなかったため、避難していたにもかかわらず助からなかった人たちのこと、
 家族やペットを探しているうちに流されてしまった人たちのこと、
 走って逃げることのできないお年寄りを助けようとしているうちに一緒に流されてしまった人たちのこと
 など、たくさん話してくださりました。
 また、避難していた場所で、「こっちにおいで」という空耳のような声が聞こえ、その通りさらに高台に逃げた結果、初めに避難していた場所は流されてしまっていたという奇跡のような体験をした人もいたそうです。
 祖母を一人残して逃げた夫婦が避難所で祖母と再会するというお話もしてくださりました。再会できたとき、今まで以上に命や家族の大切さを感じることができたのではないかと思いました。


 「3.11によっていろんなことを体験させてもらった」と、及川さんがどこか遠くを見つめるように話していました。
 避難して助かった人たちはそのときどんな思いで町や人が流されるのを見ていたのかを考えると、旨が痛くなりました。
 いつも通りの生活をしていて、突然、死が訪れたとき、人は何を思うのだろう、一瞬にして大切なものを連れ去ってしまった津波に何を思うのだろうと、いろいろな考えが頭をよぎりました。


 あっという間に休憩時間が過ぎ、再び及川園に向かい作業を開始しました。
 午前と同様に、それぞれ黙々と作業をし続け、後半に、草刈機が登場しました。
 作業自体は全体で4時間程度で、ほとんどの草を刈ることができ、見違えるほどきれいになりました。
 ここのお茶の木にもたくさんの木の実がなっていました。
 木の実はお茶の葉へのエネルギーを吸収してしまうので、「来年はこれをもぎ取って本格的にお茶の樹にを育てたい」とおっしゃっていました。


 作業を終え、菊池会長宅に戻り、アイスをごちそうになりました。
 及川さんが今年作ったという紅茶もいただきました。
 香りが広がり、とても飲みやすかったです。


 2日間お世話になった菊池会長宅。
 帰るころにはもう何日も前からいるような感覚で、懐かしさと安心感を感じるようになっていました。
 特に、私は、とよこさんと過ごす時間が多く、名前も覚えていただき、よくしていただいていたので、帰るのが嫌になりました。

 私たちが帰るとき、私たちが見えなくなるまで手をふってくれ、気仙茶班として、お茶のことだけでなく、気仙茶の会の方々含め、いろいろな人たちと出会うことができ、大切なものを手に入れることができたと思いました。


 夜は車屋酒場での食事でした。
 熊谷さんとはお話しする時間がなかったのが残念でしたが、楽しい時間を過ごすことができました。

 前回の合宿に比べて、今回の合宿はあっという間に時間が過ぎ、言葉にするのは難しいけれど、たくさんのものを得ることができました。


 気仙茶の活動は、私たちには本当に些細なことしかできないけれど、これからもできる限り関わり続け、また来年お手伝いをしたいと思いました。