陸前高田合宿レポート (4)

森家 麻悠子

 大雪と大寒波を覚悟してセーターや色々なタイプのカイロを持ち、「北極にでも行くの?」と家族に冷やかされるくらいの寒さ対策万全で行きましたが、予想外に、大阪とは変わりない気温でした(風は冷たく強く痛かったですが)

 「岩手県でも、内陸部の盛岡は雪は多いけど、沿岸部の陸前高田は、盛岡と比べると少ないほうだ。でも、冬の雪は夏の恵み、雪解け水のおかげで水不足にはならない。」
 その話をして下さったのは、出会って数分の私にいろいろな話をしてくださった村上食品のお父さんでした。
 「京都から来たのか〜! 遠いところから、わざわざありがとね〜」
 優しく話しかけてくださり、初めて会ったとは思えないようでした。



 仮設住宅の集会所の交流では、私は、被災された方の思い、生の声を聞きたいと思っていました。
 「お姉ちゃんも食べ〜よそってあげるから、どうぞ」
と言ってくださり、一緒にご飯を食べ、横に座ってお話しできたことがとても印象に残っています。
 お孫さんのお話や、お正月のお話、ベランダで育てているお花の写真も見せてもらいました。



 「ずっとあなたとお話ししたかったの」
と声をかけてくださったAさん。
 今回、私は、仮設住宅にお住まいの多くの方々に、「イベントに行きたいな」と興味を持っていただけるようなポスターを作りたいと思いました。
 描き始めの頃、「楽しそう」「かわいい」と思ってもらえるようなポスターを描こうと思っていましたが、先生に、「この部分はイメージが違う。ここはこう変えた方がわかりやすい」と、何度も何度も、イラストや文字についてアドバイスをいただき、やり直しを重ねて、やっと完成しました。

 現地の方がこんな細かいところまで見ているのかなと思うこともありましたが、Aさんと出会ったことで、実は私は、大事な役割を任されていたのだと気付かされました。

 「他の学生さんに聞いてね、やっとあなたを見つけられたわ」
と言ってくれた時は、私がやっとの思いで作ったポスターを楽しみにしてくれる人がいたのだとわかり、とても嬉しかったです。
 Aさんは、毎年毎年、伊達ゼミのポスターを仮設住宅のお部屋に飾ってくれるほど楽しみにしてくださっています。
 「部屋にポスターを飾っているから、見に来てくれる」
と私を自宅に招いてくれました。
 「仮設住宅」とはいっても、4年以上住んでいる部屋の中は、生活感に溢れていました。
 隣の家との壁は1枚で、台所にはもちろんエアコンはなく、持っているたった1つの電気ストーブを使わなければ底冷えする寒さでした。
 「なんもねぇべ〜なんもねぇべ〜」
と言いながら、Aさんは、リンゴやパイナップル、クッキーまで出してくださり、
 「鈴木旅館に帰ってから、みんなで食べな〜」
と、お土産まで持たせてくれました。
 おばあちゃんの家に来たような、懐かしい感覚でした。
 お部屋の中には、集会所での教室で作った編み物や、押し花、書道などの作品がたくさん飾られていました。
 被災されて、生きていくだけでも精いっぱいだったAさんが、今では人に自慢できるくらいの趣味をもち、イキイキと話をしてくださった姿は、今でも鮮明に覚えています。
 「あなたが書いたポスターも、ここに飾りたいの」
 もちろんプレゼントしました。
 こんなふうに、私たちのことを忘れないで心待ちにしてくれている人がいる。
 忘れてはならない。
 今のこの関係があるのも、先輩たちが築きあげてくれたつながりなのだと感じ、今後、後輩にも伝えていきたいです。



 震災当時のお話しをしてくださったBさん。
 「とにかく逃げること。津波から逃れるには、何も持たず、命だけもって高いところへ避難しなさい」
と話してくださいました。
 「でも、命が助かっても、病院での避難生活は二度と戻りたくない。プライバシーはほとんどないし、衛生面も悪い。1週間は何も考えられず、生きていくことだけで精いっぱい。ストレスから、ケンカも発生してしまう。」
 テレビや新聞では、「東北人らしい助け合い精神」を報道していて、どこか違和感を持っていましたが、現地に行って震災を経験した人の話を聞いて、やっと私は現実味を感じました。



 「津波が引いてから、自宅があったところを見に行ってみると、更地で何も残っていない。辺りには、1本の花だけ、数多く供えられていた。その花があったところは、自衛隊の方が遺体を発見した場所だ。」
 Cさんから聞きました。
 私は、ただ、目を見て頷くことしかできませんでした。
 「大変でしたね」の一言で済ますことなんてできないし、済ませられるわけがありません。



 東日本大震災が発生した当時、被害がまったくなかった大阪にいた私は、他人事のように感じていました。
 身近な人が被災したわけでもなく、日本で起きていることでありながら、遠いことのように思っていました。



 合宿が終わり、家に帰ってから、東日本大震災について、陸前高田について、もう一度調べてみました。
 震災前の陸前高田の姿と現在の姿とを写真で比較してみると、復興が進んでいても、海岸には大きな防潮提が建てられてしまいます。
 安全面が確保されても、以前のような美しい高田松原の景観は戻るのでしょうか。



 集会所でのイベントを通して、授業ではわからなかった被災地の様子や、現地の方々の生活を垣間見ることができました。
 事前授業では想像すらできなかった東日本大震災について、私に考え直させてくれるきっかけになりました。

 今、置かれているこの環境に感謝し、これから出会うであろう様々な災害にも、私も力になりたいと思いました。
 今回得た出会いを絶やすことなく、これからの合宿にも活かしていきたいです。

 本当にありがとうございました。