5月27日(日)〜29日(火)、陸前高田・大船渡に行ってきました。
今回の訪問の目的は、JA大船渡が行う放射性セシウム検査に使用する茶の検体を摘採・製茶する作業のお手伝いです。
「焙茶工房しゃおしゃん」の前田さん・佐藤さんとともに、JAの担当者のお手伝いをさせていただきました。
前田さん達は、この一週間余ずうーっと、陸前高田と大船渡の茶畑を何か所も回っては、JAの検査作業を手伝っておられます。来週も続けるそうです。
本当に頭が下がります。
今回、気仙茶の放射性セシウム検査は、生葉、荒茶、飲用状態の3段階で実施されます。
JA大船渡や県のNal(TI)シンチレーションスペクトルメーターと、県のゲルマニウム半導体検出器の双方を使用して、かなり丁寧かつ厳格に行われていると言えます。
今回、検体用の茶を製茶するため、約2年ぶりに、陸前高田の製茶工場が稼働しました。
これが、陸前高田市米崎町にある「北限の製茶工場」です。

震災後初の製茶。
お茶が出てきた時は、とても感動的でした。

お茶に触れてみると、この一年間の様々な出来事の記憶がよみがえってきます。
皆で摘んで製茶したこのお茶を味わうことも出荷することもできない無念さや悔しさも、同時にこみあげてきました。

このパッケージが再び世に出る日まで。
気仙茶復活の日まで。
追記: 「北限の製茶工場」が稼働している間、京都府・和束町の松石機械店さんは、ずーっと和束町の事務所で待機していてくださいました。
「2年ぶりに製茶工場を動かすとなると、バーナーが点火しなかったりするから。何か不具合があったらすぐに事務所に電話ください」。
うれしい言葉でした。
松石さん、どうもありがとうございました。
とても心強かったです。
おかげ様で無事に動きました。
今後とも、気仙茶をよろしくお願いします。
【番外編】
今回の訪問はできるだけ公共交通機関を使ってみました。
宿は、陸前高田市矢作町の鈴木旅館さんです。
Google Mapだと、このあたりです。

岩手県交通のバス停「廻舘(まったて)橋」

バス停の周囲です。
JR大船渡線の橋梁「気仙川橋梁」が落ちています。
矢作は、気仙川河口から数キロ離れているのですが、ここにも津波の猛威が押し寄せました。
「ドラゴンレール」とも呼ばれる大船渡線は、一ノ関から気仙沼、陸前高田を経由して大船渡の盛駅を結んでいました。
大船渡線は「我田引鉄」の典型例としても有名です。


着手 昭和7年(1932年)6月2日

「気仙川筋」を渡ります。

「高田レミコン」という生コン会社です。
もともとは高田町に工場があったのですが、被災したため、この矢作に移転しました。
このあたりは浸水地なので、地面をかさ上げして建てられています。
今月、再稼働したそうです。

鈴木旅館
温泉宿です。

昼間、地元の方々が温泉にはいりにきていました。

被災者支援にとても熱心な旅館だなと思いました。

パソコンを持ってくればよかった...

ゆうパックOKです。

郵便ポストもあります。

瓶ビールも缶ビールあります!


今回、「中華食堂 熊谷」さんで、坦々めんをご馳走になりました!
熊谷さんのお店は、もともと陸前高田駅前にあったそうです。
2月に竹駒町のマイヤの向かいの仮設店舗で営業再開されました。

これが噂の坦々めん(白)です!
餃子、手づくり杏仁豆腐もいただきました!
どれも絶品で、感涙です。
Kさん、Mさん、どうもご馳走様でした。
皆さんもぜひ一度!
この後、Mさんに、竹駒町のジャズ喫茶「ジャズタイム ジョニー」の仮設店舗に連れて行っていただいた。
わが身に降りかかった重く苦しい現実に向き合い、少しずつ、少しずつ、復興への取り組みを始めようとしている方々とお会いすることができました。
そうした人達をジョニーさんは磁石のように結びつけているのではないか。
そう感じました。
とても有意義な時間を過ごさせていただきました。
Tさん、Oさん、Mさん、Sさん、どうもありがとうございました。
気仙茶の復活は、簡単なことではないし、とても長い時間がかかる。
どんな小さなことでも、今、現地で望まれていること、自分ができることを、探し出して実行しよう。
そう心に決めました。












