陸前高田合宿レポート (2)

森下 愛弓

 今回、初めて陸前高田を訪れるにあたって、個人的な目標があった。
 それは、ただ単に鍋やがんづきを食べながら仮設住宅の方々との会話を楽しむのではなく、被災された人としての経験や思い、教訓をしっかりと聞くことであった。
 私は京都にいるため、あの、中学の卒業式の日に起こった「東日本大震災」についての生の声を聞ける機会は、この機会以外ないのではないかと思っている。
 同じ日本人として、私は何が出来るのであろうか。


 合宿へ行く前、私は私用で忙しくしており、正直、合宿については、頭の端にあるくらいで、真剣に考えることができなかった。
 「こんな姿勢で被災地を訪れて大丈夫なのだろうか。」
 そう思っていた。
 その思いが邪魔をしたのか、また、もともとの性格である(だいぶ治ったと思っているが)人見知りが出てしまったのか、ラジオ体操の時、おばあちゃんが話しかけてくれたのに、ニコニコすることしかできず、
 「あかん。どうしよう。言葉が出てこん。」
が、それでもおばあちゃんは温かく、私の目をみてしっかりと話を続けてくれた。
 それからは肩の力が抜け、自然に会話できるようになった。
 同世代の人に話しかけられると、特に人見知りが出て、かつ、なかなか人と仲良くなりたいと思わない人間だが、やはり、おばあちゃんの力というのはすごくて、そんな私の短所を、いとも簡単にかき消してしまうのだと感じた。



 鍋を食べながら会話をする際も、できるだけたくさんの人と話をしようと心に決め、積極的に話かけた。
 たくさん面白い話が聞けたり、方言が理解できなさすぎて困った顔をしている私を見て笑ったり…と楽しい時間が過ぎていった。
 すっかり話をすることに夢中になってしまい、本来の私の目標を忘れてしまっていた。


 その日の夜、星が綺麗なことに感動しながら、鈴木旅館までの岐路、考え事をしていた。
 「こんな感じでいいのか。」
 「もっと他に、私がやらなくてはいけないことがあるのではないか。」
 「そもそも何ができるのだろうか。」
 考えれば考えるほどわからなくなってしまっていた。



 仮設住宅の方々にチラシ配りを行う機会があった。
 一人のおばあちゃんが、
 「中でお茶でも」
と家へあげてくれた。
 仮設住宅とはどういう造りなのか観察した。
 特に驚いたのが、プライバシーの保護が十分ではないこと。
 玄関は、外に人がいるのがわかるような半透明の窓で、リビングも、外から簡単に部屋の中が見えるような状態。

 集会所に貼ってある住民の意見(千葉大学の調査)の中にも、不満の一つとして、プライバシーがないことについて挙げられていた。
 このような場所に慣れるのも結構な時間が必要ではないか。
 安らげない人がいるのは当然だ。


 家の中には近所の方もいて、たまにここに話に来るのだという。
 私たちに“お茶っこ”と“あめっこ”を出してくれた。
 方言が難しく、理解に苦しんだときもあったが、おばあちゃん達はとても温かった。


 仮設住宅に入るためには名札を着けないといけない。
 以前、お金を盗まれる被害を受け、それ以降、名札がないと入れないようになったらしい。
 “ボランティア”という名目で家の中へあがり込み、お金を盗むという考えをもった人間がいることに驚き、その人間に対して怒りを覚えた。
 人はどこまで欲にまみれた生き物であるのか、思い知らされた。



 集会所では、私の喋り方、歩き方、恰好を見て、
 「ほんとうに昔の私を見ているようだ。」
と言ってくれていたAさんと話をした。
 Aさんとお話出来たことが個人的にすごく心に残っており、今振り返っても、涙が出る。
 Aさんは、私の男っぽい態度に、
 「親近感がわくの」
とおっしゃって、とても気さくに話してくださった。
 私と同じ年の子供がいらっしゃって、その子は就職して東京に出ている。
 しかし、震災で多くの親友を失い、腹を割って話せる友だちがいない状況で、精神状態が良くないそうだ。
 私はただ、涙をこらえて相槌を打つことしかできなかった。
 「昨日家に来ていた友だちが亡くなった。」
 簡単に想像ができるだろうか。
 私自身、親友という存在には助けられ、特に地元の親友というのは大きな存在であり、ライバルのようでもあり、お互いに切磋琢磨している。
 そんな存在を失う。
 そんな中で、私は強く生きていけるのであろうか。
 助かった命は、失われた命によってまた深く傷ついてしまう。
 そのことが今も心に残っている。
 「『過去の話』って言っても、あの日より前に戻れない。どんなに辛かったことも、あの日以上のことなんか無い。」
 そうおっしゃった。
 ここまで話をしてくれたAさんにとても感謝している。

 被災された方の言葉一つ一つにはとても重みがあり、「当たり前の生活」をもう一度考えさせられる。
 近くにいる「当たり前の存在」を有難く思い、その存在を大切にしなくてはならないのだと思う。
 私は徳島県出身南海大地震が迫っている。
 「とにかく命だけを考えて高い所へ逃げろ」
 これが一番大事なこと。
 合宿中、何度も言われるということは、どれだけ重要であるかが伝わってくる。
 一番大切なのは命。
 体験した人の言葉を無駄にしてはいけない。
 たくさんの方々とお話ししたが、お一人お一人に辛い物語がある。
 辛い話であるはずなのに、話してくださった。
 「命の尊さとは」を考えさせられた。



 集会所に子供たちも来てくれたことがとてもうれしかった。
 一緒にゲームをして遊んだ。
 全員、年齢に関係なく、楽しんでいたと思う。
 Wiiの「大乱闘」。
 小学校以来やっていなくて、つい懐かしくて、一生懸命、遊んでしまった。
 子供の笑顔は人を癒す力がある。
 そう感じた。



 「みんな、毎回、伊達ゼミの子たちが来るのを楽しみにしてるの」
 「集会所に集まる機会が増えること自体が良いこと」
と言ってくださった。
 私たちは、仮設住宅の方々同士の交流の大切さについても、もっと考えていくべきなのではないかと思う。



 2日目に訪れた居酒屋・参吉も、3日目の鶴亀鮨もとても美味しくて、「海鮮系は苦手」という子も「おいしい!」と感じるほど。
 親や親友に「なにが美味しかった?」と質問される。
 毎回、必ず、
 「鶴亀鮨で食べたちらし寿司とヒレ酒が美味しかった!」
と答えている。
 この時の味は一生忘れない味であると思う。



 初めて訪れた陸前高田
 学ぶことがたくさんあった。
 たくさんの人に「ありがとう」と言われた。
 が、本当に感謝すべきは我々ゼミ生だ。

 また9月に訪問する予定だが、「住民同士の交流の大切さ」を考えながら企画を練る必要があると感じた。



 陸前高田のみなさん、お世話になりました。

 またお会いしましょう。