◆小林 (4回生)
2011年8月に初めて宮城県石巻市の被災状況を目の当たりにした。
その後、2013年2月、9月、2014年6月、そして今回と4回岩手県陸前高田を訪れ、多くの人にお世話になってはお話を伺っている。
同級生からは、
『5回も東北に行っているの!?』
とか言われることもあるが、そのこと自体、決してすごいことでも偉いことでもない(数でまとめられ、「東北」と一括りにされている時点で上手く伝えられていない、と反省することのほうが多い)。
先生や先輩が作り上げた関係が陸前高田にはあり、伊達ゼミを待っていてくれる人が居るから、毎回の出会いを楽しみに行くことができる。
4回生が14人も揃って行くことができるのが何よりの証拠だと思う。
毎度行く度に気仙茶の会で必ず開いてくださる(たとえゼミ生が1人だったとしても)歓迎会。
3回生、4回生とも感謝感激です。
いつもお世話になりっぱなしで、ホントありがとうございます!
サンマ、ホタテの高田の海の幸と、高田名物のホルモン、おにぎりなど、たくさん食べさせていただきました。
ご馳走様でした!
◇1日目
○エゾイシカゲ貝
今までは、要谷という場所で作業をしていたが、今回訪ねてみると長部の船着き場に移動していた。https://goo.gl/maps/MS0zx
6月に伊達先生と散策した場所よりもう少し北に行ったところだった。
今は防潮堤の工事をしているので、とても歩いて行ける状況ではない。
OさんにBRT長部駅まで迎えに来ていただき、車で作業場へ向かう途中、
「これが防潮堤だ。こんな高い12.5mのものをつくっても仕方ない。津波は集まってきて高くなるんだから」。
そして、「やはり陸前高田に家が建つのは最低10年かかるな」と言いつつも、
「こんなに変わるんだっていうくらい変わるんだろうな」
と、期待とは異なる感情を露わに話してくださった。
エゾイシカゲガイ養殖の作業は、集大成と言わんばかりに、今までやってきた作業をさせていただいた。
築地市場に向けての出荷作業では、漁師の技が炸裂 !
出荷用発泡スチロールの中のビニル袋にバケツいっぱいの冷たい水を入れていく。
出荷時に貝が暴れないようにするためだ。
出荷する貝を秤にのせる前に、ボウルにすくって2,3回振り耳を傾け、匂いを嗅ぐ。
外見が同じでも中身が死んでいる貝は少し軽い音がして、かすかにヘドロ臭もする。
それを瞬時に見分けるのだ。
出荷用発泡スチロールには5kgと書かれているが、実際には5.4kgと少し多めに入れていた。
秤にのせるとき水分もあるからと言いつつ、
「仕入れる人の儲けになるんじゃないか、ハハハ」と。
ちなみに、出荷時のエゾイシカゲガイの重さは一つ約80g。
爪の大きさ程しかなかった貝が、自然の中でここまで大きく成長できることに感動した。
陸前高田の生活状況は依然として厳しいままだが、それでもいつもより貝のことを自慢げに話す漁師さんを見ていると、出荷まで関わることができてよかったと思う。
昼食は、お弁当と山盛りのエゾイシカゲガイをごちそうになった。
毎回来るたびに貝を頂いているが、成長とともに歯ごたえがしっかりし、甘みが増すのがわかる。うまい!(^^)!
一緒に作業していたご夫婦が、昨日のことのように、津波について語ってくれた。
「ここから見える45号線を津波が上がっていったんだ。
漁師はすぐに逃げたけんど、上の方に住んでいた人はここまで来んと安心して逃げんかった。
津波にのまれたのは高いとこさ住んでた人だ」
「この船が唯一津波から逃れた船。それ以外はみんな中古」
昨年、全然獲れなくて苦労したエゾイシカゲガイの稚貝。
今年は驚くほどいっぱいだった。
それでも来年どうなるかわからない。
防潮堤とともに気仙川には巨大な水門もできる。
この稚貝どうするんですか?
「みそ汁にして食う。うまいんだっぺ」
一年に植えられる量が決まっている以上仕方ないが、なんと贅沢なみそ汁(笑)
漁を再開する人が増え移動したばかりだが、間もなくまた移動するという。
今工事している黄色いショベルカーが見えるあたり。
今作業している場所は船着き場であり、道路であり、養殖業を行うに十分でない環境だ。
道路工事の中間検査の度、作業場を片さなければならず、苦労していた。
【補足】気仙川の水門
完成イメージ図
(出所) 東海新報2013年6月05日付
工事の概要
(出所) 岩手県大船渡土木センター「震災復旧・復興情報 かわら版」vol.10.2014年3月3日
◇2日目
○気仙茶
今回は、昨年も手入れした米崎町の茶畑。
6月に気仙茶の会や地元高校生、ボランティアの方と一緒にお茶を摘んだ場所だ。
ちょっと来ないうちに草や竹がお茶を覆い隠してしまい、一刻も早く救出しなければならないという使命感をもって作業に取り組んだ。
鋸や鉈で刈ったりして、道なき道を進み切り拓いていく。
伊達先生が鉈を片手に先駆けをして下さったので、とても作業が捗った。
はじめは、こんな少人数では絶対に終わらないと思っていたが、周りを気にせず得物を振り回せたので、安全かつ効率的にきれいにすることができた。
休憩時間、前田さんがこの茶園で摘んだお茶を淹れてくださった。